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私とカップメンと 出会い編

プラントノベル 


新入部員


 皐月の風が青葉の木々を揺らす。西陽の中でも、その風と相まって清々しさを感じた。長箱のように切り取られた緑の中からツツジの花が顔を出している。講義棟の窓ガラスは、流れる雲を映す。キャンパスを歩く学生たちに混ざり、クラブハウスへと向っていた。

「なんで昨日来なかったんだよ」

 隣を歩く志保がそう言って、体をパシパシと叩いてくる。

「いやぁ、ゴールデンウィークのあいだ、毎日バイトだったから疲れちゃってさぁ」

「ずっと、気まずかったんだからね」

 言い訳けをすると、志保がそう返して鼻息を鳴らした。

「でも、どうしてうちの大学に社長令嬢がいるの」

「フィギュアスケートだって」

 志保が突き返すように答えた。

「フィギュアするために、うちの大学に入って来たんだけど、ケガして辞めたんだって」

 うちの大学はウインタースポーツに力を入れていて、オリンピック選手も輩出している。

「あたしの通ってた中学で、よく噂になってた。隣の学校にフィギュアの上手な子がいて、マスコミが、よく取材に来てるって」

「なんで、うちのサークルなの」

「ラーメンが好きだからでしょ」

 我ら、ラーメン同好会は、四年生が引退して、しばらくは三人で活動していた。
 部員が減ってしまったので精力的にビラ配りをしたのだが、なかなか部員が増えず悩んでいたところ、ゴールデンウィークの直前に一年生が二人入った。

 連休明けに学校に来たら三年生の女子が一人入部したと聞かされた。

 志保と話ながら部室の前まで来ると、吉岡の笑い声に混ざって女子の声がした。

初対面


 部室の中に入ると、吉岡は自分と志保を気にすることなく、その女子と話している。一年生二人は隅で気まずそうにしていた。

「ほな、オシャレ言うたら何やと思う」

「え、カワイイ服着たり、髪巻いたり」

「それ普通やん、俺らのサークルはちゃうねん。カップ麺をプラッチックのフォークで食べることやねん」

「金属のフォークじゃダメなの」

「あかん、上品過ぎるやん、貴族やん」

 吉岡の返しに、その子が笑い出す。

「ほな、ハリガネってわかる」

「知ってる。豚骨ラーメンの麺の固さ」

「残念、ちゃうわ。正解は、三分待たずにフライングで食べることやねん」

 女の子が笑う。

 吉岡は一年生の方を向いて言う。

「自分らも、よう覚えときや」

 一年生は苦笑いをしている。

「あの、活動始めましょうか」

 吉岡の言葉を遮るように志保が冷たく言うと、自分も彼女の声で我に返った。

 「商学部三年の風見塔子です」

 自分の方を振り向いて、頭を下げてきた。塔子の視線に胸を突かれたような気がして、

「法学部の木下です」

 と返すのが精いっぱいだった。

 塔子の顔は、特に目が大きいわけでもなく、鼻が高いわけでもない。しかし、てのひらに収まりそうな小さな顔に、キレイにパーツが並んでいる。鼻先は尖っており、唇が少し厚いように思えるが、それが可愛らしい。

 部室に入ってから、吉岡と話す塔子の姿をずっと見ていた。

「風見さん、俺と同じ商学部やねん。仲ようしたってや」

 吉岡と目が合ったので、とりあえず笑っておいた。

「あの、山本さんって学部は」

「あいつは文学部やねん」

 塔子の問いに答える吉岡の声は甘かった。

「あんたに聞いてないでしょ」

 志保の声を聞こえないフリして、吉岡は、また塔子と話し出した。

「昨日からずっとあの調子なの」

 志保に耳打ちされながら、また塔子を見ている自分に気づいていた。

歓迎会


 ラーメン同好会は三年生四人、一年生二人の新体制となった。新入部員の歓迎会は、京王線の駅近くにある居酒屋でおこなわれた。
 乾杯して、生ビールやチューハイを飲みながらサラダや唐揚げを食べていると店員が大皿を運んできた。

「はい、みんな博多の焼きラーメンって知ってる。ビールに合うんだよ」
 志保が自慢気に言うと、

「ラーメン同好会の人たちって、こういうときもラーメン食べるんだね」
 と感心しながら塔子が言って全員で笑った。

「ねぇ、フィギュアの選手の人たちもラーメン食べるの」
 自分は素朴な疑問をぶつけてみた。

「基本的には食べないかなぁ。でも試合の後に、御褒美で美味しいもの食べに行ったりするの。みんなは焼肉とか食べに行くんだけど、あたしの場合はラーメンだったんだよね。あと海外遠征のときに、必ずこのぐらいの小さいカップヌードル持っていったよ」

 塔子の片手でサイズを伝えようとする素振りが可愛らしかった。

「そんなの怒られないの」

「海外に長期間いると、日本のモノが恋しくなって。コーチも少しぐらいなら妙薬みたいなもんだろうって」

 なんだか、すごく嬉しい気持ちになった。

 事情は異なれ、この子にもカップヌードルに思い出がある。

 塔子に親近感が湧いてきた。

 出会い編 おわり


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