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『ハッピーアワー』の精神的続編?正当な神戸映画『三度目の、正直』

どうもグッドウォッチメンズの大ちゃんです。

今回紹介する映画は少し前の公開ですが、私の地元の映画館では公開されず、絶望していたところ、U- NEXTにて配信されていたため鑑賞しました。

『三度目の、正直』

監督・脚本 野原位
主演・脚本 川村りら
出演    小林勝行
      出村弘美
      田辺泰信
      謝花喜天
      福永祥子
      景吉紗都
      三浦博之

『ハッピーアワー』や『スパイの妻』の脚本を手掛けた野原位さんの長編監督デビュー作です。
キャストはハッピーアワーのキャストが一部引き継がれており、特に『ハッピーアワー』で重要な役を演じた川村りらさんが一部脚本も手掛けており、舞台は前途2作と同様に神戸となります。

1.あらすじ

月島春は、パートナーの連れ子・欄がカナダに留学し、言い知れぬ寂しさを抱えていた。そんな時、公園で記憶を亡くした青年と出会う。

2.想起する二人の映画監督

この映画を見てまず、思い浮かべた映画監督が二人います。
ひとりは野原監督と共同で制作を行った濱口竜介監督も敬愛する、
ジョン・カサヴェテス。
もう一人は台湾の映画界で鮮烈なる才能を発揮し、亡くなった今もなおその影響が残り続けているであろうエドワード・ヤン。
前者はまず、役者の生かし方の秀逸さと物語構築についてです。
ジョン・カサヴェテスは60年代から80年代にかけて活躍したアメリカの俳優であり映画作家で、「インディペンデント映画界の父」とも言われた存在でした。小規模な体制で自身の仲間と言える存在をキャストに固めて作家主義を貫いていました。妻であり、俳優であるジーナ・ローランズに代表されるように女性主人公の映画が多く、生きていく中での切実さと人間の不可解さ、他者性を描いていたという個人的な印象です。
ジーナ・ローランズは彼の作品にいくつか出演していますが、本当にどれも素晴らしい演技をしています。特におすすめは俳優そのものを演じた『オープニング・ナイト』終盤のシーン。夫であり監督自身である、ジョン・カサヴェテスとの共演もあり、そこでの演技は仕事の関係だけでは成立し得ないなにか得体のしれない領域まで連れていかれるようです。

少し話が脱線したので、『三度目の、正直』の話題に戻ります。
ジーナ・ローランズを彷彿とさせる素晴らしい女性の俳優が今作では二人いるというのが最大の強みではないでしょうか。
一人は主役である川村りらさん。もう一人は『ハッピーアワー』にも出演していた出村弘美さん。川村りらさんの存在感は既に『ハッピーアワー』で知るところでしたが、出村さんはさらに俳優としての存在感に磨きがかかっていると思いました。
特に、鏡の前で自分自身に語りかける?シーンと終盤の車内での会話は曖昧でありながらも当人にはどうしたって切実な内面が浮き彫りになる素晴らしいシーンでした。
エドワード・ヤンを浮かべてしまう要素としては均一された美しくもどこか悍ましい画面作りといったところでしょうか。
時に薄暗い部屋を映すシーンは背筋をぞっとさせるものがあります。
それもそのはず。というのが、野原監督は東京藝術大学で黒沢清さんに師事しており、その黒沢清さんこそがエドワード・ヤンの影響を公言しているからです。こういう数珠つなぎ的な影響の伝播も映画を見ていく面白さですよね。また、エドワード・ヤンは徹底して台湾という国を描いた映画作家でした。ルーツを見ると明らかですが、少しドライなタッチで台湾という国を描いている印象です。
それと同じと言えるかわかりませんが、野原監督ももともと神戸出身というわけではなく、『ハッピーアワー』の制作をきっかけに移住しました。それもあってか、どこか神戸という町に象徴性を見出しているような気がするのです。こちらに関しては後述いたします。

3.野原位監督の演出力

それにしても野原監督の演出力は長編1作目とは思えないクオリティでした。まずカメラを置く場所。基本的には少し被写体と距離を置いたアングルが保たれており、それがどこか冷ややかな印象を映画に与えています。
そして、ほぼすべてのショットで手前と奥の位置関係が示されるのです。
部屋の手前と奥、鏡に映る自分と現実に存在する自分、フロアとステージなどなど。単純に画面に奥行きが生まれ映像に締まりが出るという効果もありますが、この計算されたショットによってそれぞれの登場人物に今生きているだけではない別の人生もあり得たのではないかという印象が植え付けらていると感じました。そしてそのショットの法則が崩れる瞬間に奇妙な感覚が与えられ、それ以降物語に妙なしこりを残していきます。
特に、春が元夫に自分の過去を告白するシーンと生人が春に向かって「気持ちが悪い」と言い放つ瞬間のカメラの動きは見逃せません。
また、状況によっては脚本を大幅に改稿するなど、俳優に身をささげる姿勢も俳優の演技を引き出せている要因なのでしょうか。
人によっては棒読みに聞こえるのかもしれませんが、今作に出演している俳優の方々の演技は素晴らしいものがありました。
特に簡単には言えない内面の葛藤を抱えている川村りらさんと出村弘美さんは特筆すべき存在です。
どんなときも堂々とカメラの前に凛と佇み、自分の中の弱さが露呈することを恐れない存在感の川村りらさん、自分でも気づかないうちに押し殺していた内面の恐怖が取返しがつかないところにまで発展する出村弘美さん。
それぞれ演技のタイプは違えど素晴らしい存在感でした。
場面によってはカットも長く回されていましたが、俳優の演技が最も生きる部分で俳優の演技を信じ切ったショットを選択した野原監督も見事な腕前です。

4.神戸という町

神戸という町の象徴性を生かした作劇や風土を映した世界観は『ハッピーアワー』より優れた点と言えるのではないでしょうか。
と言いつつ私も神戸に住んだことがあるわけではないので飽くまで印象だけで語らせていただきます。
空港、海、住宅街、が有機的に物語に組み込まれているなと感じました。
別れを象徴する空港と海、そして普段登場人物たちが過ごしている街並みが描かれることで当人たちの日常だけではない世界がどこかに存在しているような感覚と言いましょうか。抽象的な言い回しで恐縮ですが、少し行けば海があり山があり繁華街があるという神戸の町がここではないどこかやここにいる以外の自分を探しているような登場人物を描くのに最適なロケーションだと感じました。
色々な顔を持っている神戸の魅力が伝わってくる映画でもあります。
マラソン大会がさらっと挿入されているのもちょっとおもしろかったですね。映画のなかであのようにマラソンが開催されている様子がリアルに描写されることが結構珍しいのでそういう面白さもありました。
それと関西弁。
一言では言えませんが、人物の魅力をより豊かに伝えてくれるような効果がありますね。
標準語のフラットな言い回しより、情緒がある関西弁の方が人となりが伝わってきながらも今作は抑揚を抑えたセリフ回しなので、独特な響きを感じさせます。
ロケーション、言語とあらゆる面で神戸の特性を生かした映画だと思いました。私も今作を見ていて神戸に行ってもっと知りたいなと思ったほどです。

5.こわれゆく人々

本作はジョン・カサヴェテスの『こわれゆく女』を参考にしているとの言葉通り、かなり危うい人間関係が描かれていきます。
ゆえに人によってはわかりやすい感情移入を拒むタイプの作品かもしれません。基本的にはここで登場する人物たちは自分の気持ちをわかりやすく言葉にすることをあまりしません。ところが、なんとなく言いたくなったという理由で過去の出来事を唐突に明かしたり、娘のような存在と海外留学という形で別れた寂しさを埋めるように身元不明の少年を引き取ろうとしたりする始末。なかなかこれらの行為に交換というか共感を抱きにくいと感じる観客もいるのではないでしょうか。
そういう人間の行動の飛躍や不可解さを描いている映画でもあるので一定数そういう方がいるのも仕方ないと思います。
ただ、私としては言いたくないことは言わない(言えないということもありますが)言いたくなったから言うという人間の行為をどこか肯定しているようにも見えました。
いずれにせよ、自分の内面は何かしら表現しないと伝わりようがないことが示されています。
特に象徴的なのは、毅と美香子の夫婦です。
この二人決して極端に仲が悪いわけでも、明確に人格に欠陥があるわけでもないのですが、映画が進むにつれ関係に綻びが出てきます。
ミュージシャンとして成功を目指す毅とそれを支える美香子は時として妻側のサポートが過剰になる傾向があります。これはクリエイターなどモノづくりに携わる夫婦が陥りがちな関係なのではないでしょうか。
ただ、毅も体調が悪い美香子を気遣ったり、息子を学校まで送ったりとまるで父親として夫としての債務を怠っているということでもないのです。
相手の異変を察知しても気づかないフリをし続ける、自分の異変に気付けずに言えない、あるいは気付きながら成功してほしいという想いもあって言わないという選択の蓄積が時として関係の破局に向かわせるということなのだと思います。
私も趣味の範囲ではありますが、自主映画を作った経験もあるので身に染みる描写でした。

6.まとめ

あらゆる角度から『三度目の、正直』を紐解いていきましたが、まだまだ掘り起こす余地のある作品だとも思っていますし、個人的には『ハッピーアワー』と並んでもっと高く評価されるべき映画だと感じています。
この記事をきっかけにして本作を鑑賞する方が少しでもいればこれより嬉しいことはありません。野原監督の自作以降にも期待に胸を膨らませながらこの記事を締めさせていただきます。

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