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環境問題に配慮した取り組みとインクルーシブなデザイン〜2021年度グッドデザイン賞 審査ユニット9(家具・オフィス/公共 機器設備)審査の視点レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット9(家具・オフィス/公共 機器設備)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。

2021年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit09 - 家具・オフィス/公共 機器設備]
担当審査委員(敬称略):
五十嵐 久枝(ユニット9リーダー|インテリアデザイナー)
佐藤 弘喜(デザイン学研究者)
田子 學(アートディレクター/デザイナー)
藤城 成貴(プロダクトデザイナー)

今年の審査を振り返って

五十嵐 コロナ禍で、家庭にオンラインで仕事が入り込むことが加速したり、オフィスでは家にいるような居心地の良い空間を求めるという傾向が現れました。コロナ禍が始まって1年以上が経ち、回復の目処も立たない状況ですが、時間を必要とする商品開発にとって混迷の時期と言えるでしょう。
この審査ユニットでは、成熟した製品も多く見られます。目立った新しさはなくとも、単なる焼き直しではなく、環境への配慮やソリューションを内包させている製品が多く見られたという印象があります。
ホームユース・ファニチャー、オフィス・ファニチャーに関して、特徴的なコンセプトやトピックを挙げてみますと、一度立ち止まって企業史や歴史文化を振り返る、地域材を見直す、といったことが挙げられます。本格家具のDIYキット商品で、作る楽しみと使う楽しみを1つの商品の中に含むことでコストダウンにつながる、という事例もありました。既存製品の部材を活用するなどして共通化を図り、全てを新しく作ることを目的としない、といった商品開発の工夫が見られるものもありました。
コロナ禍ということもあり、パーテーションの応募も多くありました。飛沫拡散防止のために机の上に置くようなものや、空間を区切ってブースとして使うものなど、ホームユース用、オフィス用双方にパーテーションが数多く見られました。
環境への配慮、再生可能エネルギー、再生可能素材利用、廃棄素材の再利用、CO2削減などを謳っている製品も多く見られました。
今年の審査で特に印象に残っているキーワードが2つあります。1つは「脱廃棄」です。暮らしの変化に合わせて使い続ける、より長く使うということによって、廃棄する時間を先延ばしにするということです。その先には分別廃棄ということも考えられていました。
もう1つが「軽量化」。物自体を軽快に動かすということに加えて、製作に当たっての材料を少なくしたり、運送を削減する、などです。それら全てがCO2削減につながっていくということ、そういったことを謳う製品も目立っていたと思います。
物流に関するものも多くありました。カートや、耐震性の優れたものがありました。また機械化、人手不足を補うもの。ロボットやアプリを導入して注文するなど、人の手を借りずともビジネスが始められるようなものです。また、抗ウイルス、非接触、消毒剤のケースなども多々見られました。
続いて、多機能、多使用。災害に備えるというものですが、災害だけではなく平常時と非常時と双方で使うもの。また、子どもから高齢者、障害者と、多様な方たちが使える機能を1つのものに内包させる、そういう考え方も多くあったと思います。
最後に不均一。均一であることを良しとしない。不均一であることに、逆に自然の心地よさがあると、そういうことを謳っている製品がありました。
以上、幾つか特徴的なコンセプトとトピックについてお話をさせていただいて、これを総評というような形にしたいと思います。

チェア [クロッサチェア]

チェア [クロッサチェア](株式会社イトーキ)

藤城 こちらはフォールディング・チェアです。ぱっと見て、まず折り畳めるような形ではない、というのが第一印象でした。折りたたみできる椅子は他にもたくさんありますが、それをダイニングチェアに似た形状にして、どこにでも持ち運んで仕事ができるというところがおもしろいと思いました。このABW(Activity Based Working)時代において、「どこでも居心地のいい」というところも加味して、なおかつ折り畳むということが良いバランスでできている椅子だと思います。さらに、自立ができるようにもなっています。畳める椅子というのは壁に立て掛けることが多いのですが、この椅子に関しては自立という点もオリジナリティーのあるポイントかなと思いました。

五十嵐 開発の方からお話を伺うと、開発するに当たって、既存のフォールディングチェアとの重量を比較して研究していたそうです。既存のものよりも重くなることが予測されていたので、目標値を6キロとして開発したところ、何と4.5キロで仕上がることになったそうです。既存のフォールディングチェアは実はもう少し軽いのですが、それよりも重すぎるという印象がないところもいいなと思いました。

タスクシーティング [シナーラ]

タスクシーティング [シナーラ](株式会社オカムラ)

五十嵐 オフィスチェア、タスクチェアとして軽快な印象を持ちました。弓のようにしなる形状も軽やかで、座ってみた感じもとても良かったと思います。持続可能な社会の実現をスローガンに開発されたということで、軽量化を重視され、CO2排出量を今までのオフィスチェアよりも削減することに成功しているそうです。それによって部材が減り、輸送時もトラックの台数を減らすことができ、こつこつとCO2削減に貢献できているそうです。それで機能があまりハイスペック過ぎない。ABWで誰でも使う椅子になったときに、誰でも使いやすいものというのはそれほどハイスペックでないほうが使いやすいということがあります。そういった意味でもほど良い、いい椅子だと思いました。

モジュール式ソファ [マジス コスチューム]

モジュール式ソファ [マジス コスチューム](Magis Japan株式会社)

五十嵐 こちらのソファは、「使う人と社会に優しいソファ」というキャッチコピーが新鮮に思いました。
モジュール化されているので、パーソナルチェアにもなりますし、ソファにもなります。それが1つのピースごとに配送されてきます。ユーザーが自分で設置でき、ソファとして組み立てるのもユーザー自身が行えるように、あまり複雑ではない構造になっています。メンテナンスもユーザー自身で行えるように、分解しやすくなっています。こういったフレキシビリティのある構造が、暮らしに変化が起きた場合、例えばソファを一人がけに変えたいとか、肘なしにしたいとか、そういったことにも対応できることによって、より長く使えるというコンセプトもあります。また、廃棄する際に中身が素材別に全て分別できるようになっています。分別廃棄をすることによって、できるだけ活用できる素材はリサイクルしていく仕組みも内包されています。
スタイリッシュでありながら、環境に対する解決策も積極的に行われていて、日本のものづくりにも応用できればいいなと思いました。

マットレス [廃棄時に分解しやすいポケットコイルマットレス]

マットレス [廃棄時に分解しやすいポケットコイルマットレス](株式会社ニトリ)

藤城 このマットレスは、通常なら分解するのに1時間ぐらいかかるものを、約6分ぐらいで分解することができるのが大きな特徴です。しかも個人でそれができて、分別してごみに出せるということで、これはとても大きな進歩だと思います。これまでは廃棄業者に依頼しなければ捨てられなかったものが、こうやって自分で捨てられるということはユーザーエクスペリエンスとしても重要なポイントだと思いました。

Panasonic 純水素型燃料電池 FC-5KLR1HS

Panasonic 純水素型燃料電池 FC-5KLR1HS(パナソニック株式会社)

佐藤 最近、盛んにカーボンニュートラルといったことが叫ばれていて、電気自動車を導入する事例も増えていますが、個々の製品をカーボンニュートラルに近づけたとしても、やはり問題となってくるのは、社会全体のシステムということになってくるかと思います。水素を使った燃料電池は家庭用として既に開発されていたのですが、これからより大規模に、社会の全体の中での供給を実現していかなければならないということで、具体的な製品として提案されてきのがこちらです。今の世の中の状況に対しての提案性が非常に高いと思います。燃料電池によるエネルギー供給を社会全体でやっていくためには、例えば水素の供給など、さまざまな問題も同時に発生してくるのですが、そういったことを一歩一歩解決していきながらも、社会全体をよりカーボンニュートラルで持続可能な社会にしていくといったことを可能にしています。いよいよ、そういう時代に入ったんだなということを実感させてくれる製品であったと思います。

バイオエタノール暖炉 [エコスマートファイヤー“KAN”]

バイオエタノール暖炉 [エコスマートファイヤー“KAN”](株式会社メルクマール)

五十嵐 こちらはバイオエタノール、植物を原料としているということで、カーボンニュートラルが実践されるということも魅力的な点となっています。構造も家具と同じ感覚で、ただ置くだけで、煙突や配管工事などが一切要らない仕様です。室内だけではなくて、屋外でも使用可能だそうです。火を見ると気持ちが癒やされますし、人間が生きるに当たって必要な炎を楽しみながら暖を取れるということに好感が持てる製品でした。

田子 実は、私はこれを随分前から使っています。こういった流れはヨーロッパではスタンダードになっていますが、日本にもようやく入ってきたと感じました。コロナ禍で家にいる時間が長くなって、家の暮らしの中で暖を取るということを1つ取っても、火があるかないかで心の癒やし的な部分は変わるのではないかと思います。暖を取るという機能だけではなくて、生物的な癒やしという感覚がこの中に宿っているのかなと感じました。基本的にはカーボンニュートラルを目指した製品であり、さらにはそれを表明するようにバイオエタノールを燃料としています。バイオエタノールの入手先も全部トレースされていて、トレーサビリティーが確立されているという点も、製品としてよく考えられていると思いました。

ディスプレイ用ハンガー [KOBEL]

ディスプレイ用ハンガー [KOBEL](株式会社コーベル)

五十嵐 このディスプレイ用のハンガーは、ごく普通の形態でよく見かけるものですが、バイオプラスチックを使用しています。このバイオプラスチックはトウモロコシなどの植物を原材料としており、こういった動きが少しずつ加速しているというのが現状です。この製品自体も、バイオプラスチックを使用することで「こういう活動がされているんだ」ということを多くの人に広めていくことに意味があると感じました。しかし実はバイオプラスチックの量は30%しか入っていません。「30%しか」と思わず言ってしまうのですが、この割合も、さまざまな場面で使われるようになっていくことで今後増えていくのではないかと思います。そういったことを応援しながら、共有しながら進んでいくといいのかなと考えていました。

椅子 [ウェルツ-EV]

椅子 [ウェルツ-EV](株式会社オカムラ)

田子 このウェルツEVは、いわゆる電動車椅子に当たる部類のものですが、オフィス家具メーカーであるオカムラが開発しているものですから、オフィスでの使用を前提として作られています。大きな特徴として、ユニバーサルデザインという視点でしっかりデザインされていることが大きなアドバンテージになっています。これからますます高齢化をしていく日本にあって、また、障害者雇用の促進が期待される中で、こういった人々が働く環境のデザインが進んでいない現状があります。普通のオフィス設計の動線計画に車椅子が入ってくると動線確保が難しく、車椅子ユーザーにとってはストレスがあります。それに対して、最小限の回転など、同社が手がけているオフィス設計ならではの人間工学を活かし、きれいに、しかも丁寧にデザインされたものだと思いました。実際に審査会のときに乗ってみたのですが、使用感も快適でした。こういったものがスタンダードになるかもしれないと思わせる、未来を感じさせるデザインに仕上げていたことを高く評価しました。

多目的シート [オモイオ収納式横型多目的シート]

多目的シート [オモイオ収納式横型多目的シート](株式会社水上)

佐藤 福祉に関する機器は毎年多くの応募があるのですが、従来のこういった機器では、ユーザー視点からするとちょっと大げさで使いづらいといったものが見られることがありました。
この製品に関しては、革新的な技術が使われているということではなく、従来、縦型がメインだったこのタイプの製品を横型にして面積を大きく取れるようにしたことや、開閉しやすくしたこと、ダンパーを使って軽快に出し入れができるということ、素材を変えて軽量にするなどの地道な改良を重ね、ユーザー目線で実際に使いやすいものにしている点が特徴的だと思います。現実的に、手軽に使おうという気にさせてくれる製品である点を高く評価しました。福祉機器もそういう観点でデザインされてきているということが印象的でした。

壁面収納式担架 [ラピッドレスキュー]

壁面収納式担架 [ラピッドレスキュー](株式会社久米設計+株式会社ユニオン)

藤城 担架というのは、いざというときには早急に使用しなければならないものですが、場所によっては収納されている場所がわかりにくかったり、スペースに余裕がない場所では置き場所の問題があるということから、開発された製品です。ハイテクな発想ではなく、今までたまたま思いつかなかったというような視点があって、ローテクながらアイデアがいいなと思いました。壁面の約122ミリの中に収まるので、ほとんどの壁に収まるということと、あと実際にこれを使用して、意外に軽く持ち上がるということも発見でした。

佐藤 担架ですので当然、強度も必要なわけで、そういう意味でもしっかりとしたフレームで作ってあって、それがコンパクトに畳めるということもきちんとできています。これなら担架としても全く問題ないだろうという感触があり、バランスがよく取れていると思いました。

公共用トイレ [可動式アメニティブース withCUBE]

公共用トイレ [可動式アメニティブース withCUBE](株式会社LIXIL)

五十嵐 こちらのアメニティブースは、ブースのトイレということで、デザイン自体には新しさが際立っているということはないのですが、家具のようにどこにでも設置できるという機能を持っています。設備が近くにないとしても取り付けることができるという点も素晴らしいと思います。例えば災害時に運んで設置することもできます。また、最近では物流倉庫などで女性が働くことも増えている中で、そういった場所の女性用トイレはこれまで数が限られていたり、離れたところにしかないということも聞きますが、そういうところでの活用も期待できます。トイレというのは私たちの生活に欠かせないもので、それもやはりきれいなトイレであることが安心感に繋がり、大事だと思います。それを比較的スピーディーに設置することができるということは、本当に必要なものだと思いました。

エレベータ用非接触ボタン [エアータップ]

エレベータ用非接触ボタン [エアータップ](フジテック株式会社)

田子 コロナ禍になって、皆さんも経験があると思うのですが、エレベーターのボタンのような誰が触ったのか分からないものを、どうしても触らないといけないといった恐怖を感じる場面が生まれました。そういった心理的な障壁をいかに乗り越えるかということに対して、こういった基礎的な技術は昔から研究はされていたのですが、実装ベースではなかなかありませんでした。このエレベーター用非接触ボタンは、タイミングよくインストールされた事例の一つだと思います。
その正確さも特徴的です。今までは「ボタンを押す」というフィジカルなフィードバックがあったわけですが、それがない状態でも、フィジカルに代わるレスポンスの良さがしっかり設計されています。万が一誤動作があったときにも、それを逆読みしたデザインがなされていて、アルゴリズムも含めてしっかり設計されている印象でした。
なにか既存の機器に問題が起こったときには、「新しい機材に交換する」という思考になりがちですが、エレベーターはそう簡単に取り替えるわけにはいきません。そういった中で、この製品では既存の操作盤の一部分だけをインストールできるというスマートな設計をされていると思います。急場しのぎのデザインではなく、これからのウィズコロナをしっかり見据えたデザインに仕上がっているという印象でした。

AIカフェロボット [root C]

AIカフェロボット [root C](株式会社New Innovations)

田子 これから労働人口が減少していくにあたり、こちらは、いかに人が少なくても適正なサービスができるのかといった1つの試みになります。普段何気なく飲んでいるコーヒーも、今までは、カフェに行って店員が入れてくれるコーヒーなのか、コンビニや自動販売機なのかといった、2択でした。それに対して、カフェのバリスタが作っているような作り方でおいしいものが、いかにロボットでできるかということと同時に、コロナ禍になったことによって需要が高まった非接触サービスを一緒にしたものです。
ロッカーの中に、スマホでオーダーした出来たてのコーヒーがストックされ、スマホにロッカー番号がフィードバックされて、自分のスマホからシグナルを送ることによってロッカーが解除されて受け取ることができるという仕組みです。昨今こういったものはDXの流れの中でサービスがどんどん変わっていますが、コーヒー一杯をとっても、AIでユーザーの好みや気分を取り入れてサービス化をしていくということで、非常に今らしい取り組みだと思います。コロナ禍によって、こういったテクノロジーを利用したサービスが、いよいよ本格化し始めたという時代性を感じるデザインでした。

インテリジェントロボットアーム型コーヒーマシン [inCafe]

インテリジェントロボットアーム型コーヒーマシン [inCafe](Beijing Ruying Tech. Limited)

田子:これは、今年とくに象徴的なものだったと思います。中国からの応募でして、コーヒー1杯を提供するというサービスに対して、どこまでDX化していくのかというのが、かなり対照的に見えたものだと思います。
先ほどのAIカフェロボットと呼ばれるロッカー式のものも巧みなデザインですが、一方で、テクノロジーという見方をすると、中国のこのロボットは2本のアームで1杯のコーヒーを淹れてみせるエンターテインメント性を備えています。さらに、このアームロボットでは0.1ミリ単位での制御が可能なので、それによってバリスタが作るラテアートを再現することに成功しています。
同じDXをしたときに、UXもうまく考える必要があると思います。これはテクノロジーを完全に消化しながら、人を感動させるレベルまで持っていっています。テクノロジーの使い方と、そのデザインの使い方は巧みになっている一方で、人を感動させる域まで達する製品というのはまだあまり見られていませんが、この製品にはその可能性を感じました。今後、こういった、人を感動させられるデザインの在り方、テクノロジーの使い方、そして環境への対策がミックスしたデザインを期待したいと思います。

まとめ

佐藤 今回の審査で感じたことについて、3点ほどお話したいと思います。
まず第1には、コロナ対策ということが特徴としてあったと思います。昨年の審査でも、コロナ問題が大きかったので同様のお話はしたかと思いますが、特に今年は、コロナ対策に関する製品や方法というのがより進化していると感じました。先ほど例として出たエレベーター用の非接触ボタンもそうですし、非接触や除菌洗浄に関するさまざまな製品が提案されていて、去年から今年にかけて、皆さんがそういったことについて真剣に取り組んでこられたということを実感として感じました。
それから2つ目は、ワークスタイルの変化ということです。在宅勤務が増えて自宅で過ごす時間が増えたという状況で、在宅で仕事をしやすい環境をつくることや、あるいは生活と仕事との関係性をどう構築するのか、デザインするのかといったことが考えられてきたと思います。生活の中で、仕事も含めて、在宅の時間をどう使っていくのかといったことについて、いろいろな提案がされていたというのが特徴としてあったかと思います。
そして3つ目は、ソーシャルあるいはパブリックといったデザインの領域で、さまざまな提案がレベルアップしてきていると感じました。SDGsやサステナビリティということが盛んにいわれるようになって、そういったことに対する取り組みが定着しつつあるという印象を持ちました。いよいよ、そういった社会的な視点、公共空間にどういったものが必要なのかなど、ユーザーのニーズをしっかり捉えて、しっかり使えるものをデザインするといったことが定着してきたのかなという感じがしました。
その中で特に、先ほど出ていましたオフィスで使う電動車椅子は、そういった社会の変化とその定着を象徴しています。電動車椅子は、従来ですとモビリティ分野の審査対象ですが、そういったものがオフィスのアイテムとして位置付けられてきているといったことが象徴的な現象だと思いました。

藤城 去年応募された製品はほとんどのものがコロナ禍以前に考えられたものだと思うのですが、今年のものはコロナ禍の中で考えられたものをコロナ禍の視点で見るというところでの一致があったのかなと思います。応募する側も審査する側も、「コロナ禍である」という意識があっての審査だったというのが、昨年との違いだと思いました。
コロナ禍で今年出てきたアイテムとして、パーテーションや消毒器、エレベーター用非接触ボタンなど、印象に残ったのは、様々な会社が第一に持ってくる条件というのがいろいろにあるということでした。簡単に作れる方法のパーテーションであったり、しっかり作って頑丈なものであったり、コロナ禍が終わったら廃棄されるだろうという考えが盛り込まれているようなものだったり、様々な考え方があったことが印象的でした。1つのものに対しても、いろいろな企業の考え方が反映されているということが感じられました。

田子 今年、全体を通して思ったこととして、1つ目は、残念なところで言うと、やはり日本のデジタル化の遅れが顕著に見られた点が挙げられます。きちんと製品に落とし込んで、なおかつ、それがコロナ禍だけではなく、その後の未来を描けるのかということが大切な時期だと思います。海外からの応募がこのユニットにも多かったのですが、それらには、コロナ後の世界も見据えた製品の提案や、プラットフォームをつくっていくという意識のものが多く見受けられました。意外にまだまだ日本からはそういった提案が少なかった印象があります。
明らかに去年と違ってきているのは、SDGsの考え方がようやく普通になってきたという点です。2030年を目指して世界的にSDGsのゴールを目指すという中で、製造プロセスから環境に対して物事を考えていくことがスタンダードになり始めた感がありました。そこに対してもう一歩踏み込んで、2030年以降の話、サーキュラーエコノミーとして、自分たちの製品がどう機能していくかということを少し予感させるような提案も見られたと思います。今後に期待したいところは、まさにこういった次の未来に対してテクノロジーがどう適用されて、デザインされていくのか、この部分が今後楽しみであり、期待したいと思います。

五十嵐 まず1つは、環境負荷への軽減ということで、物を作るということが過剰になっていないかということが非常に問われているのではないかと思います。今回は、全てのパーツを新しくして物を作るのではなくて、既存のものをうまく利用しながら新しいものを作るだとか、過去の財産を活用するという提案もありました。やはり「この物は本当に必要なのか」ということを問いながら物を作る姿勢をきちんと見せていく必要があると思います。
もう1つは福祉に関してです。今年はパラリンピックがあり、連日テレビで手に汗を握って応援しながら見ていました。でも町を見てみると、まだまだ障害者の方の姿を見ることは少なく、そういう方々ともっと一緒に過ごせる社会をつくっていきたいという思いを強く持ちました。オフィス用電動車椅子のようなアイテムの登場によって、障害のある方、あるいは高齢者の方も職場で活躍できるといったような、今ここにある状況をサポートするデザインが現れたということに非常に勇気づけられました。そういうことがもっと広がる社会になってほしいと思います。
さまざまな事情を抱えつつも、みんなが一緒に過ごせる社会を、人とテクノロジーをデザインで融合させることで、次の未来をわくわくさせてくれることを期待しています。

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