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偽SBの分類学

はじめに

偽9番に続き、まさかの分類学シリーズ第2弾です。
先日行なわれた親善試合の日本対ウルグアイ、皆さんご覧になられましたか?
この試合で日本代表は名波コーチを中心に偽SBを試していたことが会見、インタビューなどで判明しました。

筆者もリアルタイムで試合を見ていたのですが、恥ずかしながらTwitterで上の記事を見るまで分かりませんでした笑言葉を選ばず言うと自分が知っている偽SBとは似ても似つかないというか「え、まさかこれで偽SBやってるつもりなん?」と思ったのが正直な感想です。
ちなみに筆者は高校生時代大のペップ好きであり、バイエルンでの3年間ずっとペップを追いかけていたので、偽SBには並々ならぬ思い入れがあります。今季アーセナルもジンチェンコの加入により偽SBを導入しているのはちょっと嬉しいです。だからこそ、日本代表のような安易な偽SB導入には若干苛立ちもあります。
くだらない私情は置いといて、早速偽SBについて解説していきたいと思います。一見全部同じように見える偽SBも、実はエリア・状況によって色んな種類に分けられます。

偽SB概論

偽SBについてシンプルかつ普遍的な定義をすると「SBの選手がサイドを離れて中に絞り、ハーフスペースないしは中央レーンにポジションを取った状態のこと。またはその動き。」といった感じでしょうか。
そもそも何故わざわざSBが中に絞るのか?大きく分けて攻撃と守備(ボール保持と非保持)で2つの目的があります。まず攻撃面では、大外に張っているワイドの選手を邪魔しないためです。チームにドリブル突破に自信のあるWGがいる場合、タッチライン際ギリギリまで張らせるのが一番良い使い方と言えますが、同じレーンにSBがいるとポジションが被って邪魔になってしまいます。そのため、SBは内側のハーフスペースを使いサポートに徹することでWGにはドリブル突破に専念してもらえる、というわけです。
またサイドに張っているときと比べて中盤の選手との距離が近くなり、中央の密度が高くなるのでボールポゼッションの安定にも役に立ちます。ただこれは一歩間違うと中央がゴチャゴチャして邪魔なだけになってしまうので注意が必要です。

右WGのマフレズのサポートのため
ハーフレーンを駆け抜ける右SBのウォーカー
両SBが中に入ることで中盤で数的優位が生まれ、
CBからWGへのパスコースも空いている

次に守備面では、SBもゲーゲンプレスに参加するためです。基本的にカウンターというのはボランチの選手のフィードから始まります。そのカウンターの芽を摘むためには相手ボランチの近くにいて、即座にボールを奪い返すゲーゲンプレスを行なう必要があります。そうなってくるとSBの選手もサイドにいるよりハーフレーンまたは中央レーンにいた方がいいと言えるでしょう。

被カウンター時、ゲーゲンプレスを行い
ボールを奪い返そうとするジンチェンコ

最後に簡単な図にまとめておきました。

攻守における偽SBの役割(目的)

タイプ別偽SB

偽SBは、SBから「どこ(何列目)に移動するか」、そして「いつ、どのタイミングで移動するか」で使い方・目的が変わってきます。
偽SBの分類をツリー、図にしてまとめてみました。

タイプ別偽SB分類表
偽SBの分類(実際の動き方)

このように偽SBはDFラインに入る守備型、3列目に入る司令塔型、2列目に入る攻撃型に分けられます。また、自陣でのビルドアップの段階から動き出すのか、敵陣に入りファイナルサード攻略の段階で動き出すのか、といったピッチの状況・エリアでも変わってきます。わざわざ説明するまでもないですが2列目に入る攻撃型の動きをビルドアップからやり始める馬鹿はいません。

① 守備型

正直このタイプは偽SBと言っていいか怪しいというか、偽SBという言葉が生まれる前から存在していたと思います。
代表的な例がバルセロナにおけるアビダルです。アビダルは主に左SBとしてプレーしていましたが、アウベスが上がってWGのような位置に行くと中に絞って3バックを形成していました。実際に2010-11のクラシコ、レアルマドリーを5-0でボコボコにしたときの映像を見てみましょう。

右WGと化すアウベス、絞ってロナウドをマークするアビダル
ちょっと上がってるアビダル

これらのシーンを見ても分かるように、相手FWがDFラインと並んでいるときは下がってCBの1人として振る舞い、マークすべき対象がいない場合は少し前にポジションを取っています。彼のこのバランス感覚こそが、バルサが攻撃的なサッカーを展開する上で欠かせないものだったと言っても過言ではないと思います。
このようなアビダルの動きは敵陣に入ってから、すなわちファイナルサード攻略の局面において多用される形でした(ビルドアップでは両SBとも普通に大外に張ることが多い)。この動きを更に早い段階、すなわちビルドアップの局面にて行なう代表的な選手はマンチェスターシティのアケですね。シティにおいては、アケの動きは反対サイドの右SB(リコ・ルイス)が3列目に入る動きと連動しています。

3-2でのビルドアップ①
(ボールを持っているのがアケ)
3-2でのビルドアップ②
(ボールを持っているのがリコルイス)

シティは基本フォーメーションは4-3-3ですがビルドアップ時にはリコが1列上がって2ボランチの一角になり、代わりにアケが絞って3バックになることでバランスを保っています。WMのMのような形ですね。
ペップはどうやら片方のSBをWGやボランチといった違うポジションで使いたいとき、もう片方のSBをCBに近い動きをさせることでバランスを取るのが好きなようです。

② 司令塔型

今季のプレミアリーグでビルドアップの早い段階から中に絞り、ボランチの1人のように振る舞うSBといえば間違いなくジンチェンコの名前が上がるでしょう。アルテタ率いるアーセナルは開幕戦のクリスタルパレス戦からジンチェンコの偽SBを披露しました。

中に絞るジンチェンコ、外に張るジャカ
ボールを持つジンチェンコ

ジンチェンコが3列目で司令塔として振る舞うことで本職ボランチのはずのジャカが左サイドに追いやられるという奇妙な光景まで見られました。しかしこれは結果的に上手くいっており、サイドやゴール前など色んな場所に顔を出すジャカの新たな一面が発見できたので良かったと思います。
ビルドアップだけでなくファイナルサード攻略の局面においてもジンチェンコは司令塔のようにプレーしており、ユナイテッド戦に至っては右サイドまでボールを受けにくるシーンがありました笑

サカに近寄るジンチェンコ

またブライトンのように、選手のプレースタイルは純粋なSBであるものの、ビルドアップ時のメカニズムとして一時的にSBが中に絞ってボランチの1人になるような形を採るチームもあります。ブライトンのランプティとエストゥピニャンは2人とも純粋なSBですが、ビルドアップのときには中に入ってきてボールの出口となることもあります。今季のプレミア第26節、ウェストハム戦を見てみましょう。SBのスタメンは右ランプティの左エストゥピニャンですが、ランプティの負傷交代により前半16分以降は右にフェルトマンが入っています。

中に絞るランプティ
中に絞ったエストゥピニャンが三笘へパスを出すシーン
フェルトマンもエストゥピニャンも絞っているシーン
ブライトンのビルドアップの概要

ブライトンのビルドアップにおいてSBが中に入る動きは、相手のプレスが厳しいときパスコースを増やすという直接的なサポートであると同時に、CBから大外に張っているWGへのパスコースを空けるという間接的なサポートにもなっています。そしてWGにボールが入ると、SBはアンダーラップをしてWGのサポートを行ないます。更に付け加えると、もし中盤でボールを奪われてもSBがすぐゲーゲンプレスに参加できるようになっているので、守備面でのメリットもあります。
「選手は純粋なSBなのに偽SBやらすのってどうなん?」という意見もあるかもしれませんが、このチームのビルドアップにおいてSBがこなす役割はジンチェンコのようなゲームメイクではなくあくまでCBとボランチのサポートなので、そこまで無理にやらさられてる感じもありません。実際彼らはファイナルサードでの崩しの場面ではサイドでドリブル突破からクロスを上げていたりと、SB本来の仕事も十分こなしています。

③ 攻撃型

これも守備型同様、偽SBが生まれる前からある動きです。所謂アンダーラップというやつに近いですね。しかしアンダーラップをする普通のSBと攻撃型偽SBは基本ポジションがサイドレーンかハーフレーンかという違いがあります。
アラバを例に見ていきましょう。まずは12-13DFBポカールのドルトムント戦。このときバイエルンの監督はハインケスなので、当然偽SBではありません。

基本ポジションは左のサイドレーン
ボールを持って中に切り込んでいくアラバ

この頃のアラバはCL準々決勝のユベントス戦のように中央でミドルシュートを打つこともあったものの、ほとんどの時間帯はサイドレーンにおり、普通のSBとしてプレーしていました。
次に15-16のヴォルフスブルク戦(ギネス記録にもなったレヴァンドフスキの5ゴールの試合)。アラバは後半から左SBでプレーしていますが、この時のアラバは典型的な攻撃的偽SBでした。

大外に張るコスタに対し、ハーフスペースでボールを受けようとするアラバ
ボランチより高い位置にいるアラバ①
ボランチより高い位置にいるアラバ②

このようにアラバは2列目のハーフスペースという普通だったらIHの選手がいるポジションを取ることでファイナルサード攻略の局面でラストパスやシュートに絡むシーンが何度かありました。ただ注意すべきなのは偽SBとはいえ腐ってもSBなので、サイドでプレーする場面も普通にあります。大事なのはベースとなるスタートポジション、試合の流れがゆっくりなときどの辺りにポジションを取ることが多いかということです。

おわりに

筆者が他のnoteでも何度か言っていることですが、このような分類はあくまで理念型にすぎず、1人が複数のタイプに当てはまることはザラにあります。
極端なことを言ってしまえば、1試合で全部に当てはまるプレーをやっている選手もいます。15-16DFBポカール決勝のアラバはまさにそれでした。

守備型(DFライン)
司令塔型(3列目)
攻撃型(2列目)
※外のリベリにパスを出してアンダーラップ
しようと走り出している場面

アラバがこのように1人で複数のポジションをこなしていたのは、この年からCBでもプレーするようになったのが影響していると思われます。元々中盤の選手だったところからSBにコンバートされ、更にCBなど他のポジションもやらされたアラバだからこそ出来る芸当と言えるでしょう。

また偽SBをやる上で大事なのは、その周りの選手との相互作用です。例えばビルドアップ時から3列目で偽SBとしてプレーするならIHの選手を前に押し出したり逆サイドのSBが中に絞ることが必要(例:ジンチェンコ、リコ)になってきますし、ファイナルサード攻略時において2列目で偽SBとしてプレーするなら大外にいるWGや他の2列目にいる選手との連携が重要(例:アラバ)になってきます。
ただ単に偽SBの動きだけ取り入れても、CBやボランチ、ワイドなど周りの選手がどう動くか、そしてそれがその選手のプレースタイルに適しているのかまで考えないと機能しないということです(おい聞いてるか名波)。選手のプレースタイルと合っていなくても長い時間をかけてチーム戦術を仕込めばブライトンのような有機的なビルドアップも可能にはなりますが、代表チームでそれを目指すのは非現実的と言わざるをえません。
最後の最後で少し話が逸れましたが、皆さんも偽SBっぽい選手を見たときは「どのタイミングで中に入ってきているか」「どの列に入ろうとしているか」に注目してみると面白いのではないでしょうか。

参考文献

偽SB(Inverted Fullback)の解説動画。英語ではありますが内容は初心者向けって感じです。

ちなみに本稿のインスピレーション元は下の動画です。この偽SB解説動画がなければ書こうとは思いませんでした。

本論とは直接関係はありませんが、戦術分析のフレームワークの参考として『モダンサッカーの教科書Ⅳ』はオススメです。個人的に局面ごとの偽SBの役割の違いを考える上で役に立ちました。


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