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日光へ行った
修学旅行先として随分人気な土地・日光を訪れたことがなかった。思えば小学校、中学、高校と定番の修学旅行先を避け続ける学校ばかりに通った。
私が日光へ行ったことがないと知った親が、なぜか意気揚々と連れて行ってくれた。どうやら日光は楽しいところらしい。
(ヘッダーの写真は妹が撮ってくれた。かわいい)
【日光東照宮】
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門をくぐると、絢爛豪華としか言いようがない建物がずらずら並んでいる。彫刻には角がなく、丁寧に研磨して曲線を描いたことが伝わる。また、ひとつひとつに物語があり、建築技術だけでなく創造性が高かったことまでうかがえる。
さすがは、かの日光東照宮。観光地レベル星5の激レアスポットなだけある。拝殿の内部に行くと神主さんが解説からお祓いまでしてくれた。
と、まあ観光地として大変魅力的だったのだが、私を魅了したのは商売っ気ある神職の人々だった。
拝殿の内部に一定の人が集まると神主さんの解説が始まる。
天井に描かれた無数の龍は全てがオリジナルで被るものが1つもないこと、丸く仕上げられた天井の角は大変珍しいものであること、どこにかけられた肖像画は誰であること……と好奇心の唆られる話が数分間続けられた。
「……そしてこの建物には白檀(びゃくだん)が使われております。白檀は香木の1つで大変豊かな香りがいたします。みなさまから左手をご覧ください。帰り際に是非見ていただきたいのですが、お守りの授与所を設けさせていただいております。ここだけの限定で白檀の香りがするお守りを置いており、お色も4色ございますので、お好きなお色をお持ち帰りくださいませ」
どの色を選んでも効果は変わらないと強調され、セールストークが終わった。
拝殿内部を見せていただけるだけでも親切なのに、解説とお祓いまで拝観料に含まれているなんて太っ腹すぎるとは思っていた。なんてこった。
日光東照宮……サブスクのススメが上手すぎる。
人間はものではなく経験に金を払うというが、まさに経験に金を払わせるスタイルだった。思えば至るところに授与所があり、「その場限りのお守り」が売られている。階段を上れば眠り猫のお守りがあり、階段を降りれば蹄鉄お守りが売られていた。
ご利益以上に商才がありすぎる。ここはテーマパークか。
【薬師堂 鳴龍】
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鳴龍をご存知だろうか。建物のある1箇所でだけ、音が反響してまるで龍が鳴いているように聞こえるお堂がある。天井には墨らしき液体で大きな龍が描かれている。
「さて、みなさま耳をよく傾けてください」
豪快に描かれた龍を眺める大衆に、神職の方が語りかける。眼前に持ち上げたのは、日本芸能やお祭りで見る拍子木2本。
カンッ、と1度打つ。夏らしく軽快な音がお堂に響いた。外気温は30度をゆうに超えているが、お堂の中は密かに暗く涼しかった。拍子木の音と相まって、夕暮れどきの祭り会場のようだった。
「……と、通常はこういう短い音になりますよね。ですが、龍の口元で鳴らすと、文字どおり龍が鳴くんです」
そう言って黒い目をした龍の真下に立つ。拍子木を2度ばかり擦り合わせ、思い切り打ち合わせた。
すると、龍が唸りをあげた。拍子木の「カンッ」という音がお堂の中でぐるぐると反響して、勢いを増す。軽快だったはずの音が、次第に地響きのような重みを持ち、目の前で鳴っていたはずの拍子木の音は腹の底にまで響いた。
「不思議なことに龍が鳴くのは、顔の下で鳴らしたときだけなんです」
地響きが止んだあとに「カンッ」と小気味よい音がして、現実に引き戻された。
「ほら。龍の体の下。ここだと龍は鳴かない」
神職の方は親戚のおじさんのような親近感を持っていた。にっこり笑って拍子木を鳴らした。
お堂の前方には筋骨隆々とした羅大将像が12体並んでいた。それぞれの像は十二支に割り当てられており、自分の干支と同じ像の名前を覚えるだけでもご利益があるらしい。
「左手には授与所を設けております。羅大将像のお守りもございます。効果は恒久的なものなので、お焚き上げなどは不要です。1度手に取っていただければ十分ということです」
始まった。日光東照宮のサブスクタイムだ。
「また、先ほどの龍の鳴き声を模した鈴がございます。こちらには日光開山1250年限定の金色もございます。限定という文字に弱い方はこちらを選ばれてはいかがでしょう」
YouTubeも顔負けのシームレスな広告が唐突に導入される。
「他にもピンクや水色などかわいらしいお色もご用意しております。耳を澄まして。……キーンという音がするでしょう。鳴龍の音をもお持ち帰りできるのです」
日光東照宮サブスクタイムのなにがいいって、売り込みが始まると「売り込んでます」という姿勢に切り替わるところだ。あくまで神の名のもとこの行為に至ってます〜という前置きがなく、正々堂々ものを売り込んでいる。変に営業行為を隠さないので、逆に卑しさがない。清々しく、聞いていて楽しい。やっぱり神のテーマパークだ。
もはや神職というより営業の顔になったおじさまは相変わらずにこにこ笑っていた。思えば、お堂に入る直前にも諭吉1枚じゃ足りない恒久的なお守りを軽く勧められた。ビジネスチャンスを逃さない姿勢に感服だ。
【足尾銅山】
足尾銅山はまるで、夢を捨てたディズニーシーのセンター・オブ・ジ・アースだった。
あたたかみのある木造の駅からかわいらしいトロッコに乗る。駅内を照らす光はオレンジで、木柱のニスはつやつや光っていた。地方の遊園地にきたみたいだ。
ほかほかした気持ちを感じながら、亀の速度で走るトロッコに腰掛けまどろむ。と、急に速度が上がった。
「今から銅山内に入りまーす」
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トンネルの入り口は狭く、灯りなどほとんどない。先の見えない道をトロッコが勢いよく進む。
かかったな! これは強制労働輸送列車だ!
停車する頃にはもう労働者の気持ちだ。休みだというのに気持ちは月曜日。帰りたい。ここから出してくれ。
外気温30℃超えの夏だというのに、温度計は13℃を指している。山の水が染み出してジメジメしているところも、天井が低くゴツゴツしているところも、ただでさえ肌寒いのになぜか扇風機が設置されているところも最悪だった。職場だ。ここは私の職場だ。
観光客の浮かれた気持ちが払拭された直後、道を塞ぐ鉄格子に文字が書かれている。
この先、1,200km以上の坑道が続きます。
最悪だ!
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「元々誰かがここで鉱物を掘っていた」という事実が重くのしかかり、暗澹とした気持ちになる。ツルハシで鉱物を掘るシーンなんて白雪姫の小人でしか見たことない。
ハイホーハイホー。そんな、かわいいものじゃないのは言うまでもない。暗くて狭くて大きな音だけが己に寄り添う場所に収容され、朝から晩まで山と向き合う。
神様、私がなにをしたというんですか。私がここで働いていたら、祈らずにはいられなかっただろう。
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ご丁寧なことに、足尾銅山には働くお人形が設置されている。160〜170cmくらいのお人形たちがツルハシや指示書などを手にせっせと働いている。頭上スレスレの高さしかない道の上、鉱脈を探して必死な顔をしている。
現代からすると、もはや異世界みたいな道だからどうしても夢の国が思い起こされる。
本当に、道はセンター・オブ・ジ・アースなのだ。私は地球の中心にいた。
ただ、湿っぽい土地で働く人がいた事実やダイナマイトで爆破してせっせと石を掘り起こしていたこと、金属中毒などの弊害が頭にこびりついてそこから逃げ出したくなる。
一体何人の人がここで亡くなったのだろう。そんな疑問を抱かずにいられない。
夢の国は結局現実を脚色したもので、「やはり夢などないのだな」と思うに十分だった。(まったく、夢の国への風評被害である)
こう書くと非常に鬱屈とした気分で見ていたのだろうと思われるだろうが、別の面で実はとても楽しんでいた。展示方法がべらぼうに上手いのだ。
ただ坑道を歩かせて説明を読ませるのではなく、まさにアトラクション形式で現実を叩き込んでくれる。
ボタンを押すと人形が喋り始め、展示物ではなく職場としての坑道がそこに現れる。別のボタンを押せばサイレンが轟き、数秒後にダイナマイトの爆風が押し寄せる。
また、技術革新が起こり、掘削をツルハシから機械で行うようになると道がわずかに広くなる。分業や機械化が進めば進むほど、馴染みのある道が目の前に現れる。
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歩きながら時の流れを感じられる。ほんの数十分で何遍ものタイムトラベルを味わえる。足尾銅山楽しすぎる。職場としては最低だが、この展示を考えた人は最高だ。
やがてちょっとした博物館のような建物にたどり着く。そこでは足尾銅山が閉山するまでの軌跡や技術革新についてより深く学べる。百聞は一見にしかず、を体現したような場所でとっても楽しかった。
そんな感じで久々の旅行で英気を養ってきた。道中で食べた大きな餃子とか熱すぎる温泉と乱入してきたアブとか、いい思い出ができた。
余談:
①日光東照宮の入り口前には「福徳だいふく」というおもちが売られていた。冷やされているのにもっちり伸びておいしかった。
拝観したあとにいただいたので栄養補給にうってつけだった。はー! 思い出すだけでおいしい!
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