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松本敏治『自閉症は津軽弁を話さない』

松本敏治『自閉症は津軽弁を話さない』を読んだ。2017年に福村出版から単行本が刊行され、角川ソフィア文庫で文庫化されている。
今回読んだのは文庫版。カバーデザインがかわいい。

臨床発達心理士の妻が何気なく「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよねぇ)」と言ったのに対し、障害児心理を専門とする筆者はASD独特の音声的特徴が「津軽弁を話さない」ように感じさせるのではと反論し、夫婦喧嘩になってしまった。そこからこの研究が始まる。

本全体が「自閉症児者は津軽弁(方言)を話さないのか」というテーマに立ち向かう謎解き風になっているので、すいすい読めるし研究ってこんな感じで進めるのかなと想像できて楽しい。

ASDは意図を汲み取るのが苦手なため、主に親など周囲の人が話しかけても注意を向けられずその言葉を学習するのが難しい。ただし、興味のある内容なら注意を向けることができ、かつ繰り返し聞けば学習しやすいので、アニメのビデオなどメディアから言語を学んでいる面が大きいらしい。

とすると、反復可能なメディアが普及する前、ASDにとって言語習得は相当な困難だったのかな?同じビデオを繰り返し見る機会のないASD児は今でもいるだろうし、たまたまメディア接触頻度の高い家庭で育ったASD児は喋れている(ただし共通語で)、ということ?
この本ではそこに突っ込んでいないので、追加の研究があったらいいな。
定型発達でもテクノロジーの進化で言語習得は変化していそうだから、似た研究はすでにあるかも。

第11章を丸ごと割いている「かず君の場合」が面白かった。
アニメのせりふを切り貼りするような喋り方で、はじめは元ネタがバレバレだったのが、徐々にその場に応じた改変ができるようになったのだという。

外国語学習のイメージから、言語ってそうやってAI的に大量のパターンを学ぶものだと思っていたけど、自然言語学習の場合そう単純な話ではなく、定型発達児は相手の意図を読みながら母語を習得しているそうだ。

他にもブラウン&レビンソン「ポライトネス理論」やトマセロの「意図読み」の話が印象に残った。
特にポライトネス理論は言語学の常識というか超定番っぽいけど、全然知らない素人なので解説が詳しくて助かった。

相当幼い子どもでも、なにか聞いてほしい願望があればまず相手の表情を読み取り、ことば・身振り・表情といった言動で相手を説得し、願望が叶えば感謝や喜びを表現して関係を適切に維持しようとする。
文章にするとあまりに複雑で高度なもんで、こんな難しいこと瞬時にやらなきゃいけないなんて、喋ると疲れるはずだわ。”コミュ力”はバカにできない。

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