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【書評】『アヒルと鴨のコインロッカー』伊坂幸太郎【読書感想文】

主人公・椎名は大学進学を契機に引っ越してきた先で、同じアパートの住人の河崎に出会う。
彼は同アパートに住む留学生に広辞苑をプレゼントする為、本屋を一緒に襲う計画を提案する。
常識的に有り得ない話に困惑するが、しかし、椎名は、決行の日、なぜかモデルガン片手に書店の裏口に立ってしまった。


『アヒルと鴨のコインロッカー』創元推理文庫

今作は東京創元社から刊行される蔵書シリーズ「ミステリ・フロンティア」の第一巻であり、伊坂幸太郎の代表作でもある。
また、国内ミステリーの中ではかなり有名な作品に入る。
吉川英治文学新人賞を受賞しており、更に映画化までされている、既に評判が確立されている作品である。
かくいう私は、今作に対しては、所謂「メジャーな作品」のイメージが強く、持ち前の偏屈さも相まって、なかなか手に取る気が起きなかった。
そもそも、ミステリーとは言えど、本格系ではなさそうだし、エンタメ小説なら間に合っている、そんな具合である。
しかし、ミステリー小説には、教養として読んでおくべき、と思わされてしまう作品が存在しており、今作もそのカテゴリの中にあった。
その為、自らの趣向とは一致しないにもかかわらず、取り合えず読むことにしたという訳である。

さて、物語は本屋の裏口で、店員が逃げないよう見張りをする椎名の描写から始まるのだが、話はすぐに二日前に遡る。
アパートに引っ越してきた椎名は、住民に挨拶周りをする事になるのだが、そこで河崎と出会う。
彼は、同じくアパートの住民の留学生が、ある出来事を機にふさぎ込んでおり、そんな彼の為に辞書を買ってあげたいのだという。
しかし、盗むことはないだろうと椎名は反駁するが、河崎は盗むものにこそ意味があるのだと言い、話にならない。
さて、この意味不明な流れに説明は着くのだろうかと思った矢先、話は更に二年前に遡る。
この小説は、以下、現在(河崎に書店を襲う提案をされる椎名)と、二年前(ペット殺しに出会った琴美と、そのボーイフレンドの留学生ドルジ)を交互に行き来する。

二年前、琴美は、ドルシと供に、車に轢かれ屍体になった猫に出会う。
猫を不憫に思い、公園まで向かい、猫を埋葬する事にしたのだが、埋葬の最中に不審な会話をする男女三人組に出会う。
会話の内容からして、彼らは最近噂になっているペット殺しではないかと推察する琴美。
別れ際、琴美は彼らに悪態をつくのだが、その後、琴美たちの前に再びペット殺し達は現れる。明確な敵意を持って。

ということで、この塞ぎこんでいる留学生が二年前のドルジだろうと推測が着くのだが、リンクする所はそれだけではない。
二年前パートでは河崎が頻繁に登場する。
彼は琴美と付き合ってから一か月で別れた相手であり、性に奔放な遊び人として憎まれ口を叩かれる。
また、琴美とドルジが英語で話すのを咎め、ドルジに日本語を教えようとする。ペット殺しの件にも関心を寄せる。
こうして、段々と物語の全体像が見えてくるという、そんな構成になっている。

今作は、河崎の登場するパートは基本的にそれなりに面白いのだが、それは単に、トラブルメーカーの行動は傍から見るには面白いという心理に基づくものだ。
彼は倫理観が欠如しているのだが、その自由な気風と芯のある立ち振る舞い、気取った言い回しから、そこそこ見ていて楽しいキャラクターになっている。
(なお、他のキャラクターは基本的に平凡なので、魅力はないと思ってもらってよい)

また、序盤は「何がミステリーなのか」が分からない為、中々展開の予想がつかない。
具体的には、そもそも今作の謎に当たる部分はなんなのかが明示されないのだ。
勿論、留学生がふさぎ込むことになった原因だとか予測は着くのだが、しかし曖昧なことに変わりはない。
その為、序盤は退屈に感じそうなものなのだが、物語のテンポはそれなりに早いので、読むのが苦痛とはあまり感じなかった。

さて、最後まで読んだ感想としては、そこそこ面白かったというのが正直なところだ。
肝心の本作一番の仕掛けは、幾つかの不自然な点からある程度予測が着いていた為、あまり驚く事はなかった。
また、物語として伏線はそれなりに上手く回収されているようには思えたのだが、その1つ1つはそこまでパンチは効いておらず、まあこんなもんかといった具合である。
しかし、凄いのはむしろ回収した伏線の量ではないか。
やはりこの手のミステリーにありがちな二度読み必至の作品になっている。

【ここからネタバレ有り】
以下、この小説のミステリー部分に対するネタを割る。

【閲覧注意】



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叙述トリックに関しては他に優れた解説を見つけたので、今回は他サイトに記述のなかった河崎(ドルジ)の事件当夜の行動について軽く纏めよう。

まず、事件当夜に河崎が実際には別の事をしていた可能性は
・河崎からしたシンナーの匂い
・河崎の靴の汚れ
・本屋に警察が来ておらず、様子も変わっていない事
等から容易に推察できる。
問題はここで何をしていたかだが、これは結局読んでいる最中には分からなかった。
しかし、読み返すと、江尻が薬物をやっていたという書店員の証言から、真相はそこそこ推測可能なのではないか。
問題はペット殺し=江尻と結びつく論理だが、

そういえば俺、親父の店を継がなくちゃいけねえんだよ、と男が嘆くのも聞こえた。(中略)「いいじゃんか、店長じゃん」

文庫版41p

とあるので、書店員との会話からこの等式が結びつく。
正直、こんな描写覚えてねーよと悪態を着きたくなるのだが、まあこれは単に推理読みとして私のレベルが低い事の証左だろう。

と、このように見てみると、本作はかなりしっかりとした構想になっているのがよく分かる。
途中感じた違和感を、違和感のままにせず真相解明に昇華させたかったのだが、それが出来なかったのが悔しいところだ。


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