死にたい女が纏わりついてくるんだが
ファンレターを貰ったことはあるが、
遺書を貰うのは始めてだった。
差出人は石平美羽。
女子大に通う3回生で、美容整形に失敗し外を出歩けなくなったという。
唇の異常な膨らみ、鼻翼の拡大、左瞼の歪み、額のよれ、そして死にたさを抱え、泣きながらポッドキャストでのどごし生卵のラジオを聴いているらしい。
俺には分からん世界や、と思った。
止めてほしいのだろうか。
住所は書いてあるが、そこまで行くというのもおかしな話だろう。
近くにいてもどんな言葉をかけても自殺する人は自殺する。
父がそうだったように。
ラジオでそんな話をする機会は勿論ないはずなのに、何を嗅ぎ取ったか自殺者の最後の拠り所とされている現状に、俺は吐き気を催した。
小さな丸文字で書かれたそれは、
おちゃらけ赤髪馬鹿に寄越す言葉ではない。
母や姉は俺を買い被っている。
父の死を忘れさせようと、何なら父のため家族のために芸人になったと思っているようだ。
俺は父を心底可哀想な人間だと思う以上の感情はなく、ただどうせ死ぬのなら気楽に稼ぎたいという理由で芸人を選んだ。
厄介な遺伝子に飲み込まれまいと足掻くことはあれど、基本的にはハッピー野郎だ。
遺書にはツイッターのアカウント名とパスワードも記載されていた。アカウント主の死を皆に知らせるのが俺の役目らしい。
覗いてみるとフォロー10にフォロワー346というなかなか尖ったアンバランス数値。
最近のツイートは、
“伸びをした時に見える赤いベルトがいいんよな”とともに間抜けな俺の写真inラスタ池袋。
「こいつ外出してるやんけ。ほんでリアコ(仮)なんかい」
★
シブゲキで南京デリシャスとツーマンライブをする機会があり、テンションの上がった梅茶漬けが俺の携帯番号を叫んだ。
記憶力の良い客から何件か通知があり、
打ち上げ帰りのほろ酔い深夜3時にあの遺書女から電話があった。
「……も、もしもし」
「誰すか」
「あの、石平、美羽と申します。今日のライブ見に行きました。おもしろかったです」
「かけてきたん」
「はい、すみません。こんな機会も滅多にないなと思ったら、つい、はい」
「よお喋るな。他何人かかかってきたけど、俺が出たらすぐ切れたで」
「……酔ってます?」
「酔ってたらなんやねん」
「すみません」
「いや、まあなんや、言いたいこと言い終わったんやったら切るで。俺全然あいつらと違って優しい人間ちゃうし。お人好しじゃないのよ」
「言いたいことは、あります」
「イタいな君」
「病んでてあたし、死にたくて」
「おい、これ『いのちの電話』ちゃうぞ」
「整形の手術失敗されて、もう恋愛も出来ないんです。というか普通が無理なんです。生きていけないんです」
「あ、あれや遺書の子か」
「覚えててくださったんですか?」
「いや、テンション上がんな。こっちはだだ下がりやねん」
「何でなんですか」
「何でなんですか、ってせっかく美味い酒飲んだ後に死にまっせ言われたら誰でも嫌やろ」
「すみません」
「こんなん言うてええんか分からんけど、あの手紙貰ったん2ヶ月前やんな?」
「はい」
「生きてるやん」
「へ?」
「しっかり生きてるやん、2ヶ月間。おめでとう。ライブ来てくれたんは嬉しいわ単純に。お客さんとしてな」
「あの……そういうところなんですよね、私がしそくんを好きなのって」
「もうええか? 切って」
「駄目です。あの、あの、」
「落ち着け切らんから、鬱陶しいなあ」
「あの、私の担当執刀医がとんでもない奴で、でも界隈では結構有名でブイブイ言わせてる人で、インスタライブで手術映像流したりするんですよ。ありえなくないですか?」
「すげえな」
「そいつに人生全部奪われたんです。それをTwitterでいっぱい訴えてたら、下調べよくしなかったあなたも悪いとか名誉毀損だとかあることないこと言われて。もう心も疲れちゃいました」
「そもそも何で整形したん。まだ大学生なんやろ?」
「だって、早く綺麗になりたかったから。そしたらしそくんに」
「ちょっと待って。待って待って待って。俺聞きたないわ、その先。しんどいて」
「安心してください。責任とってなんて言いませんよ」
「当たり前やろ。勝手に整形しといて」
「ひどい!もう死にますよ!」
「お前ほんま、ああ、お前言うてもた……もうほんまやめてくれ、しんどなるから」
「じゃあ私をカウンセリングしてください。週に1回」
「はあ? そんなんほんまもんの先生に頼めや」
「もう先生とか、病院とか、そんなん信じないって決めたんです」
「カウンセリングって何すんねん。俺、学ないから知らんでそんなん」
「シモキタのコメダでお茶するだけで大丈夫です」
「ただ茶しばきたいだけの奴やん。ほんであわやくば、の奴やん。嫌やで俺」
「ちぇっ」
「何やかんや元気やろ、お前。あー、お前ってまた言うてもうた、君」
「君じゃなくて、石平美羽です」
「俺が頭痛いわもう。はぁぁぁぁ」
「二日酔いですか?」
「ほんまに死ぬ気あるん?」
「ありますよ」
「どうやって死ぬん」
「顔を壁に打ちつけます」
「新喜劇やん」
「え?」
「新喜劇入り。顔も武器なるし、珠代さんの後継者になって壁ぶつかってったらええわ」
「何ですかその結論」
「もう充電切れそうやわ」
「えー」
「まあ、俺1人じゃあれやけど、死なんでええ世界みたいなんをさ、のどごし生卵で作るから。まあまた、な」
ツー、ツー、ツー。
「いぃやあ、お前が切るんかい!殺したろかこいつ!」
太陽が東から昇ってくる。
その光の強さに、思わず目が眩む。
「やば、明日のバトルライブ何のネタするんか聞いてへんわ。あのでかい斧作り直さなあかんのちゃう」
のどごし生卵の小道具係・しそ巻き。
トレードマークの赤髪を靡かせ、今日も悩みゼロで生きる。
ハマショーの『MONEY』がすきです。