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聴覚失認者は何を物語るのか?(2)

 それにしても「聴覚失認」とは何のことでしょう。

 「聴覚失認」は音の聞こえない現象です。ただ同じように聞こえないといっても「聴覚障害」とは違います。ろうや難聴などの聴覚障害では音の入り口である耳の機能が問題なのですが、「聴覚失認」では、取り込まれた音は確かに耳に届いているにもかかわらず、その「ことば」や「意味のある音」を脳の中で「ことば」や「意味のある音」に相当する信号に変換することが難しいのです。

 生物医学的には、脳の中の聞き取りの中枢が正常でもウェルニッケ野がダメージを受けると、「音がしている」ことは認識できるのですが、それが人の言葉なのか音楽なのか、あるいはただの雑音なのかが区別できません。一方でブローカ野がダメージを負うと、言いたいことの中身はすべて脳の中にできあがっているのに、明確が発音ができない不明瞭な音しか出せなくなりまう。このような昔から知られている言語中枢(ウエルニッケ野とかブローカ野)のダメージ、つまり典型的な失語症の症状からは外れた人が、わたしの実験に協力して下さった人の中には結構いたような気がしました。そのような人は医学的に失語とは言えません。しかし「聞こえない」とか「話せない」というのは同じということです。

 では聴覚失認者はどうかというと、例えば「NHK緊急地震速報の報知音」や「災害・避難情報 緊急速報報知音」のような緊急災害情報、あるいは「踏切の警報音」を聞いても認識する世界が曖昧になっているようなのです。

 何を言っているのか、わかりにくいと思います。このわかりにくいということを直接伝える奇妙なデータが存在します。わたしの「聴覚失認者にとっての緊急災害放送のチャイムの意義」(三谷(2022), 福祉のまちづくり研究, 24: 25ー35)[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jais/24/Paper/24_25/_pdf/-char/ja]にある図を見て下さい。

    非聴覚失認者 軽い聴覚失認者 重い聴覚失認者

 左から障害の自覚がない非障害者、ときどき言葉がわからない時があるが日常生活には困らない軽い聴覚失認者、言葉がわからなくて日常生活で困っていたりまったく聞こえない重い聴覚失認者を示します。灰色は注意喚起のチャイムがない場合を、白抜きはある場合を示します。非聴覚失認者は今から大事な放送があることを知らせるチャイムによって多くの人が放送内容を理解しました。しかし軽い聴覚失認者や重い聴覚失認者は、普通に聞こえる人もいましたが、重い人はもちろん、軽い人でもあまり聞こえない人がいました。

 非障害者――世の中にあらゆる意味で「障害のない人」はいないという意味で「障害の自覚のない人」のことです――の反応は明らかです。アラームのチャイム音がなったら、大抵の人はその言葉を注意して聞きます。これが多数者の「正しい」反応です。一方、聴覚失認の人びとの反応はというと、これはまったく違うのです。それも「ときどき言葉がわからないが、日常生活では困らない」軽度聴覚失認の人も、言葉の聞き取りに「不便を感じている」とか「まったく認識できない」という中・重度聴覚失認の人も、アラームを聞くことで、かえって認識する世界が曖昧になっていくのです

 聴覚失認者とは、いったいどんな世界に住んでいるのでしょう。

 今、わかっている聴覚失認の特徴をまとめておきます。

❶ 聴覚失認者の聴覚は正常です。でも言葉が脳に届いたとき、それを言葉と認識できません。
❷ 聴覚失認は、まったく言葉が認知できない人は別として、体調とかその他の条件によって失認の程度が変わります。それはちょうど色弱者が、その日の天気によって――生物医学的に言い直せば光量によって――色の識別能力に差が出るようなものです。
❸ 多くの場合、聴覚失認者は身体障害者でもあります。見た目にはマヒなどの身体障害がめだちます。
❹ 聴覚失認者には高齢者が多くいます。
❺ 聴覚失認者は男性が圧倒的に多いのですが、これは脳血管障害者が男性に多いためかもしれません。

 どうですか? 少しだけ聴覚失認者のイメージがわきましたか?

 (3)に続きます。

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