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たまねぎとニンニクの香りのビールに迫る

いろんなビールを飲むとたまに出会う、たまねぎやニンニクのような香りがするビール。個人的にコレがめちゃくちゃ苦手で、飲み手としてはこの手のビールがあるととても悲しい気持ちになってしまいます。
自分は造り手でもあるので、この香りの原因となる要素を検証し、どうやったらこの要素を排除できるか妄想していきたいと思います。

たまねぎ/ニンニク臭の正体

実はこの香り、2-mercapto-3-methyl-1-butanol(2M3MB)と呼ばれるオフフレーバー化合物のひとつであり、岸本(2013)によると下記のように説明されています。

仕込み~発酵工程中に付与され得るオフフレーバーである。原因物質は2-mercapto-3-methyl-1-butanol(2M3MB:図-2)と同定されており5), 6),淡色ビール中での弁別閾値は130 ng/Lである。2M3MBが閾値以上の濃度でビール中に存在するとネギ様、汗様の香気が感じられる。この香気は淡色・濃色いずれのビール中でも違和感のある かおりであり、ビールそのものの風味を損なってしまう。

2M3MBが閾値を超えるとネギになるということですね。
また同論文ではその原因を次のようにしている。

発酵前の麦汁には2M3MBは存在せず、発酵中に生成することを確認している。また麦汁の仕込み工程中、煮沸工程後に高温の麦汁が大量の酸素を巻き込んだ場合に発酵後の 2M3MB 濃度が高くなることも確認している。さらにホップを添加していない無ホップ麦汁を発酵させても2M3MBは生成して来ない。そのことからホップを添加した麦汁が、高温の状態で酸素を巻き込 むことにより2M3MB前駆体が麦汁中に大量に作られ、 その後の発酵工程中において閾値濃度以上の2M3MBを生成すると考えられる。

岸本徹, J. Japan Association on Odor Environment Vol. 44 No. 1 ビールのオフフレーバーに関する近年の知見, 2013

つまりホップから抽出された2M3MBの前駆体が、発酵によりネギになりうるということです。
ではこのMMBとはなんなのでしょう?

MMB

MMBは硫黄化合物のひとつであり、コーヒー、パッションフルーツやソーヴィニヨン・ブランワインを含む食品中の一般的な匂いを担う物質であり、またヒョウや猫の尿に含まれる成分でもあることから、猫のおしっこ、肉っぽい、調理したネギに似ており不快に感じる場合もある。

たまねぎ/ガーリック香が多くなるのはなぜ?

ここまで概要と原因がわかったところで、実際に何をするとネギが出るのかを考察してみました。

チオール入れすぎ問題

2M3MBの閾値が130ng/Lであれば、ホップを入れれば入れるほどこの香りを知覚できる数値に近づくのではないか?
特にチオールに特化したビールを醸造する場合、フルーティ&トロピカルなホップのキャラクターを引き出せる反面、こういった不快な成分も引き出しているとも言える。
現在、チオールのポテンシャルを最大化するためにThiolozed Yeastやバイオトランスフォーメーションの話題が活発であるが"チオール成分が高い≠よりビールの香りが強い"はイコールではないことを覚えておきましょう。
West Coast IPA全盛期の2010年頃、皆がIBUを競い合ってホップを入れすぎた結果、苦いだけのIPAがまん延した時代と同じ過ちは繰り返したくないですね。

ホップがすでにたまねぎ臭を持ってる問題

特定のホップ自体が多くの2M3MB前駆体を持っている、という可能性もあります。しかしブルワーは注文したホップを使うだけなので成すすべがありません。なんでこんなことが起きるのか考えてみました。
近年、ホップのα酸を多く残留させるために収穫後の乾燥を低温で行っているホップファームが増えており、この結果2M3MBのような揮発性の成分も多く残留していると考えています。
しかしホップ会社は"これはチオールが多いです!"と宣伝はしても"これは2M3MBが多いです!"とは絶対に言わないため、実際に使ってみるまでわからないといった悪循環になっているような気もします。またホップは農作物であるため、ホップの種類のみならず収穫時期・年によって大きく変わることも覚えておきたいですね。

Trubの引き込み、イーストの再利用問題

仕込み時にホップカスを含むTrubを大量に引き込んでしまったり、Trubや発酵中に投入したホップを多く含んだ酵母を再利用する場合にもネギ臭発生の原因となる可能性があります。意図しないホップの混入で起こるパターンですね。あとはネギ臭があるビールのイーストを次のビールに再利用すると香りを引き継いでしまうこともあるかもしれません。

人の官能次第問題

"ネギ臭"の2M3MBや"猫のおしっこ"である3M3MBは人によって感じ方が違うので、不快に感じる人もいればそうでない人もいる、ということもあります。
またBrewers Associationのスタイルガイドラインによれば、American IPAにおいて「オニオン&ガーリックはキャラクターとして許容される」と定められているため、これらの香りが必ずしもダメ!というわけでもないのです、俺は嫌いですが。

結論

ホップを使うまでなんとも言えない。
もしくは農家まで訪れて契約ホップを手に入れる。
先に使ってるブルワリーに聞く。

ぜんぜん結論になってませんね。

以上、ビールのたまねぎ/ニンニク問題について考えてみました。
もうちょっと詳しく知ってる方、ぜひご意見ご感想お待ちしています!

参考
岸本徹, J. Japan Association on Odor Environment Vol. 44 No. 1 ビールのオフフレーバーに関する近年の知見, 2013
ARNE OLSEN, ONION-LIKE OFF-FLAVOUR IN BEER: ISOLATION AND IDENTIFICATION OF THE CULPRITS, 1988
Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/3-Mercapto-3-methylbutan-1-ol,
Brewers Association, 2023 Brewers Association Beer Style Guidelines, https://www.brewersassociation.org/edu/brewers-association-beer-style-guidelines/

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