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時計の針を一つ前に進めるデザイン〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット19(システム・サービス・ビジネスモデル)審査の視点 レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。本記事では、審査ユニット19(システム・サービス・ビジネスモデル)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。
2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit19 - システム・サービス・ビジネスモデル]
担当審査委員(敬称略):
長田 英知(ユニット19リーダー|ストラテジスト|Airbnb Japan 執行役員)
内田 友紀(フォーカスイシュー・ディレクター|都市デザイナー|リ・パブリック)
近藤 ヒデノリ(クリエイティブプロデューサー/キュレーター/University of Creativityプログラムディレクター|博報堂)
ペニントン マイルス(教育イノベーター|東京大学 生産技術研究所 教授)
水野 祐(弁護士|シティライツ法律事務所)

コロナ禍で注目されたソリューション

長田 今回、本ユニットでは、非常にすばらしい受賞対象が多く見られました。グッドデザイン金賞受賞作品が4作品、グッドデザイン大賞候補であるファイナリストに残った作品も3作品ありました。多くの受賞対象がある中で、ベスト100を受賞したものを中心にご紹介します。
大きな傾向として、まず「コロナ禍で注目されたソリューション」についてお話していきます。新型コロナウイルスの感染が広がっていく中で、新しいサービスがローンチしたり、既存のサービスがこれを契機に広がっていったというケースが多く見られました。

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長田 まず「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」について、私から紹介します。
このウェブサイトの優れたところは、東京都が、非営利の市民団体である「Code for Japan」と連携し、意思決定からわずか1週間でウェブサイトを構築した点です。様々な改善要望や提案を受ける中で更新を重ね、さらにはソースコードを公開することによって、東京都以外の53の県・市で活用されている点も特徴的です。この緊急事態下において、巨大な組織である東京都が、このように迅速に意思決定をし、活動できたというところが非常に評価すべきところだと思います。市民がテクノロジーを活用して世の中の課題を解決していく「シビック・テック」を利用しているという点でも非常に画期的な取り組みであり、高く評価しました。

水野 今年は新型コロナウイルス感染症の対策において、「デザインの力」が可視化された年だったのかなと思います。
そのなかで、オープンソース・プロジェクトが、スピード感や「パブリック」の考え方など、「開いていく」ことによって良いものができあがっていくという過程や結果を見せたことを考えると、ビジネスの場面だけではなく、コロナのような有事のときにこういったプロジェクトが公益に資する場面がある、ということが再確認できました。

内田 審査の際に担当者の方からお伺いしたのですが、「誰とパートナーを組んでこのウェブサイトを構築していくか?」と、複数企業・団体を検討したそうです。最終的に仕様や実績、都との信頼の積み重ねも鑑みたうえで「Code for Japan」を母体とする市民との連携になったということでした。おそらくかつては、緊急事態に限らず大企業が優先されてきた場面で、今回、小さな力の集積によるプロジェクト構築を行政が選択したということは、大きな転換点となったのではないでしょうか。新たなレジリエンスを実現するモデルとして、日本全国への影響は大きいと考えます。

長田 新型コロナウイルスを1つのきっかけとして始まったわけですが、これをきっかけにさらに別の分野でも広がっていく可能性が感じられるソリューションでしたね。

圧倒的に簡単でシームレスなユーザー体験を提供するデザイン

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ペニントン 「ビデオ会議システム Zoom」のサービスは、世界中の企業や教育機関が恩恵を受けました。Zoomのストーリーですばらしかったのは、ビジネスとしてこのような爆発的な普及をほぼ一晩にして世界中から求められる状況になるということは、予期できなかったにもかかわらず、多くのユーザーがこの経験をシームレスに簡単に使えるようにした、というところにあると思います。その結果、私達はとても簡単にビジネスのやり方を再検討できるようになったのです。教え方や、コミュニケーションの仕方もそうです。一方、デザイン面ですばらしいと言えるのは、通常では気づかないバックグラウンドの技術、ユーザーが使用するときにあまりにも自然で気づかない部分にあります。加えて、Zoomのすばらしいところは、ユーザーの声につねに耳を傾けて、技術的に非常に複雑であっても即座に反応するところにあると思います。成長を可能とする能力というのは、シームレスなインターフェースの改善や、人々がなにを求めているのか、ユーザーへの共感力をもって即座に対応できること、それらのことがZoomを非常に優れたデザインにしているのです。

長田 Zoomに関しても、今年コロナ禍で非常に注目を浴びたソリューションです。様々なオンライン会議ツールがある中で、Zoomがこれだけ支持されている1つの理由として、使いやすくて繋がりやすいといった機能が非常に徹底して考えられているということがあります。そこが支持されているデザインの理由だと思いました。

pay it forward文化を作っていく今後の可能性

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近藤 「Webサービス さきめし」は、今回のコロナ禍で飲食業界が大打撃を受けた中、類似サービスもいくつかありましたが、その中でもこれが一番高い評価を受けました。類似サービスとは違い、店舗側に金銭的負担がない仕組みにすることで無理なく参加できるようにしたことだけでなく、pay it forward的な文化を今後作っていきたい、という話もありました。今後もしばらく飲食業界にとって厳しい状況が続くと思うので、みんなでこうしたともに飲食業界を支えていくという文化が広まっていくことの期待も込めて評価しました。

長田 「さきめし」は2019年にローンチした「ごちめし」を応用したサービスですが、他のコロナ禍のソリューションと同様に、非常に短い期間でサービスを立ち上げて広げていったところが特徴だと思います。
一方、「さきめし」は決してコロナ禍だけのソリューションとして考えているわけではなくて、その後のことも視野に入れながら、持続可能なビジネスモデルを作っているというところが評価をされたポイントでした。

水野 今回評価された対象は、コロナ禍で注目されたソリューションではありますが、コロナ対策としてだけではなく、その先の可能性も提示している、という点も高く評価されています。今後も残ってもらいたい価値が見えるから評価に繋がっていると感じました。

キャラクタービジネスの新しい展開

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水野 「素材提供サービス ポケモンイラストラボ」は、教育・保育・公共・医療施設の中で、子供向けのイラスト素材を無償でダウンロードできるサービスです。今までは先に挙げたような施設で利用できていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の状況になって、一般家庭からも無償で利用できるように範囲が拡大されました。それで爆発的に利用が増えたという経緯があって、今回新型コロナウイルスの状況に関係するソリューションということで整理しています。
ポケモンのような巨大で強力なコンテンツは、権利保護一辺倒でキャラクタービジネスを作っていくというのがこれまでの一般的な考え方だったのですが、それをこのインターネット時代という変化もあり、コロナ禍という状況下もあり、クローズドな状況からオープンに大きく舵を切った点が個人的には興味深いと思いました。慈善的・CSR的な活動とも捉えられるのですが、一方でキャラクタービジネスを長期的視点で見ると、子供との接点を増やしていくことは、将来的なユーザーを獲得していくという点で、企業戦略としてもウィン・ウィンになりうる設計が可能なモデルだと思います。ライセンスや利用許諾の文言やFAQを見ても、使用例などを丁寧にウェブサイトで公開していて、そういう設計や見せ方も丁寧に緻密に行われている点が評価されました。
「初音ミク」や「くまモン」などオープン戦略で広まったキャラクターはすでにいくつか出てきていますが、キャラクタービジネスとして確固とした地位をすでに得ているところが、このような戦略を始めたというのは、非常にエポック・メイキングなことなのではないかと思っています。

ペニントン 私がおもしろいと思ったのは、これは子どもたちが創造性を育むための取り組みであり、キャラクターを描くことでスキルを学んだり、ストーリー・テリングの力を高めることができるという点です。しかしもっと興味深いのは、「次に何が起こるか?」ということです。水野さんも言ったように、この取り組みでは今までとは異なる形でリーチして、子どもたちとのコネクションを獲得しました。ではこの次になにがあるのでしょうか?最終的に熱心なファンとなるであろう子どもたちとの対話をどうしていくのか、会社はこの成長のサイクルをどう進めていくのか、に大変興味があります。

中長期の社会課題・エコシステム構築に取り組むソリューション

長田 本ユニットにおけるもう一つの大きな傾向が、中長期の社会課題に対するエコシステムを構築していくための様々な取り組みの受賞です。もちろんこれまでも社会課題に取り組んだものは多く見られましたが、とくに今年は顕著にすばらしいソリューションがみられて、受賞したという印象を受けています。
これからご紹介する「自律分散型水循環システム [WOTA BOX]」、「サーキュラーエコノミー [BRING]」、「地域特化型M&Aプラットフォーム [ツグナラ]」、「支払いプラットフォーム[LINE Pay]」の4つについて、各審査委員から受賞対象がどのような形でエコシステムの構築に取り組んでいるのかについてお話いただきます。
あともう一つ、これは本ユニットの受賞対象全般に言えることなのかもしれませんが、ベンチャー企業が受賞するケースが多く見られました。なぜこれがベンチャーから出てきたのか、今後大企業がこうした新しいデザインを考えていく上で、どんなことができるのかという期待感を含めて、皆さんにお話をいただければと思います。

ライフラインに自由をもたらすデザイン

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内田 「自律分散型水循環システム WOTA BOX」は、ご覧のように、タンクのような水再生処理プラントを、様々なデバイス(今回はシャワーテント)を接続することで、上下水道がない場面でも水利用を実現するポータブルな水処理システムです。彼らはまさにベンチャー企業で、都市工学や建築など様々な技術をもった人々が学生時代に立ち上げたWOTAのもともとの問題意識は、大きな水インフラを小さくし、暮らしの制約を外してゆくこと。様々なライフラインが民主化されていく中で、水は依然大きなシステムを必要としていることが、実は都市や暮らしの柔軟度を下げているのではないか?水循環システムを自由化していくことは、都市を作る柔軟性や自由度の向上につながるのではないか?という問題意識や好奇心から生まれたプロジェクトです。
その構想の第一弾としてリリースされたWOTA BOXは、近年度重なる自然災害での避難所生活をサポートし、屋外レジャー施設などでも利用シーンが増えています。また、コロナ禍において必要性が増したポータブル手洗い設備としても新プロダクトWOSHを最近ローンチし、様々な施設への導入も始まっています。
「水インフラの民主化」は壮大で意欲的な構想です。それを、機械学習を生かした水処理技術と、小さなモジュールを連ねる分散システムで、新たな循環構築の一歩を踏み出しました。彼らの描く社会像とこれからの試行錯誤が、巨大なインフラ構築を前提にできない時代においてとても示唆深いと考えます。

意識を変革するデザイン

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近藤 「サーキュラーエコノミー BRING」、僕自身も「私の選んだ一品」に選びました。世界のファッション産業における大量の廃棄物が問題となる中で、衣服の6割を占めるポリエステルの古着をリサイクルする技術を持っている会社です。古着を糸にして、そこから洋服を作るところまで一貫した技術を持っているだけでなく、その技術をエコシステムとして、いろいろな会社に提供しています。世界的に過剰生産された衣服を捨てる場所がなくて困っている状況にあって、独自の技術をベースに、多くの会社を巻き込んだプラットフォームビジネスとして活用できている点が評価されました。これからますます伸びて世界的なビジネスになっていくことで環境問題にも大きな貢献ができることを期待しています。

長田 この「BRING」は審査委員の中でも非常に評価の高い受賞対象でした。私自身がすごく感銘を受けたのは、様々な企業が一緒になってこのエコシステムを作っているところでした。リサイクルするためには、廃棄されるはずだった衣服を集める必要があるわけですが、その部分をいろいろなファッション・ブランドと提携することで実現しています。そのブランドも、衣服の処理に関する費用をコストとして捉えるのではなく、クーポンなどを来店者に発行することで新しい購買に繋げていくというマーケティングの視点を持っていたり、さらにはリサイクルされた素材から新しい洋服を作っているところが非常に素晴らしいなと思いました。

内田 審査のときにBRINGの方が「廃棄された服から新しいものを作るということは、家庭にある服が次の材料になるということ。廃棄物ではなく資源になるんです」と言っていたのが印象的でした。そういうふうに意識の変革をしていくことがすごく大事なんですね。また、ベンチャー企業である同社が、理念に共感する企業らと連携することで、より大きな動きにしていくというところが、ユニット19の受賞対象に共通して評価されたポイントでもあります。

地域の中で社会課題を解決する

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内田 「M&Aプラットフォーム ツグナラ」は、栃木県でスタートした地域特化型のM&Aプラットフォームで、地域の中小企業の事業承継問題を解決するサービスです。日本の企業の99.7%が中小企業で、そのうち40%くらいが後継者不足に悩んでいる、という全国共通の課題を、地域内で解決する策を講じながら、他エリアにもフランチャイズし仕組みを広げています。従来の構造である、「首都圏の大きな企業が、地方中小企業の事業承継を行なった」結果、地元雇用の社員がリストラされたり、愛着ある企業名が変わるという経験を多く目にしたとのことでした。それを契機に「本当に豊かな事業承継とはなんだろう?」と考え、現在のサービスが構築されたそうです。「ツグナラ」では、基本的に同一地域内でマッチングを行うこと、買い手側がまず手を挙げて情報公開をし、売り手と信頼構築できた者同士がマッチングされる、などサービス設計がすごく丁寧に作られていました。大きな社会の問題を紐解きながらに丁寧サービスを作り、実績が生まれ、他地域にも展開が始まっている点を高く評価をしました。

長田 こうした仕組みを地域特有のものではなく、よりユニバーサルなソリューションとして提供するというところが非常に素晴らしいと思いました。
今回、大企業より中小企業の受賞対象が多いということも先に触れましたが、中小企業の支援を、中小企業が立案をしてサービス化しているというところで、非常に象徴的な受賞対象だったのではないかと思います。

水野 このサービスは地方から生まれているという点がポイントだという気がしています。今までも事業承継の問題は社会問題として認識され、さらにはビジネス的な市場としても注目されてきました。M&Aプラットフォームやマッチングサービスもたくさんあるのですが、なかなかうまく進んでいない理由のひとつに、こういうサービス・プロバイダーが東京など地域外からやってきて、マッチングだけして帰っていく、というような要素もあったと思うんですね。そこを地域内ならではの近さで丁寧に繋いでいっているところが、これからの可能性として期待したいと思いました。

徹底的にヒューマン・センタードなデザイン

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ペニントン 「支払いプラットフォーム LINE Pay」はLINEアプリのサービスの一部です。もともとLINEは複合的な機能のあるメッセージ/コミュニケーションアプリです。LINE Payは様々なサービスや店で使える支払いシステムですが、LINEアプリの一部であるということで、支払いという行為をシームレスで簡単なものにしてくれます。
メッセージ・アプリと支払いアプリはかつて一緒になったことはありませんでした。それがメッセージアプリでシームレスに簡単に支払いもできるということは、非常に人間中心的な設計だと思いました。それから、インターフェースが美しく設計されている、すばらしい例だと思います。おそらく、他にも似たような良い例はあるのでしょうが、LINE Payは機能的な強さを持った美しいデザインだと思いました。

個人情報保護・プライバシーの問題にデザインはどう対処するのか?

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長田 今回審査の中で特に議論が交わされた受賞対象が、「モバイル地図 Baidu Map Epidemic Design Services」です。これは中国で利用されたサービスで、新型コロナウイルス感染者のいる場所が実際にわかるアプリです。中国では非常によく使われたアプリですが、一方で「個人情報の問題をどう考えているのか」というところで非常に議論になりました。

水野 「Baidu Map」は中国では国民22億人が使ったという、とんでもない規模のユーザーを抱えています。一般的に、このユニットの審査では、当該サービスが実際にどれだけ使われているかどうか、というのが評価としてそれなりに大きなウェイトを占めることが多くあります。その観点からいくと、非常に多くのユーザーに使われていて役立ったと思われるこのアプリは、今年出てきたサービスのなかでも実績としてすば抜けているものでした。ただ、このアプリを実現するために使われている個人情報やプライバシーに関する考え方、あるいはレギュレーションや法規制の違いといったことを考えると、これを同じように日本で導入することはおそらくできないでしょう。実際、日本の接触確認アプリは同じような仕様にはならなかったですし、できなかったというふうに考えています。
ここにはグッドデザイン賞だけではなくて、公衆衛生と個人情報やプライバシーをどう天秤にかけていくのか、という問題や、そもそも天秤にかけるべきなのかどうかも含めて、非常に大きな問いがあると思っています。つきつめていくと、それは政治経済の問題だったり、普遍的な人権についての考え方だったり、ひとりひとりが真剣に考えなければいけない問題だったりします。私も答えを持っているわけではないですが、これをグッドデザイン賞として評価していいのかどうか、といったところは議論になりましたし、まだ皆さんの中でも一致した見解はない状態なのかなと思います。

近藤 これは本当に難しい問題です。このアプリが実際に22億人に使われ、中国では感染拡大の阻止が進んだ、という事実があります。それがこのサービスの効果だったのか、違う理由だったのか、まだはっきりした因果関係はわかりません。個人情報がしっかり守られるのかについても中国人審査委員にも聞いてみたところ、現状では大きな問題は起きていないが、今後についてはまだグレーだと聞きました。そんな意味で、ある程度結果が出ていることを評価はしつつ、現時点では判断保留せざるを得ないかなと思っています。

ペニントン これは一種の挑戦だと思います。将来的に、デザインはこの種の心配事に答える必要があります。今、技術やソフトウェアはそれほど透明性があるとは言えません。どちらかというとぼんやりしています。ですので、デザインはこれをどう実現するのかなと思います。複雑なシステムを統合し、透明性を持ち、理解可能で、人間の目で見えるようにすることです。これらはすぐに解決される必要があると思います。

長田 個人的には、今回のこの「Baidu Map」の審査を通じて、「グッドデザインってなんなんだろう」ということを、改めて自分の中で考えました。「グッドデザインである」というときには、ソーシャルグッド的ななにか、世の中に価値を与えるということが大前提としてあります。そうしたときに、たとえば個人情報やプライバシーといったリスクも勘案しながら、やっていかなければいけないことがある。あるいは、個人情報やプライバシーに対する考え方も今と30年前では違いますし、また30年後も違ってくると思います。そう考えると、つねに「グッドデザイン」というものの考え方やあり方は変遷していくものなのかなと思っています。また、これからもこういう事例の審査が行われると思いますので、そのときに、どういうふうに我々がグッドデザインを判断していくか、という、なにか1つの良いケースだったのかなと思いました。

水野 プライバシーや個人情報の議論が、真正面からデザイン領域に入ってきたということが、典型的に出ていた事例だと思いました。監視社会的な概念というのは、文化の違いによっても大きく考え方が変わります。その価値観を全否定できるかどうかというのは、なかなかわからない。たとえばこのアプリのように、しっかり便益をもたらして、しかもUXも洗練されているということは、フラットに評価すべきなんじゃないかという考え方も十分ありうる。そこで問われる倫理の問題を、我々がどのように評価すべきかということは、本当に悩ましい案件でしたね。

質問 評価ポイントは?社会実装がされてないと評価されにくい?

水野 それぞれの審査委員がおのおの基準を持っていると思うのですが、個人的な見解では、グッドデザイン賞を取るか取らないかについて言えば、そのサービスが目指す目的に対して、合理的にスムーズに、ユーザーが使いやすいようにデザインされているか、UIUXにちゃんと配慮しているかどうか、など、当たり前のことをしっかりやっているかどうかということを私は見ています。ただ、さらに上位の「ベスト100」を受賞するかどうかについては、随分見方が変わります。社会課題とされているものに対して、しっかりアプローチしているか。その視点やアプローチに対してユニークネスがあるかどうか。つまりこれがベスト100を受賞して、注目されることによって、社会に良い影響があるかどうか、というようなところを、私は見ていくようにしています。
もう一つの質問は、これは今年ベスト100に選ばれているものを見ていただければわかると思うのですが、一般的に、このユニットの審査では、まだ世に出ていないものを評価するのは難しいと個人的には思います。ただ、サービスとしてすでに多くの人に広まっていることが必要かというと、必ずしもそうではない。実績があれば評価に繋がっていくのは間違いないのですが、まだ十分に広がっていなくても、ビジネス的な接点をちゃんとデザインできているか、これからの可能性があるのではないか、というところまで実現可能な形で設計されていると判断されたものに対しては評価されていると私は思います。

内田 水野さんがおっしゃった内容に加えて、議論の中で出ていたのは、今の時代における独自性やインパクトがあるのか?という視点もあったかと思います。プロジェクトが向き合う課題は、社会的にいまどう位置づけられているのか、その中でこのプロジェクトがどんな意味を持つのか。グローバルに視点を広げると、読み解きが変わってくることもあります。

近藤 とくにベスト100になってくると、社会的に意義があるかどうかというのは大前提になってくる印象がありました。そのデザインのもつ社会的意義の大きさ、そしてビジネスモデルがいかにうまく設計されているか、それからUXや見える部分のデザイン、という3つが揃っていることが重要に感じました。
3つの中でどれか1つだけが飛び抜けているもの、UXはとてもきれいにデザインされているけれど、それだけ、というのは評価しづらいのはあります。やっぱり3つ全部揃っているというものを特に推したくなります。

ペニントン 市場に出ていない審査対象をどう評価するのか、という問いから答えたいと思います。現実問題として、コンセプトだけで評価することは難しいです。実績や、実績の可能性もグッドデザインの一部であり、市場で広がっていくということは、品質の証拠でもあります。それは非常にわかりやすい指標です。市場に展開されたという証拠がクリアなものはより強いと言えます。Zoomで見たように、サービスはつねに改善され続けるものでもあり、それがデザインの強いソリューションでもあります。現実世界に展開しているということは、避けることのできないポイントであり、長く続けられるということはベターなことなのです
最初の質問、評価のクライテリアという点では、このユニットのとても魅力的なところは、異なるアイディアの多様性にあります。最初に全体を見て、包括的なポイントを見つけ、そのデザインはアイディアをどのように具現化したのか、それは良いアイディアなのか、デザイン・プロセスをどのように具体化したのか、どのような方法で届けられたのか。工芸としてのデザインという視点もあれば、イノベーションを促進するためのデザインという側面も見ます。これらは分かちがたくリンクしていて、あるエントリーは一方が強く、あるエントリーはこちらが強い、ということもあります。つねに議論を重ねて、そのバランスを取りながら審査を行っているのです。なぜこのアイディアはグッドデザインなのか、そのようにして決めています。

長田 今マイルスさんがおっしゃったように、本ユニットは非常に幅広い対象を審査しています。ですので、審査委員の意見も全てにおいて一致しているわけではなく、激論を交わしていく中で、当落が決まっていくという流れがあります。その中で、僕自身が当落のポイントとして大切にしていることは、それは人を幸せにするのか?というところなのかなと思っています。それがさらに大きな社会的意義を持ってくると、ベスト100の候補や金賞の候補になってくるというのが1つの考え方なのかなと思います。
そういう意味では、もう1つの質問の、どれくらい社会的実装が必要か、という点ですが、他の審査委員の方もおっしゃっているように、必ずしも完全に世の中に普及しているものでなくてもいいと思っています。たとえば狭いエリアでも確実にそこの人達を幸せにするようなデザインになっていれば、評価したいと思っています。
逆にそうした良い活動を掘り起こして、このグッドデザイン賞を通してPRしていくことによって、さらにその活動を広げていっていただきたいという思いもあります。そうした掘り起こしを我々も審査をしていく中で、大事にしていると思っています。

人と人とが繋がることで新しい価値を生み出していける可能性

水野 マイルスさんが審査のときに、よく「Next Year」とおっしゃっていたのですが、それは、今年だめでも状況が変われば、来年また全然違った風に見えたり、評価されたりするという特徴があるユニットであることの証左かなと思います。時代の変化によって社会課題と結びついたり、というところで、大きく見え方が変わることがあります。このユニットへの応募対象は、そういう意味では、もし今年だめでも、来年チャレンジしてもらうことには一定の意義はあるのかなと思いました。

ペニントン このユニットでの審査を振り返ってみると、アイディアの異なるスペクトルだと思いました。それがこのユニットでの審査を興味深いものにしています。ソフトウェアからハードウェア、ビジネスモデル、システムなどデザインの最先端を見ている気がします。デザインは過去40〜50年の間、工芸の産業で、非常に堅い産業を中心に対象としていました。今はその境界を押し広げて、政策や様々な分野に広がっています。このユニットでの審査は、そのエッジにあるような気がしていて、好きなのです。おもしろいことが起こりそうだという気がします。ですので、来年も非常に楽しみにしています。ひょっとして違うユニットで審査をしてもおもしろいのではないかと思います。

近藤 このユニットの審査対象は本当に幅広くて、1つ1つみるのは大変でしたが、審査の段階から本当に豊作のユニットだという実感がありました。まったくジャンルの違う受賞対象の中に、さまざまな新しい希望が見えて、すごくわくわくしました。このユニットでは、去年担当した「仕組み・活動」部門でいう仕組みがビジネスという形で事業性をもつことによって大きく広がって、世界を変えるかもしれない可能性をいろんな事例の中に見ることができました。今回ベスト100に入った事例は、この受賞をきっかけにもっと広がっていってほしい!そんな希望を感じた審査でした。

内田 私は今年フォーカスイシュー・ディレクターも務めていて、そこで「仕組みを編むデザイン」というテーマを掲げています。仕組みというのは、たくさんのものの連携でできているので、すごく設計が難しいと思うんですね。それをどう実現していくかを考える上で、ヒントになるようなものが、このユニットの中で多く見ることができました。グッドデザイン賞には「審査」という行為が伴いますが、これは審査というより応援であり、伴走なんだなとすごく思いました。当落という結果にはなっていますが、応募くださった方々とともにどんなふうに世の中をよくしていきたいか、という視点で議論しながら、審査コメントにも期待を書かせていただきました。今後も一緒に、より良い世の中の仕組みを作っていくデザインを考えていけたらと思いました。

水野 私はここ数年このユニットの審査を担当しています。グッドデザイン賞の中でも「モノのデザインからコトのデザインへ」というような大きな潮流がある中で、今年は新型コロナウイルスとサーキュラー・エコノミーというのが非常に注目された審査だったかなと思いました。サーキュラー・エコノミーについては、今までも評価されてきたものがありましたが、今年はそこからもう一歩フェーズが進んだ印象があります。単にCSRという話ではない、たしかにビジネス的にも可能性を感じさせるというのがポイントだったかなと思います。スタートアップが評価され、大企業は評価されないのか、というと必ずしもそうではないと私は思います。一方で、社会課題に思い切りタックルするということは、スタートアップの方がやりやすいのかもしれない、というのはあるかもしれません。来年このユニットで大企業からもそういう社会課題にトライする作品が来てほしいなと期待しています。

長田 改めまして受賞された皆さまおめでとうございます。本当に今年の本ユニットの応募対象はレベルが高くて、すばらしい応募が多かったと思います。今年、グッドデザイン賞全体のテーマが「交感」でしたが、「人と人とを繋げるデザイン」の価値を、今回このユニットでも見られたのかなと思います。
一方で、繋がることのリスクを今回のコロナ禍で見せられた気もします。人が繋がることによって、パンデミックが広がっていくという負の側面が社会的にクローズアップされた2020年において、このユニットに応募された様々な取り組みは、そんな状況下でも人と人とが繋がることで新しい価値を生み出していける可能性を感じさせてくれるものが多くありました
また、「ツグナラ」のように、時代や世代を超えて、あるいは場所や空間を超えて、人と人とを繋いでいくすばらしいデザインも数多くありました。こうしたトレンドがこれからの世の中に、このコロナ禍をきっかけにさらに広がっていく、その転換点に我々はいるのかなと思っています。そうした中で、審査に携わらせていただいて幸せだったなと思いますし、また来年もすばらしい作品の応募をいただけることを楽しみにしています。

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