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ちびたの本棚 読書記録「AX」伊坂幸太郎

三宅は妻子がある殺し屋だ。元締めから仕事を受けると淡々とその依頼をこなす。
普段は文具メーカーの営業マンで外回りに忙しい毎日だ。

業界では殺し屋は「業者」と呼ばれ、優秀な人材に依頼が集中する様子は、まるで人気タレントや俳優のようだ。
でも業界が業界だけに、同業者に妬まれたりしたら命を失うことになる。

三宅が常に妻の機嫌を損なうことを最も恐れているのが人間くさい。世間によくいそうな誠実で気弱な夫ぶりが、人の命を奪うことに全くためらわない彼をより恐ろしく感じさせる。
また彼はあまりにも多くの死に触れてきたため、死そのものを恐れる感情をもつことができない。自分の死さえも。
冷静で冷酷な業者の一面も、家族を大切に思う一介のサラリーマンの一面も、どちらかではなく両方が三宅という一人の人間だ。どちらが表でどちらが裏というわけではない。

妻から見た三宅の姿、息子から見た両親の姿が丁寧に描かれている。
一方から見た物事の印象はほんの一部でしかなく、あくまでも切り取ったほんの一部分でしかない。
確かにそうだ。自分が見た面が人物や物事の全てではない。常に忘れてはいけないことかなと思う。

主人公はなんとなく伊坂作品「死神の精度」の死神・千葉を彷彿とさせる。
音楽好きで思慮深く生真面目そうな死神。人間界の常識に疎いせいで、人とのやり取りでテンポがズレたり勘違いが起こったりして、クスっとさせるエピソードがところどころにはさまれる。
この「AX」でも同じようなおかしみが生まれていて、凄惨なストーリーであるのに妙な明るさのある読後感となった。

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