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聴覚失認者の皆さんにワークショップを行いました

 昨年(2020年)から今年(2021年)にかけてはコロナ禍で、わたしも大変な目に合いました。人を対象にした研究は人の行動観察から始まります。しかし、人は集まることができません。しかたがないので、Web会議が大流行です。学会や研究会もWeb会議でやりました。ウェブ(Web)上で行うセミナー(Seminar)だからウェビナー(Webinar)だそうです。

 わたしがやってきたのは視聴覚実験です。普通は会議室のようなところに被験者に集まってもらってやっていました。ですから、新型コロナが流行し始め、少数であっても人が集まれないと知った時は唖然としてしまいました。5人、10人と集まってもらって実験をやるなど、とんでもない話だったからです。それでも、2020年度は9月から10月にかけての一時期、そして2021年度は10月末から11月にかけての一時期は感染者数が落ち着いたので、何とか集まることができました。じりじりと焦る気持ちを抑えつけ、チャンスを待ちます。いくつかの予定していた計画は流れてしまい、必ずしも万全とは行きませんでしたが、それでも年に一回ずつは集まることができました。

 2021年度はワークショップを予定していました。コロナ禍が明けていれば、念のために、もう一度視聴覚実験をやりたかったのですが、残念ながらその余裕はありませんでした。

 この10年ほど、わたしは失語症者、高次脳機能障害者の皆さんの協力を得て、聴覚失認者のしゃべる音の聞こえをカバーする方法がないのだろうかと工夫を重ねてきました。と言うのは、高次脳機能障害の一種である失語症になると、どの方も、大なり小なり、おしゃべりの音が聞きづらくなるのです。中には日常生活に支障が出るほど音の聞こえが悪くなる方がいらっしゃいます。ひとりで暮らしているそんな人が、テレビやラジオ、あるいはスマートフォンに届く自治体の災害放送に接したら、どうしたらいいのでしょう。果たして災害放送は聞こえているのでしょうか。こんな疑問を持って研究を続けた結果が、明らかになったこと、やはり分からないことを含めて、いくつかあります。それを今まで協力していただいた失語症友の会の皆さんに聞いていただきたくて、ワークショップを開いきました。

 このワークショップは拙著『〈障害者〉として社会に参加する』(春風社)[http://www.shumpu.com/portfolio/798/]で検証した結果を基にしています。研究に協力していただいたのは、兵庫県三田(さんだ)市の「トークゆうゆう」https://www.facebook.com/talkyuyu/]、尼崎市の「いなば会」[https://www.facebook.com/517501058353844/posts/1651399361630669/]、明石市と淡路島からも参加されている「むつみ会」、それに兵庫県南部を中心に集まっていた「頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会 兵庫支部」[https://www.facebook.com/wakamonohyogo/]の皆さんです。

 先に「失語症はどの方も、大なり小なり、おしゃべりの音が聞きづらい」と書きました。大抵の失語症者は、聞きづらさはあっても、おしゃべりは普通にできます。しかし、中には、相手が何を言っているのかが、まったく理解できないという方がいるのです。ひじょうに疲れた時、わたしも聴覚失認に陥ったことがあります。そんなときは周りの音がまったく聞こえず、まるで「ザー」というホワイト・ノイズ(白色雑音)のような音の滝に閉じ込められました。一時的なことだったのですが、いささか困惑したおぼえがあります――わたしが聴覚失認に陥った時のようすは、「かんかん!」という医学書院のウエブ・マガジンに載せていただいています(「ことばを失う」の人類学_わたしをフィールド・ワークする 第1回_わたしの「聴覚失認」体験http://igs-kankan.com/article/2021/06/001342/])。

 聴覚失認は聴覚の障害ではなく、脳のトラブルです。脳のトラブルなので思わぬ形で副反応の出ることがあります。まず第一に疲れやすいこと――医療の世界では「易疲労性」と言います――、それに、わたしの場合は、大事なことなので憶えておこうと思っても憶えられない――これも医療の世界のことばに直すと「短期記憶障害」と言っています――という障害があります。これらのことを頭に置いた上で、研究の現状をお伝えしようとしたのです。

 普通、ワークショップは小規模な学会という雰囲気ですから、ある程度の会場の広さが必要です。当初は、わたしもそうするつもりでした。兵庫県域では神戸市あたりの会場で開こうと思っていました。ところがコロナ禍で広い会場は使えないのだし、おまけに失語症者には高齢者が多く、感染すると重症になってしまうと聞きました。それでワークショップと言いながら、普段、友の会活動で集まっている場所に分散して、友の会ごとにやらせてもらうことにしたのです。

 さて、ワークショップでは初めにわたしから、この10年間の研究の報告を聞いていただき、その後、実験でお世話になった関西テレビのCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)活動を引っ張ってきた人たちを交えて、失語症、高次脳機能障害の皆さんとディスカッションをしました。失語症やその他の高次脳機能障害のある方は、発話や聴覚失認を除くと「普通の人」なのですから、「喋れない」「聞いても分からない」ときは、司会者としてわたしが何とか補うようにしました――わたしにも失語は出るのですが、わたしの場合は思っても言葉が出ない、適切な言葉が見つからないという「喚語(かんご)困難」とか「語想起(ご・そうき)の障害」なので、疲れていなければですが、喋れますし、聞いて分かります(「喚語困難」と「語想起の障害」については、「ことばを失う」の人類学_わたしをフィールド・ワークする 第6回_ゴリラの絵が待っていたhttp://igs-kankan.com/article/2021/11/001376/])。

 わたしの研究の報告は:

1.ヒトは人の肉声が一番理解しやすい。ついで理解しやすいのは波形接続型合成音で、フォルマント合成音は、特に聴覚失認者ではあまり理解できない。
2.人工合成音声でも、挿絵や漢字仮名交じり文を添えれば、理解できる聴覚失認者が増える。
3.チャイムを添付すれば、より多くの聴覚失認者が放送内容を理解するようになる。

というものです(「ワークショップ: 聴覚失認者に 理解しやすい放送⽅法」でスライドと手持ち原稿(PDF)がダウンロード可能です[https://researchmap.jp/read0189214/presentations/35924160])。

 1の「波形接続型合成音声」というのは人が吹き込んだ音声を利用する合成音のことです。一般には「初音ミクの声」というと分かりやすいかもしれません。フォルマント合成音というのは完全な人工音だけで作られた音で、「ロボットの声」というのが分かりやすいのかもしれません。

 2は心理学用語でいうと「多感覚統合」のことです。生きた人を前にして会話を交わす時、人はおしゃべりの音(聴覚刺激)だけではなく、くちびるの動きや顔の表情(視覚刺激)とか、その場の雰囲気とかいうものを総合して話す内容を理解しています。時には、裏に隠れた意味を理解することさえあります。聴覚失認者も「多感覚統合」が有効でした。

 3について、わたしは緊急アラームや学校のチャイムなど、聴覚失認者には、種類によって聞こえたり聞こえなかったりしているような気がしていました。しかし、わたしの実験ではチャイムによって聴覚失認者の反応が変わるというよりも、チャイムを添付すれば、より多くの聴覚失認者が放送内容を理解するようになりました――残念ながら、全てではありません。取り残された理解できない聴覚失認者はいるのです。

 関西テレビCSRの方からは文字放送の紹介があり、がんばっているので、ぜひ見て欲しいと発言がありました。失語症者、高次脳機能障害者の側からは、高齢者が多いので、理解はできてもすぐに忘れるといった話がありました。

 関西テレビの専門家は、失語症者の皆さんであれば、もっと文字放送を利用しているのではないかと期待していたようです。しかし、文字放送を利用している方は数人でした。最後にしたコメントで、わたしは、「専門家は良かれと思ってやっているのだろうが、全てのマイノリティには受け入れられていないのだから、どのような放送にしていくかを議論する局の会議には、聴覚失認者を含む、さまざまなマイノリティが参加しなくては意味がない」と申し上げました。それと共に、わたしのしていることは障害学であり、人類学である。そして、わたし自身が障害当事者である「当事者研究」でもあると申し上げました。

 友の会の方も含めて、わたしの意図がどこまで通じるのかには不安もあります。不安はありますが、さまざまな方が参加するのが社会というものです。どこまでも人を信頼して、これからも研究を続けます。

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 researchmap に無料でダウンロードできるように、ワークショップのようすを掲載しました。
https://researchmap.jp/read0189214/presentationsワークショップ: 聴覚失認者に 理解しやすい放送⽅法
ちなみに、「第14回ECOMO交通バリアフリー研究・活動助成成果報告会」で行った「聴覚失認者にとっての緊急災害時のチャイムの意義」のスライドと手持ち原稿(PDF)や、プレプリント「聴覚失認者にとっての緊急災害時のチャイムの意義」もダウンロードできます。
https://researchmap.jp/read0189214/presentations聴覚失認者にとっての緊急災害時のチャイムの意義
https://researchmap.jp/read0189214/misc/31833012聴覚失認者にとっての緊急災害時のチャイムの意義


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