自転車


 夜に時々サイクリングしていますが、驚くほど道路に誰もいないです。
 初心者の私には走りやすいですが、倒れても誰にも気づいてもらえないとなるとちょっと不安です。

 買ったクロスバイクがかっこよすぎて、汚れるのが嫌なので部屋の中に置いて眺めてにやにやしていたのだけど、購入店の人に「早く乗ってほしいんです」と言われ、そろそろとおろしました。

 買いに行った時、お店の人(私よりたぶん二十五歳くらい若い)と話していて、結果的に二時間ほど話して購入を決めたのだけど、その人から「ここまで自転車についていろいろと調べてから来店してくれるのはありがたいです」と言ってもらい、「いえいえまだ調べ切れていないのですが、この機種が売り切れそうになったので急いで来ました。本当ならもっと調べているところです。今も、クロモリが何なのか分かっていなくて」と言うと、「あれはクロムモリブデン鋼ですよ」「ああ、黒森さんという人が開発したのだと思ってました」「ぼくはアルミで育ったのでもうアルミ以外の自転車には乗れないですね」などなど話が続き、さらにいろいろと説明してくれました。

 私は、パンク修理が自分でできるということを初めて知って興奮しました。これまでは、自転車整備士資格のある人しかできないのだと思っていました。わくわくして、お店のその人に、「高校生の時、自転車が三回連続でパンクして、お店で直してもらって、その間ずっとお店の人の手元を見て手順を追って、あ、あとはあの銀色のシートさえ売ってもらえたら自分でできる、と思って、あのシートはいくらですかと聞いたら、自分でやろうとしたってだめだよ、って言われて……」と言うと、
「ぼくも言われました、高校生の時。自分でやりたいですよねえ」
「自分でやりたいですよねえ」
と、ものすごく話が盛り上がって、二十五歳も年の離れた人とこんなに盛り上がるなんて、趣味の力ってすごいなと思いました。
 それで、パンク修理キットとかもあるからチューブと一緒に自転車のサドルバッグに入れておくといいですよ、うちの店ではパンク修理の練習会とかもありますのでご参加ください、と言ってくれていたのに、いざクロスバイクを買うと、うちは生涯メンテナンス無料なので、うちで定期的にメンテナンスしてもらっていたらパンクはしませんので、パンク修理キットは在庫がないので、と言われました。嬉しいのだか悲しいのだか分からずに帰ってきました。

 大事にしたい気持ちと気後れとで長いあいだ乗らずにいましたが、あまりにもったいないので、しかもエクササイズのために買ったので乗らないと意味がないと思い、少しずつ道路を走ってみることに。

 手入れやら交通ルールやらがよく分からないと不安なのでクロスバイクの本を買ってきて読みました。パンク修理のページだけ猛烈にわくわくしました。でも、いざ河原でパンクしたら、とてもめんどうだと思います。

 高校生の時、二ヶ月ほどの間で三回パンクして、親にはパンク修理代は自分の小遣いでまかなってと言われて、一ヶ月五千円のうち修理代の七百円は高かったし、友達に二回目の時にちゃんと直ってなかったんちゃうんって言われて自転車店で私か友達がそう言ったら店主が「この二週間乗れてたんやろ、ちゃんと直ってたってことや、あんたが押しピン踏んだんや」と強い口調で言われ、三回目にパンクした時、そんなに何度も私の行く道に押しピンが針を上向きに落ちてるかなあと思ったことまでが記憶にあったけど、最近、とある話を聞いて、自分の過去の見え方が変わって悲しい気持ちになりました。

 私の過去の記憶の中を辿ると、そういえば友達が、あのあと、そんなに何回もあなたの自転車だけパンクするのはおかしいから誰かに針を刺されているのではないか、と言ったような記憶が蘇ってきて、今になって悲しくなりました。誰かに恨まれてたってことなのだろうかと。特に何も華々しい活躍をしていたわけでもないのに。

 そういえば中学の時は、一時期嫌がらせをされて、それは賞状とかをよくもらって変に目立ったからだよ、真面目だからよ、と言われ、高校生になってもう絶対にそういうことにならないようにとできるだけ不真面目になるよう頑張っていたことを思い出しました。今振り返ると、それは変な努力だったと思います。

 高校生の時に三回パンク修理をしてくれた店主は(六十歳くらいに見えました)、私のパンク修理の時は嫌そうだったけど、それが終わるとほかのお客さんと楽しそうに話していました。ほかのお客さんとはサイクリング仲間のようでした。高校生向けの自転車など日常使いの自転車も置いているけど、基本的にはロードバイクなどを中心としたお店で、そういう仲間が集まっていたのだと思います。店主は淡い黄色のポロシャツを着ていて、にこにこしながら仲間と話していて、私は、ああ、大人でこんなに楽しそうに生きてる人もいるんだな、大人になるのもまんざら悪くないなって思ったんです。

 パンクは連続三回で終わりました。私は、ちゃんと直してくれたんでしょうねみたいなことを言ったから今度こそちゃんと直してくれたのだ、とぼんやり記憶していましたが、それは、本当は誰かにパンクさせられていたことを直視したくなかったからかもしれません。

 お店の人とお客とが楽しそうに趣味を共有しているような雰囲気が、私が今回クロスバイクを買ったお店にもあります。一緒にレースに出たりツーリングに行ったりしているようです。いつかそこに参加できるように、日々、漕ぎたいと思います。

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