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『デザインのまなざし』のこぼれ話 vol.12

マガジンハウスが運営している、福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」で、グッドデザイン賞の連載『デザインのまなざし』の最新エピソードが公開されました。

『デザインのまなざし』とは
「福祉」と「デザイン」の交わるところにある、人を中心に考えるまなざし。その中に、これからの社会を豊かにするヒントがあるのではと考え、福祉に関わるプロダクトやプロジェクトと、それを生み出したり実践されたりしている方々を訪ねる連載です。
https://co-coco.jp/series/design/

第12回に登場していただいたのは、2023年度グッドデザイン・ベスト100賞を受賞した「網膜投影カメラキット DSC-HX99 RNV kit」のプロデューサーのおひとり、〈株式会社QDレーザ〉事業推進室 室長 宮内洋宜さんです。

この商品は「ロービジョン」と呼ばれる日常生活に支障をきたすほど視力に問題を抱えた人向けの、視力に依存しない網膜投影ビューファインダーを搭載したカメラキットです。グッドデザイン賞の審査会では、「本製品は単に『見える』ことを目的に作られたものではなく、美しい風景を誰もが同じように感動したり、シェアするなど写真に付随する楽しさを伝えたりすることを目指したことにあり、人間の感性を尊重する理念が最新の技術となって実装されている。(中略)最先端のテクノロジーがただ利便性や不便さを取り除くものではなく、豊かな感性を満たすために作られた点を審査委員一同高く評価した。」と讃えられました。

このnoteでは、本編には文字数の関係で載せきれなかった宮内さんのプロフィールを中心にこぼれ話としてお伝えします。

撮影:ただ(ゆかい)/ 写真提供:マガジンハウス〈こここ〉編集部


株式会社QDレーザ 事業推進室 室長 宮内洋宜さん

―〈QDレーザ〉は、レーザの専門会社ですので、宮内さんもレーザの研究をされていたのですよね。

宮内:いいえ、同じ理系ではありますが、東京大学の理学部化学科出身で有機合成化学の研究をしていたので、レーザとは全く無縁でした。

理学の博士号をとった後、基礎科学の研究と実用をつなぐ仕事をしたかったので、2007年に金融グループ傘下のシンクタンクの〈株式会社日本総合研究所〉に就職しました。当時は、理学部出身の博士の採用は、珍しかったはずです。

―そうなのですか、少し意外です。日本総合研究所ではどんなことに従事していたのですか?

宮内:創発戦略センターに配属され、企業が太陽光や風力発電、燃料電池などに参入するための支援や、環境やエネルギーに関する政策提言などを担当していました。電気自動車からはじまって自動車や交通の分野も関わっていました。また新規事業開発や、インキュベーション関連事業も担当し、8年後の2015年に〈QDレーザ〉に転職しました。

網膜投影カメラキット DSC-HX99 RNV kit

―〈日本総合研究所〉で、新規事業開発などをやっていらしたから、レーザのベンチャー企業である〈QDレーザ〉に移ったのですね。レーザの研究ではなく、ビジネス開発をするために。

宮内:はい、そうです。最初は、網膜投影商品の事業開発を中心に、薬事関連や広報などを5年間担当しました。事業開発ではプロトタイプの状態だった網膜投影技術を、どうやったら販売できる商品にできるか、市場性はどうなのか、パートナーはどこと組めばいいのかなど、ビジネスのデザインをやりました。ここで、日本総合研究所時代に経験したことが活きました。薬事の関連では「RETISSA メディカル」という不正乱視向けの視力補正機器を医療機器の承認をとる業務をまかされ、日本とドイツで治験も担当しました。

ただ、2020年にその承認がとれ一段落したので、実は一度退職しています。5年間やったので、一区切りでいいかなと。当時は同じところに長くいるのはあまりよくないと思っていました。また、ちょうどコロナ禍になり、人に会うことができず、あまり自分の価値を出しにくくなったと思ったこともあります。

次に移った会社でしばらく仕事をし、アメリカの拠点立ち上げにも関わりました。ビザまでとり渡航の準備をしたのですが、家庭の事情もあって最終的には行かないことにし、〈QDレーザ〉に戻ることにしました。

ですので、私には網膜投影カメラキットの開発で、抜けている期間があるのです。前社長がクラウドファンディングを展開していた時もいませんでしたし、2021年2月の上場したタイミングも不在でした。

―カメラキットの事業化を本格的に行うために、復帰されたのですね。

宮内:はい、そうです。それまで前社長がリーダーを務めてましたが、バトンを渡されたのです。

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―網膜投影の仕組みについて、もう少し詳しく教えてください。

宮内:まず光の三原色である赤、緑、青を、半導体レーザを使ってつくります。そのレーザの光を、高速で振動する小さな鏡やレンズを使い、使用者の網膜に直接投射する技術です。網膜をスクリーンにした超小型プロジェクターだと思ってください。

晴眼の人がものを見る時は、水晶体と呼ぶ眼のレンズの厚さを変えてピントを調節しているのです。近くを見る時は厚くし、遠くを見る時は薄くするといったような。加齢とともにこれが厚くならなくなって、見えにくくなるのが「老眼」です。

網膜投影は、ある意味、ピンホールカメラと同じように、針の先で開けたような小さい穴にわずかな反射光を入れて、反対側の面に像を形成するものです。レンズの真ん中を通る光は、光学的に屈折しないので、そのまま多数の点を描くことで映像とし、その残像を利用することで見えるのです。

原理上、眼のピント調節の機能も使わないので、近視や遠視であっても、視力の具合に左右されず、鮮明な映像を見ることができます。またメガネやコンタクトレンズで十分に見ることができない方でも、映像を認識できる可能性があります。

―日本人は近視が多いと聞きますが本当ですか?

宮内:漢字を使う国には近視が多いという説があるのですが、欧米と比べてメガネ率は明らかに高いです。漢字は画数が多いのと、アルファベットと比べ文字数が多いのが影響していると言われています。

ですが、それよりもWHOが「デジタルパンデミック」と呼んでいるように、世界的にスマートフォンの浸透で子どもを中心に近視が増加していくのは確かだと思います。

―最後におうかがいします。グッドデザイン賞を受賞されていかがでしたか?

宮内:グッドデザイン賞のことは知っていましたが、私が直接関わるようなことはないと思っていましたから、喜びもひとしおです。見た目のデザインだけなく、当社及びソニーの取り組み自体のデザインとして高く評価してくれたことが、とても嬉しかったです。

ロービジョンの方に、撮影という行為を通じてクリエイティビティを発揮してもらうことに、フォーカスを当てた「網膜投影カメラキット」。その開発の裏側と、宮内さんが描く、"テクノロジーがひらく未来”について、詳しくは、「こここ」の連載『デザインのまなざし』本編を、ぜひご覧ください。