台湾旅行⑧ 二日目 台湾の地下に潜むもの
ホテルまでお願いしますと伝えて乗り込んだタクシーがついた場所は、明らかにホテルではないなんかライトアップされた寺だった。
えっ・・・?ここぜんぜんホテルじゃない。 私も友人もそう思ってはいたのだが、ニコニコしたおっちゃんに言い出すことも出来ずなにより説明できるだけの語学力もなく、ひとまず苦笑いのまま「謝謝。」とだけ告げタクシーを降りる事にした。なんだ謝謝って。全然ありがたくないぞ。むしろ迷惑だぞ。
けれどもまぁ、降りてしまったからにはこの寺に行ってみるしかない。午前中龍山寺に行って台湾中の神様に会ったとドヤ顔していたのになんだが、先ほどの夜市でも途中飽きて近くに見えた寺に寄ったりと、結果とりつかれたかのように無駄に仏閣巡りをするハメになっている。
近寄ってみると寺は想像よりかなり大きい。暗闇の中に真っ赤な屋根の重厚な建物が照らし出されている様子は威圧感満載だ。看板を見るに、どうやら行天宮と言うらしい。
中に入ると夜分遅いというのにかなり多くの人々が参拝に詰めかけており、建物内をぐるりと一回りする感じで礼拝ルートが出来ている。ほとんどが現地の人のようだ。ただ一つ気になる点は、その礼拝ルートの最後の場所に平均台くらいの高さの台が設けてあり、そこにたどり着いたものは皆、五体当地的な感じでかなり本格的に祈っていることだ。これは・・・私達もしなきゃならない感じなのか・・・?
不安を胸に上辺だけをなぞった様なふわっとした参拝を続けていく中で、ようやくここがなんの寺なのかが分かってきた。どうやらこの寺は三国志で有名なあの関羽を奉っている寺らしい。
始皇帝あたりが着ていそうな権威そのものといった服装をし、顔を真っ赤にした鬼の形相の像があったため、「ほう。ここは閻魔を奉ってる寺か。珍しいな。」などと思っていたのだがどうやらあれが閻魔ではなく関羽であったらしい。台湾の人々からこんなイメージをもたれるだなんて、関羽一体何をしたんだ。
そんな関羽だが説明文等を読むに、どうやら商売繁盛や旅の安全等の加護を与えてくれるらしい。もう明日帰るのに今更旅の安全を祈っても手遅れなんじゃないか感が拭えないが、ともあれなんちゃって五体当地を薄ら笑いしながら終え、満ち足りた気分で行天宮を後にした。これで残りの旅の安全もばっちりだ。
笑顔で寺を出てふと我に返った。そもそもこの寺にはなんだかその場のノリで寄っただけで、本来の目的はホテルに帰ることなのだ。だいたいホテルの方向はどっちなんだ。夜もかなり更けており、さすがに人もまばらでタクシーも見つからない。
ちょっとまずいな、どうしよう・・・。
寺を出て地図を片手に夜道をうろつく私達の前に、線香を売る老婆の姿が目に飛び込んできたのはその時だった。線香は龍山寺で見たのと同じ、三、四十センチはありそうな長いもので、それを夜道で山と積み、誰にともなく売っている様子は羅生門の冒頭を思いだしてしまう程に若干恐ろしいものがある。
老婆が佇むその横には、地下へと続くらしい階段がある。一見地下鉄の階段のようだがそれにしては全体的に古びているし、地下へと続く道を照らす黄ばんだ明かりは明らかに光量が足りず薄暗い。一体どこへと続くものなのだろうか。
「行こうよ。ちょっと降りてみない?」 形だけは疑問系で友人に聞いてはみたものの、私の心はすでに降りることに決まっていた。ちょうど夜市で肩すかしをくらっていたため、こういった妖怪でも潜んでいそうな怪しさに飢えていたのだ。この先に何があるのかを確かめずに、この台湾旅行は終われない。好奇心の為に死ぬのならそれもまた本望だ。
対する友人は「こいつ正気かよ・・・。」と言わんばかりの表情を浮かべつつ、「おまえ正気かよ・・・。」といった内容のことを口にしていた。友人は旅先となる地で過去に起こったテロや暴力事件について生き字引にでもなる気かというくらい調べあげる癖があり、こと安全面に関しては驚くほど保守的になることがあるのだ。
けれどもここはもう、引くことは出来ない。こちとら何の情報も経験もないが、この先にあるものを見たいという情熱と、たぶん大丈夫だろうという根拠のない自信なら売るほどあるのだ。大丈夫、もし何かあったら逃げればいいさ。
果たしてその何かあった時に逃げられる状況にあるのか。その肝心な部分からは徹底的に目を逸らしつつ、勢いだけの説得で渋る友人を連れて地下への階段を下りていった。
コンクリートの味気ない地下道は、全体的に黄みを帯びた薄明かりで照らされていた。通路の片側には五メートルほどを一区切りとしたブースの様なものがずらりと続いており、それぞれに電光の看板が掲げてある。夜も遅いためかそのほとんどの明かりは消えてしまっていたが、色とりどりの太字で書かれた漢字の内容から察するに、そのどれもが占いの店のようだ。手相、八卦、顔相、などなど様々な種類の占いの店が、ずらりと並んでいる。
ここは!!ここはもしかしたら占い横町じゃないのか!?
ガイドブックを読み込んでいた我々のテンションは一気に最高潮に達した。占い横町という言葉を聞いてはいたが、まさかこんな地下にあっただなんて!!
占い横町とはその名の通り、台湾の占い師達がずらりと店を構えており、本場ならではの本格占いから、米占いの様なユニークな占いまで、とにかく色々な占いを体験できる横町なのだ。正直訪問する気がなかったため詳しい情報は知らないが、こんな運命的な出会いをしたからにはもう占ってもらう他ない!!
高揚する気分そのままに、早速店の吟味を始める私と友人。夜遅いこともあってか店の半数以上は閉まっていたため、営業しておりなおかつ今現在客の鑑定中ではない数店に的を絞り目を皿にして見て回る。
私達の熱視線に気づいたのか、占い師と世間話をしていたおばちゃんがおもむろに立ち上がり、自分はここの横町の通訳であるため、好きな占い師を選べば通訳をしようといった言葉をかけてきた。
なるほど、そんなシステムだったのか。それなら言葉の面ではひとまず安心だ。どうせ占いの種類なんて知らないし、一番それっぽい占い師を直感で選ぼう。
私達が選んだのは穏和そうなおじさん占い師だった。現国か日本史の授業を始めてもおかしくはない雰囲気のこの人なら、なんだかいい感じに穏やかな占いをしてくれる気がする。
いそいそと私達が席に着いた瞬間、早速言葉をまくしたて始めるおばちゃん。
えっ・・・!?まだ肝心の占い師が一言も言葉を発していないのに一体何を通訳してるんだ・・・!?まさかこの後は全てこの人のアドリブ通訳で進められるのか・・・?
目を見開く私達にかまわず、おばちゃんは勢いそのままに言葉を続ける。
「何の占いしたい?この先生は、全部得意。日本のテレビも凄く取材にくるよ。(女性タレントとのツーショット写真を見せつつ)ほら、この人も、知ってるでしょ。」
とにかくこの通訳のおばちゃんが、占い師の信用性をまず全力でアピールする流れらしい。ただ、全てが得意だなんて、なんだか若干胡散臭いぞ。どこからでも切れると謳っているスナック菓子の袋が大抵どこからでも切れないように、このおじさんもつまるところなにもできないんじゃ・・・。そんな思いを巡らせているうちに、一通り喧伝を終えたのか、通訳のおばちゃんがA4サイズほどの紙を見せながら仕切直すように言葉を放った。 「さぁ、何がいい?全体運、健康、恋愛、金銭、適職、適した色、いろいろあるよ。聞きたいものこの中から三つ選んで。千五百円。この中のもの全てを聞くなら三千円。」 なるほど。ここのシステムは時間制ではなく分野ごとの料金制なのか。 旅では悔いを残さないをモットーに行動している私と友人は、迷いながらも全てを聞く三千円コースを選択した。
初めに占ってもらうこととなった友人に、氏名や誕生日、生まれた時間などを聞くと、手元の赤い紙に書かれた表のようなものに何やら文字を書きなぐっていく占い師。達筆すぎるのか字が雑なのかは分からないが、とりあえず何も読めない。
続いてひとしきり友人の手やら顏やらを見終えたところで、突然占いの結果発表が始まった。滔々と結果を話す占い師と、それを訳しつつ手元の赤い紙に書きつけていく通訳のおばちゃん。
「あなたの適職は金融、医療、コンピューター関係、貿易、サービス業ですね。大器晩成の相をしていて、晩年には大きな富を残します。健康は胃腸と腰と肩に注意してください。あと、50歳を過ぎたころから血圧に悩まされます。結婚は28から30歳くらいにしますね。子供は一男一女です。あと、あなたには物凄いモテ期が訪れますよ。だいたい50歳を過ぎたころから始まります。」 …遅すぎ!!
あまりの結果に反射的に顔をあげ友人を伺ってしまう。案の定「全ての青春が終わってるじゃねーか…。」という顔をしていた。
一般にモテ期と言えば少女マンガ的な、ハッピーな季節☆といったイメージなのだが、50を過ぎた友人がおそらく60から70くらいの高齢男性達に急激にモテだすという状態は果たして幸せと呼べるのだろうか。もはやある種の試練なのではないのか…?
この後も占いはラッキーカラーからラッキーナンバー、金運のいい年や人間関係の相性など多岐にわたり続いていったのだが、例の「あなたのモテ期は50から」宣言が衝撃的過ぎてろくに内容が入ってこない。他人の私ですらそうなのだから本人ともなればなおさらだろう。圧倒される私達を置いて、「あなたが他人に貸した金は決して戻っては来ません。保証人には絶対にならないように。」という実用性の高い教訓で占いは幕を閉じた。
この占い師のおっちゃん、温厚そうな外見とは裏腹に意外と過激派(?)だな…。
内心ひとりごちていると、友人からの自由質問もつき、いよいよ占いは私の番へと移った。
友人同様生年月日やら何やらを尋ねられ、手相と人相を見られる。そして同じく唐突に始まる結果発表。
「あなたの適職はサービス業、医療、貿易、金融業、事務員ですね。結婚は26から30歳くらい。子供は一男一女です。」
…あれ?なんか凄い既視感が。デジャウが凄いぞ。もしかしなくてもこれって、さっきの友人の占い結果とほとんど同じなんじゃ…。このおっちゃん、観光客にウケのよさそうなことを適当に言い過ぎて内容かぶってるんじゃ…。
思いをめぐらせている私をよそに、占いは途切れることなく続いていく。
「健康は…あなたは消化器官系と肝臓と、血液循環系が悪くなりますね。」
ほとんどの臓器全滅じゃねーか!! 私の邪念を感じ取ったのか、唐突に死の宣告じみた予言を始めるおっちゃん。むしろもう無事な臓器の方を教えて欲しい。
その後も「ラッキーカラーは赤以外の全てです。」などといったラッキーカラーの概念を見失いそうな結果が続いていったのだが、「血液循環系でもければ消化器官系でもない臓器って何があるっけ…?」という思いが頭の中を渦巻き、ろくに内容が入ってこなかった。最後に、「あなたは株で失敗する。株を決してやらないように。」と友人同じく具体性溢れる教訓で占いは締めくくられた。
その後の自由質問タイムを終えると、占い師のおっちゃんは占い結果の書かれた赤い紙をパタパタと折りたたみ、光沢のある模様の書かれた赤い封筒にいれてくれた。これを記念に持って帰りなさいということらしい。 おお…!いかにも中国の易者に占ってもらったという感じがするぞ!!まさか思いがけずこんな体験ができるだなんて!本当に来てよかった!
赤い封筒一枚でまたしてもテンション最高潮に達した私と友人は、夜の闇広がる地上へ続く階段を軽やかに登り始めた。
あたるも八卦、あたらぬも八卦の占い。果たして50過ぎた友人に激烈なモテ期は訪れるのか、そして私の大半の臓器はどうなってしまうのか。結果は神のみぞ知る。
ただこの半年後、本当に肝臓を壊し、急性肝炎を発症するのはまた別のおはなし。
生憎ながら、発症したのは私ではなく友人の方だったけれどな、おっちゃん。
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