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【書評】『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二【読書感想文】

超能力とも言われる異能を持つ「匿技士」。
そして、その匿技士を集める団体「日本特別技能振興会」。
透明化の能力を持つ君待秋ラは、麻楠との出会いを皮切りに、振興会に所属する事になる。
しかし、ある匿技士の死により、壮大な事件に関わることに___。


詠坂雄二の小説の悪い所を挙げるとするなら、それはキャラクターへの感情移入がしにくいところだ。
決して、小説として必要な心理描写や、キャラクターの個性作りが怠われている訳ではない。
しかし、それを含めて全てが舞台装置でしかないような感覚を受けるのだ。
ストーリーという導線に沿わせる為に作られた、作り物感。
人物というより、まさに作られた"登場人物"。

そのように感じる度合いは作品によって違ったのだが、今作は特にその傾向が強いように思えた。
作品の世界観及び設定が丁寧で、その完成度の高さに鮮やかさすら覚える今作は、反面、どこかぎこちなさがある。
原因は分からない。
可能性の1つとしては、三人称視点の語りが客観的過ぎて、その視点に合わせて読者も、物事を冷酷な視点でしか認識出来なくなっているのかもしれない。
もしくは、作者が賢い故に、登場人物の感情もより複雑化し、一般的な共感が難しくなっているのだろうかとも思ったが、この説はさすがにないだろう。

むしろ、だから、私は個人的に、詠坂雄二の小説を読む時に、その技巧の素晴らしさにしか興味がない。
技巧とは、ミステリーとしての、ストーリーとしての完成度の高さだ。
本作はそういった意味では予想通りとも期待通りとも言える。
つまり圧巻である。

帯に「特殊設定ミステリ好きはこれを読め」とある。
確かに流行っているとはいえ、その流行は限られたミステリオタクのうち、また一部だ。
そんな売り文句で本が売れるわけがないだろう。
と思っていたのだが、本作は紛れもなく特殊設定ミステリの傑作だった。
そういう意味では、このジャンルを堂々と掲げて売りに出したのは、出版社の矜持的なモノを感じざるを得なかった。

つまり、今作の特殊設定における「匿技」が事前にしっかりと全容を明示された上で、それを巧みに謎と解明に利用しているのだ。
「その手があったか!」というタイプの驚きでは決してなく、「そうか、そうだよな、その手があるよな」と納得してしまう、この潔さ。
本格ミステリとしての質で勝負をしに来ているのは間違いないのだが、そのやり方が狡いのだ。
ということで、相変わらずひねくれ全開の傑作ミステリを読ませて貰った。
以下、ダラダラとつまらない事を書く。

相変わらず、この作者はテンションの高い女性キャラが好きだな、と思う。
その手のキャラの登場頻度が高すぎる。
「リロ・グラ・シスタ」「亡霊ふたり」「電気人間」「T島事件」辺り、と言えば、読者はそれぞれ誰かは想像が着くだろう。
それに引き抱え、男性キャラは割と落ち着いているタイプが多い。
このスタイルだけ聞くとどこかラノベチックだな、とも思う。

しかし、それにしても、前々から思っていたが、この作者の知見の深さには恐れ入る。
相対性理論の説明を含む、今作の匿技関連の科学的な分析はかなりハイレベルで、学のない私は着いていくのがやっとだった。
教養レベルの高さを感じずにはいられない。
更に、戦闘シーンの完成度の高さも驚嘆である。
これも、私は武術の経験もない為に、素人の目線でしかないのだが、動きのひとつひとつが極めて論理的に構成されているように感じるのだ。
こういった細かい要素を含めて、全体を通して作者の技巧を感じるのかもしれない。

まだ読んでいない詠坂作品が少なくなってきた。
とても楽しい。






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