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台湾旅行④ 二日目 創造する黒歴史、変身写真

「変身写真」なるものをご存じだろうか。

 台湾や中国をはじめとした中国語圏においては日常生活と写真の結びつきが非常に強く、何かにつけて写真を撮る。まぁこれは日本も似たようなもので、おそらく二度と見返すことの無いような写真を事あるごとにアイフォン片手にバシャバシャとる姿は、日本でも台湾でも街に出ればそこら中に溢れかえっている。
 中華圏と日本での写真好きの差に大きな違いが生まれる部分と言えば、ここに専門家の介在があるかどうかといった点になるだろう。

 というのも中華圏の人々は、イベント毎にプロの写真家に写真を撮ってもらうことが多々あり、こと結婚の際の写真ともなれば撮影費用が10万円にのぼることもあるというのだ。中国の大卒初任給が確か5万円程度であったことを考えると、これはべらぼうな額。しかも値段も普通じゃないが撮る写真はもっと普通じゃない。椅子に花嫁が腰掛け、そのやや後方に花婿が笑顔で直立する。そんなヤワな写真ではさらさらなく、草原の中をドレスとタキシードで駆け抜ける笑顔の二人、浜辺に寝転がりながら愛を語らいあうこれまたドレスとタキシードの二人、花々に囲まれ笑顔の花嫁を、これまた笑顔で抱えあげる花婿――。こういった「アイドルの写真集ですか?」といった構図の写真の数々を一般人が撮るのだ、カメラマンやら照明係やらを引き連れ丸一日かかりで。
 どんだけ自分大好きなんだ。そう、思わず見るものに言わせてしまうこれこそが「変身写真」なのだ。

 そんな日本ではそれだけで離婚事由になりそうな写真文化だが、この話を台湾ぶらり旅記録の前置きに書いたのは理由がある。時は台湾旅行2日目午前中、撮ってきたのだ、その例の変身写真を。しかも私も同行の友人も結婚の予定はない。つまり一人で。そう、一人で・・・!
 どうしてそんな罰ゲームじみたことをする事になったのか、そのきっかけは今となってはろくに覚えていない。なにせ自分が大好きなもんでね。

 とにもかくにも「台湾で変身写真を撮ろうぜ!」と盛り上がった私と友人がまずはじめにしたのは台湾での評判のいい写真館探しだった。やるからには最善を尽くしたい。
 数ある写真館のうち私たちが目を付けたのは「Magics」というお店。理由としては台湾で一番人気があるらしいことと日本語OKなこと、そしてホームページに撮影写真や衣装が多々載っていることがある。やっぱり「変身」するからにはどんな感じの衣装やセットがあるのかは知っておかないとね!
 そしてさっそく代理店のホームページから予約の打診をしたところ、運良く姉妹店「Magics Diva」のキャンセルが出て無事予約完了、今に至る、というわけだ。

 たどり着いた店は台北市内の大通りに面した建物の二階にあった。近くに有名なパイナップルケーキ屋があって嬉しい。帰りに買って帰ろう。余談だがここのパイナップルケーキはしっとりとしていて丁度良い甘さ、そして口の中でパイナップルの風味とともにほろほろと崩れる絶品だった。
 店に入ると店内は紫や黒を基調としたゴシック調で、テーブルや椅子はもとよりコップの一つに至るまで高級感が漂っている。今まで台北市内の可愛らしいお店をいくつか見てきたが、置いてある小物や店内の洗練され具合からしても、それらの店とはもう明らかに金のかけ方が違う。地元の夢タウンと代官山のセレクトショップぐらい違う。儲かってるなぁ。

 下衆の勘ぐりを巡らせる私達は、まず衣装部屋案内された。衣装部屋の中にはもの凄い数の服、服、服!軽く百着はあるんじゃないだろうか。そんな部屋中にかけられた服を横目に、中央の椅子に案内されipadを渡される。これでめぼしい服を検索しろということらしい。一つ一つ服を見ずともさっさと選べるのか、近代的!
 見たところ服の種類は結婚式などでも着られそうなベーシックなカラードレス、チャイナ服、花魁っぽい中華風着物、サーカス系(アメリカの人形が着ていそうな服。勝手に命名)の四つに大別された。渡されたipadの中に入っている服の写真も、事前にホームページで見れたカタログの内容とほぼ同じ様だ。

  迷った末に友人は薄紫のカラードレスと白のチャイナ服、私は真っ黒のドレスと極彩色の中華風着物をチョイスした。見事に趣味のかぶらない結果だ。にしてもどんな選択肢だよ。
 服のチョイスを日本語の通訳さんに伝えると、間髪入れずに質問をしてくる通訳さん。
 「どういう?どういうイメージにしますか?」
 正直こっちは何も考えていない。
 「いや、そうですね・・・。この着物の方は凄い中華っぽい感じで、・・・で、で、えっと、こっちのドレスの方は悪の女王みたいな感じでお願いします。」
 どんな感じだよ。しどろもどろになりながら答える私。正直かなり恥ずかしい。 しかし相手はプロ。
 「はい。分かりました。ではこちらの着物の方の髪型はどうされますか?」
 私の意味不明リクエストをさらりと流し、質問を続けていく。手元の紙をみればドレスの欄に「悪貴族。」の一文字。どうなってしまうんだ。あまりの突拍子もない状況に笑いがこみ上げてくる。ちらりと横の友人を見れば、薄ら笑いながら別の通訳さんと受け答えをしている。おそらく同じく自分の羞恥心と戦っているのだろう。

 そんなこんなで詳細なQ&Aを終えた後、いよいよドレスを着ることに。
 ドレスのサイズはかなり大きく、それをコルセットで調整する形になっていた。これならば相当太めの人でも余裕で対応できそうだ。とか思っていたのも束の間、思い切り締められる。相当苦しい。肝心のドレスについては正直服の質なんて全然分からないのだが、ペラペラなものでは全くなく、しっかりしていてラインも生地も綺麗。友人のカラードレスなんかを見ると、これを結婚式で着ていても違和感がないくらいのクオリティだ。
 着替えがすんだらメイク室へ移動。ここのメイク室がこれまた白を基調としたおしゃれなデザインで、ライトのつきまくった鏡はもとより室内全てがピカピカに輝いている。部屋の周りには無数の靴やウイッグ、そしてアクセサリーが入った小物入れが所狭しと並べられている。正直本物の雑誌やらなんやらの撮影現場のメイク室よりこちらのほうが豪華なのでは?と思えるほどの気合の入りようだ。とにかくこの店はとことん内装から何からを豪華にして、非日常感を出すことをモットーとしているらしい。
 ヘアメイクに関しては、担当の人からどのようにしたいのか聞かれるが、とりたてて何も考えていずとも勝手に進めてくれる。ありがたい。それでいて着けるウイッグやアクセサリーなど、別のものがよければリクエストすれば替えてくれる。本当に気楽だ。ただしメイクは相当なガッツリメイクで、マスカラは三度くらいは塗りたくっていたし、アイラインは目の粘膜に彫り込んでいるのでは?という痛みで思わず悲鳴を上げた。ちなみに悲鳴を上げたところで担当のお姉さんは「オーケーィ。」と気のない応答をするだけで変わらずガシガシと粘膜にアイラインを描き続ける。美には犠牲がつきものなのだ。   
 もうかれこれ一時間くらいは経ったんじゃなかろうかと思えたところでようやくヘアメイクやらコーディネートやらが終了した。出来上がって鏡を見た感想は「あ、これは間違いなく『悪貴族』だわ。」だった。真っ黒なドレスに真っ黒な巻き髪、禍々しいアクセサリーに冷酷そうな人相、爪のベースまで漆黒とくればもう、物語に出てくる悪い魔女やお妃そのものだ。眠りの森の美女ならば間違いなく千年の眠りの呪いをかける側だし、白雪姫ならば間違いなく毒林檎を渡す側だ。まさにリクエスト通り、素晴らしい!

 そんな私の横で同じく完成した友人は、薄紫のふわふわしたドレスに色素の薄いウイッグ、そして頭には花冠をのせていた。
 こいつどんなリクエストしたんだ。「森の妖精」とかか?にしても二人の世界観が圧倒的に違いすぎる…!そもそもどんな状況なんだよ。
 恐らくこの機会がなければ一生することのないであろう森の妖精&魔女という恰好で友人と相対したことが急におかしくなり、本日数度目の笑いをかみ殺した。客観的に見れば凄い状況だな。
 メイクを終えた担当のお姉さんは、その場でパシャリとインスタントカメラと私の持っていたデジカメで写真を撮ってくれた。これから撮影する写真は出来上がって送ってもらうまで数週間を要するため、当面の記念としてこれを持っていなさいという事らしい。アイメイクの力加減以外はどこまでも客思いだ。

 あれこれやっているうちにカメラマンの女性が来て、撮影の場所に行くことに。撮影ブースは2~3室の続き部屋6畳程度を1ブースにそれぞれ区切った形となっていた。各ブースごとにゴシック風、洋館風、中華風、エキゾチック風、サーカス風、自然風とテーマがあるようで、だいたい10種類くらいあるんじゃなかろうか。
 そのブースをいくつか周り、それぞれのブースでカメラマン指示のもとポーズをとり、数十枚程度の写真を撮っていくのだが、そのポーズがもう物凄い。香水のポスターくらいでしか見かけないようなポーズを完全なる一般人の私が謎の衣装に身を包みながらとるのだからもう、その姿は傍から見れば『壮絶』の一言だ。もちろん悪い意味でな…。
 いくら面の皮の厚さに定評がある私でも、流石にこれはかなりきつい。しかもここではカメラマンと一対一状態のため、今までのように友達と薄ら笑いながら罪を共有し、羞恥心をぼんやり薄めることすらできないのだ。異国に来て奇天烈すぎる格好をし、奇怪なポーズをドヤ顔で決める自分と徹底的に向き合うことになる。どんな訓練だよ。正直この先の人生観が変わるのでは?と思えるほどには恥ずかしい。むしろ座禅などを組むよりよっぽど自省する機能があるんじゃないだろうか。その証拠に、後半にはもう菩提樹の下の釈迦さながらに、完全なる無の状態になっていた。

 「いや、慣れって凄いね。私最後らへんはもう寝そべりながら扇で顔の半分を隠しドヤ顔、みたいなこと平気でやってたわ。」
 「いや、私も鍵を持った右手を高く掲げ虚空を見つめる、くらいは何の疑問もなくやってた。」
 衣装を変えて再度メイク・写真撮影とかれこれ三時間ほどの時を過ごした私と友人は、先ほどまでの非日常を思い返しながら店を後にした。ほんと何やってんだかといった感じだけれど、道楽も失敗もない人生なんて退屈なだけさ。ついさっき悟りを啓いた身からすれば、後日あの黒歴史としか言いようのない写真が海を越えて郵送されてくるなんて些細な問題さ。

 そんな私が帰国した今一番気がかりなのは、今後不慮の事故等で死んだ際、この送られてきた写真は一体どうなってしまうのか、ということだ。父親が私の遺品を整理する際にでもこの写真を発見し、「これだけ着飾って写っているんだからさぞかしお気に入りの写真に違いない。」と良かれと思って遺影にでも使ってしまった日には式場は一気に地獄と化す。小学校からの友人ですら、駆けつけた葬式の遺影にドレスを着て謎のポーズを決める私の写真があったら思わず大爆笑だろう。焼香の時なんて顔を覆えるものはないわ遺影は近いわで、耐えきれずに吹き出す友人、舞い飛ぶ焼香が目に浮かぶ。仮に霊魂というものがあったとして、そんな葬式を目撃したら羞恥心で二度死ぬ。

 これを持っていてもどうなるものでもなし、命あるうちに処分しておくべきか。けれど二万近くかかってるわけだしな、さすがに捨てるのは…。あくなき葛藤は帰国後も続いている。

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