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【ep16】多動性障害(過活動)の例

発達障害者である私の弟には、多動性注意欠如とASDの複合的な症状がある。本項ではその中でも「多動性(Hyperactivity)」にスポットライトをあててその特徴についてお話ししたい。

彼の場合、もっとも顕著なのは貧乏ゆすりである。笑える話なのだが、あるとき事務所でデスクワークをしていると、ふいにデスクが揺れ始めた。僕は咄嗟に地震がきたと思って作業の手を止め、様子を見た。収まる気配がないので彼に向かって「でかいな」と一言言ったところ、「なにが?」と返してくるものだから「地震だよ」と僕は強めに答えた。

「あ、すいません。俺の貧乏ゆすりでした」

彼がそう言うと、地震はぴたりと止んだのだった。まるで神の所業である。かねてから彼の貧乏ゆすりの癖は知っていたが、まさか疑似災害レベルまでのポテンシャルを秘めていたとは想像もしなかった。この能力は、自転車のタイヤやゴムボールに空気を入れたり、ポンプを扱ったりするのに役立つかもしれない。

また、彼はとにかく常に動いている。黙っていることができないようで、歩行者信号待ちの時なども常に体全体をクネクネ動かしており、その様はまるで妖怪のように奇妙である。

以前、勤務先の上司から「場にそぐわない振る舞いをするな」と叱られたことがあると彼はいう。つまり、顧客や取引先などとのフォーマルな場で彼はクネクネを発動したのだろう。上司からすればそのたびに顧客に対して「彼は発達障害で多動傾向があり、ついこうして体を動かしてしまう場合があるのです。他意はございませんので何卒ご理解ください」などといちいち説明してもいられないはずである。

さて、多動性が顕著になると、それこそ本当に黙っていることができず、たとえば授業中などにいきなり立ち上がって叫んだりするという。僕のかつてのクラスメイトにもそうした子がいたが、発達障害の認知が今ほどなかった時代である。周囲の人間はその奇行に面食らい、「あいつは頭がおかしい」と陰で囁く声が絶えなかった。生徒だけでなく、教師までそういう目でその子を見るような時代だ。当時の教師に罪はないだろう。想定しない行動というのは、常に人を戸惑わせるものだ。

僕自身もたとえば、誰かと電話をする時や考え事をする時などは、部屋の中をグルグル歩き回ることがある。昔の漫画で描かれるような、典型的な「考え中」の動作である。歩くことで余計な意識を遮断し、会話や思考に集中できるというのがその理由である。あるいは歩く動作を行うことで緊張やストレスを和らげているのだろうと自分では分析している。ある意味でこれも多動性である。

人間誰しも、多動や注意欠如、あるいは自閉的な側面は持ち合わせているはずだ。ただ発達の場合はそれが周囲の好奇や怪訝な目を引くのに十分なほど顕著で、抑制できず、時にそれが集団生活において大きなハンデとなるのである。

彼の場合は「普通じゃない」と認められるほどには多動の気があったが、実務上においてそれほど深刻ではなかった。フォーマルな場で相手を不快にしたり戸惑わせたりする可能性があるのなら、顧客と面と向かわせなければいいだけの話である。よほど重篤でない限り、多動はそこまで本人の評価を左右するものではないと個人的には思う。

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