見出し画像

裁判の傍聴に行ってきた話(2)

9月1日、202法廷では3件の裁判が開かれることになっていた。1件目は自閉症の男性の傷害事件だった。1件目の被告人に腰縄と手錠が掛けられると周囲に刑務官達が付き添い勾留中の被告人が出入りするためのドアから出ていった。被告人の母親らしき女性は扉が閉まってもなお被告人の彼の背中を見つめているようだった。

2件目の被告人もきっとその扉から入ってくるのだろうと思い、僕はそちらを見ていた。その頃、僕の左側の座席に座っていた弁護士らしきスーツの男性が書類の入った鞄を持ち弁護士の座席に着いた。さらに右側に座っていた女性も検察官が座る席に着いたではないか。そうか!僕は純粋に驚いた。
僕はてっきり傍聴席に座っている人達は僕のように裁判を傍聴しにきた赤の他人と、被告人や被害者の家族などの関係者ばかりだと勘違いしていた。
左側には代理人弁護士が、右側には次の裁判の検察官が座っていたのだ。確かに1件目の裁判が終わった時間が予定時間の5分前、どうやら裁判のスケジュールはかなりタイトな様だ。
ふと、弁護士が傍聴席にいるTシャツ姿の男性に向かって手招きをしているのが見えた。男性は周囲をキョロキョロと見回しながら法廷内に入って行き、手招きをする弁護士の横に座った。誰だろう?見習いだろうか?いや、それにしては服装がカジュアルすぎる。そんなことを考えながら先ほどの被告人が出て行った扉から次の裁判の被告人が入って来るのを待っていると、書記官がこう発した。
「ご起立ください。」
被告人がまだ来ていないのに起立の号令が掛かり、虚をつかれた形になった僕は少しバランスを崩し、前の座席の背もたれにおでこを軽くぶつけてしまった。誰にも気付かれていないとは思うが、着席した後にそ知らぬ顔をしている自分が可笑しかった。心の中で自分自身にニヤついていると書記官が言った。
「被告人は前に。」

そこで僕のニヤニヤが止まった。弁護士の横に座っていた男性がひとつ前の座席に移動したのだ、被告人の男性は普通に傍聴席に座っていたという事実に驚きを隠せなかった。勾留中でない被告人もいることにシンプルに驚いた。そういえばテレビで見たことがある、これがいわゆる保釈というものだろうか?保釈中の被告人は先ほどまで僕のすぐ近くに座っていた事に繰り返し驚いている間にも裁判は粛々と進行していく。
証言台に移動した被告人に裁判官が氏名や生年月日、住所や本籍、職業などを質問をした。ちなみに職業は会社員だというが内容は多少違えども、先ほども見た光景だ。とすると次は起訴状の読み上げかな?
女性検察官が起訴状を読み上げた。罪状は侵入と窃盗だった。先に弁護士から罪状認否も争う事をしないとのことで、特に驚くようなことはなかったのだけれども、事件の流れを検察側が証拠を上げながら説明し出して僕の興味はぐんぐん増していった。

被告人は身元不明のとある人物から『侵入しやすい家』の情報を得て、横浜にある被害者宅に出向き住民の女性が外出中を狙って窓から侵入し室内を物色。タンスにしまってあった財布から現金3万円、封筒の中にあった商品券3万円分、ネックレスなどの貴金属類を盗んだ後その金品を『ファイヤ』なる人物に渡したと供述したらしい。
『ファイヤ』これはあれか?『ルフィ』の事件と同じような闇バイト的な物ではないのか?最近流行りのアレなの?初めて傍聴に来た裁判でこんなの見れてめっちゃラッキーやん!と、不謹慎にもウキウキしてしまった。
その後も検察の説明によると、被告は身元不明の人物から『侵入しやすい家』の情報を得て複数の家に侵入し窃盗を行い、盗んだものの内現金などは先ほど出てきた『ファイア』に渡し、物品は自分で換金したこと。それで得た金額は¥40300だったこと、今回の犯行現場では侵入時に破った窓ガラスや室内のタンス、現金の入っていた財布、商品券の入って居た封筒、出て行く時に触った玄関のドアノブなどに大量の指紋が残っており、他の侵入窃盗の事件でも同様に指紋が残されていることなどが説明された。また、付近の駅や市中の防犯カメラにしっかりと移動中の被告が映っていることも確認されているらしい。
いや、こんな言い方はおかしいとは思うがなぜ手袋をして居ないのだろう?マスクや帽子を被ったり服装を変えるなり、犯行がバレないような工夫をしようとは考えなかったのか?とても稚拙な犯罪行為だと感じたし、やはり違和感を感じ得なかった。

女性検察官は続けた、被害者の女性は事件後一人で自宅の居間にいるのが怖くなり不眠などの症状にも悩まされているという。PTSDだろう。物理的な被害よりも精神的な被害の方がタチが悪いかもしれない。
その後、裁判官から被告への質問が行われた。ごく簡単な質問だ、罪状については争わないことから情状酌量に関することだ。
「被害者への謝罪と弁済はどのように考えていますか?」
「裁判が終わったら、直接謝罪に行こうと思っています。弁済は、仕事を続けて返そうと思います。」
裁判も終盤に差し掛かってきたところで弁護士も援護した。
「他の事件のこともありますが、被告人も大変反省をしております。次回情状証人として母親を召喚したいと思います。」
弁護士が書類を書記官に手渡す。
「今日の審理はこれで終わります。被告人最後に何か言いたいことはありますか?」
「はい!」
被告人の男性は背筋を伸ばし明瞭な声で返事をした。続けて謝罪と反省の弁を述べた。さらに家族への謝罪と感謝、弁済の意思を述べて今後はこのようなことを起こさないように一生懸命生活していきたいと淀みなく発言した。
見事なパフォーマンスだが、それができるくらいならやはり犯罪が露呈しない程度の工夫を考えつくことはなかったのだろうか。

しかしそれよりも気になる言葉がさっきあったぞ!『母親を召喚』と言わなかったか?『召喚』剣と魔法のファンタジーの世界ではなく、現実世界でも召喚されることがあるのか。僕もいつの日か現実世界で召喚されてみたい、なんて思ってはいけないな。情状証人として召喚されるということは自分に縁のある人物が罪を犯した時なのだから。召喚されるなら異世界かな。

そんなことを考えていたら、午前の裁判は全て終了したようで周りにいた傍聴人はほとんど退室していた。残っていたのは今の裁判の弁護士と被告人と女性が一人。これはやはり親族なのだろう。被告人と一緒なって弁護士に何度もお辞儀をしていた。
ところで裁判中に少し気になったのだが、被告人は職業を会社員と言っていた。起訴されているのに解雇されていないのは不思議な感じがした。窃盗をするような人物が保釈金を払える事も不思議だ。よく見れば親族と思しき女性の服装や持ち物などは華美ではないが安っぽく見えるものはひとつもない。つまり、実家が太いのだろうか?だとしたら、なんともつまらない事をしたものだ。

審理は今後も継続されるようだが、罰金と執行猶予で終わるのだろうか?弁済も被告本人の努力によって償われるのだろうか?きっとこの被告人と親族の女性はこの後何処かで食事をして帰るのだろう。僕のように裁判所に来るときに買ったおにぎりで昼食を済ますようなことはないのだろう。
だんだんおかしな方向に思考が歪んでいった。勝手に妄想しているだけだがなんか悔しくなってきた。バカか僕は?

裁判所を出ると目の前をアルファロメオが通り過ぎていった。運転しているのは先ほどの弁護士だ。口をへの字にしながらハンドルを握っているのが見えた。その向こうでは、被告人とその親族らしき女性は歩いて裁判所の敷地から出ていった。僕は目の前にある駿府城公園に移動して木陰で昼食を取る事にした。鮭おにぎりと鶏そぼろおにぎり。外で食べるとだいたいなんでも美味しい。

午後の裁判は13時10分から。204法定及び205法廷で民事裁判が行われるらしい。僕以外の傍聴人は現れるのだろうか?ルイボスティーを飲みながらスマホをいじって時間を潰していた。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?