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2024石川・福井旅行記その2

2日目:片山津~山代~山中~芦原

 片山津温泉の民宿で目覚めた。ぐっすり寝られた気がする。
 この日は朝から忙しかった。というのもどこかでコインランドリーに寄りたかったからだ。車を持たないバックパッカーである私は荷物を最低限にする必要があり、着替えなども多くは持っていない。2日なんとかやりくりできるだけの量を持ち、使った服をランドリーで洗濯・乾燥させ、また着るつもりだった。
 なので今日の予定一発目は洗濯だ。調べておいた近くのランドリーに洗濯物を持って向かう。
 朝の片山津はとても心地よかった。暑すぎもせず、寒くもない。大通りを歩いているので車が何度も横を通り過ぎるが、聞こえる音はそれだけだ。
 そしてなんといっても空が広い。都会で働いていると心がすさんでしまうのは、空が狭いというのも原因の1つにあるんじゃないかと思う。この日は曇りで白山の威容は拝めなかったが、見上げた空の大きさに足も軽くなった。
 しかし問題がここで1つ持ち上がる。加賀温泉駅行きのバスまであと1時間ほどだったが、ランドリーに着いて乾燥までの時間を調べたらちょうど60分だと表示されていたのだ。これではバスに間に合わない。仕方なく洗濯せずに宿に帰ることにした。よって2日目の最初にしたことは、ただ汗臭い荷物を持って散歩をしただけだ。これからも散々歩くというのに。

 宿に戻って身支度を整え、挨拶をして出発する。
 今回の宿も当たりだった。片山津の民宿さつき。前日は遅いチェックインだったものの、主人らしき年配の女性が快く迎え入れてくれた。6畳の部屋はきれいに片付き、ポットの湯も温かく、布団も清潔だった。そして格安。一人旅でまた片山津に来るときは利用するかもしれない。
 そういえば地震の影響もそれほどないように見えた。女性お一人で切り盛りされているようで大変そうだったが、ぜひ続いてほしい宿だ。

片山津の民宿さつき。良い宿でした

 バスで加賀温泉駅に着くと、ほどなくして別のバスに乗り今度は山代温泉へ。
 山代温泉バス停で降りれば総湯は近い。しかし、いったんスルー。ちょっと先にあるコインランドリーへ向かう。
 洗濯20分、乾燥15分ほどだっただろうか。やはり個別に行ったほうが速い。カラカラに乾いた洗濯物をバッグに詰め込んで山代温泉に戻る。
 山代温泉の総湯は2種類ある。総湯、そして古総湯だ。2か所とも入ろうと思ったが時間がなさそうなので古総湯だけ入ることにした。
 大きなホテルや商店街を見つつバス停から歩いていくと、いきなり広い場所に出る。その中央に鎮座するのが山代温泉古総湯。しばし外から眺めたり写真を撮ってから中へ。
 券売機でチケットを買うようだ。いろいろボタンがあるので見比べていると、横から管理人らしきおばさんに声をかけられた。
 細かい内容は忘れたが、「なんもないよ。お風呂だけ。それでもいい?」みたいなことを言われた気がする。ぶっちゃけすぎだろとは思ったが、クレーム対策の一環でもあるのだろうか。しかしなんともアクが強い。田舎の観光地あるあるだが、雑というか直球というか、商売っ気のない商売人と出くわして面食らうことがある。かといって学生バイトのような軽薄さがあるわけでもない。重ねた年月によって最適化された姿がそれなのだろう。
 こっちですよと案内されるまま中へ。そしておばさんは奥の引き戸を豪快に開けた。
 そこは脱衣所兼浴槽だった。1人の男性が素っ裸で湯に入っている。おばさん、さすがに「失礼」とか「あらすみません」とでも言うのかと思ったら「湯加減どうですか?」ときた。すげえ、躊躇がない。
 まあスーパー銭湯とかでも女性の清掃人が堂々と男性の脱衣所に入ってくることもあるが……。ざっくばらんな対応に思わず笑いそうになった。
 おばさんの言ったとおり、古総湯はシンプルな造りだ。脱衣所すら浴槽の横。かろうじて腰まで隠れるほどの仕切りがあるが、それだけだ。荷物置き場も扉などない。よって鍵もあるわけがない。貴重品が気になるなら前もってどこかのロッカーに預けておくのをオススメする。
 しかし湯は気持ちよかった。壁の一角にきれいなステンドグラスが誂えられていて、そこから入る光が湯面にも映り込む。そのゆらゆらした多彩な光を眺めながらしばらく1人で浸かっていた。
 なんだか幻想的な、贅沢な時間を過ごせた。おばさん、ありがとう。いい湯加減でした。

山代温泉古総湯。2階には休憩所もある

 朝から何も食べていなかったので、近くのカフェに寄ることにした。
 「はづちを茶店」という名前。近くにある服部神社の神様「天羽槌雄神あまのはづちをのかみ」が由来のようだ。ぜんざいでも食べようかと思ったが、加賀パフェなるものに目を引かれて思わず注文。
 加賀米のポン菓子や、近くの牧場で作られたアイスなどが盛り付けられている。一緒についてきた加賀棒茶もおいしかった。それに器などがいちいちきれいなのも心憎い。満足して茶店を後にし、せっかくなのでと服部神社と薬王院温泉寺にお参りして、またバス停へ。

加賀パフェ。甘ったるくなく大人でもいただける。ほかの客も頻繁に注文していた

 山中温泉は、文字どおり山の中にある。場所は山代温泉のさらに南。バスで行けばそれほど時間はかからず着ける。
 総湯の場所を確認してから東の山沿いへ。ここに来た理由は温泉だけではない。鶴仙渓かくせんけいという渓谷があり、そこを歩いてみようと思ったのだ。
 「あやとりはし」という曲がりくねった橋から「こおろぎ橋」まで。距離はそれほどでもない。川床という野点が楽しめる場所を通り過ぎ、耳が安らぐせせらぎを聞きながら歩を進める。今回の旅は基本的に温泉や街中がメインだったが、やっぱり歩くなら山や渓谷がいい。

あやとりはし。ぐにゃあ~って感じの橋
鶴仙渓。舗装されていて歩きやすい

 ほどよい疲れを抱えながら山中温泉総湯へ。
 こちらは「菊の湯」という名前が付けられている。松尾芭蕉が詠んだ句「山中や 菊はたおらぬ 湯の匂」からきているようだ。芭蕉もこの山中温泉に長く逗留したという。こういう背景を知るとありがたみが増すし、プラシーボ効果で回復力もアップするような気がする。
 途中、ゆげ街道という街並みを歩いたが、とても山の間にあるとは思えない絢爛さだった。旅館、飲食店、土産物屋などが、よく整えらえた道の両側に目移りするほど並んでいる。鶴仙渓や栢野かやのの大杉など景勝地と組み合わせたら、ここで1日余裕で過ごせるだろう。総湯を目当てに短時間だけ寄るのはもったいない気がした。しっかりと観光地だ。甘く見ていたことを反省したい。
 総湯は男湯と女湯が隣り合ってはいるが別の建物だった。男湯ののれんをくぐると、広い脱衣所がある。こちらは鍵もちゃんとかけられるタイプだ。
 浴槽のほうもかなり大きかった。ジェットバスのような泡が中央の柱から四方に噴き出している。人の入りも結構あった。雰囲気的に地元の人が多かった気がする。
 和やかな会話をBGMにしながら足の疲れを癒やす。足を伸ばせる風呂って最高だ。肩まで浸かり、足だけ浸かりを何度か繰り返して浴槽を出た。

山中温泉総湯 菊の湯。奥側に見えるのが女湯

 またバスに乗って加賀温泉駅へ戻る。
 ここで予定を変更。本来は電車に乗って近くの大聖寺駅で降りるつもりだったが、時間がなくなったために後回しにすることにした。
 実は最終日、4日目の予定を決めていない。3日目までにやり残したことが必ずあるだろうから、それを消化するための時間に充てようと思ったのだ。
 よって大聖寺を通り過ぎ、ついに福井県へ。自分にとっては初の福井だ。電車の乗り換えとかもなかったので入ったことにすら気付かなかったが。
 芦原温泉駅で降り、またバスを待つことに。同じくバス待ちの人たちの話を聞いていたら完全に関西弁だった。観光客だろうか、しきりに中日ドラゴンズが今日の試合で負けていることを嘆いていたが。しかしそんなことすら新鮮に思えてくる。東京じゃまず見ない光景だ。
 バスに乗って温泉街近くの駅、あわら湯のまち駅に向かう。
 ここで自分によく言い聞かせておきたいことがある。バスに乗るときは支払いがどうなっているのかしっかりと確認しろ、ということだ。
 初日の金沢周遊バスはフリーパスを窓口で買ったのでそれを使えばよかった。加賀温泉駅のバスはSuicaなどが使えなかったが、VISAのタッチ決済で支払いができた。
 そして芦原温泉駅のバス。こちらは現金で支払った。もしかしたら支払い方法がほかにもあったかもしれないがよく覚えていない。とにかく現金で支払うときは整理券が必要だから、乗るときに気を付けろと言いたい。こういったことはキャッシュレスに慣れれば慣れるほど忘れるので、どこかでポカをやらかすかもしれない。あとバスから降りる際は意外と後ろからのプレッシャーがかかるので、支払いの段で焦らないようにしておけ。

 あわら湯のまち駅前はきれいに整っていた。温泉街は駅の北側が中心のようだ。広場があり、湯けむり横丁というこじんまりした飲食店街もある。伝統芸能館のスピーカーからは曲が流れていた。芦原の芸妓さんが踊るときの曲だろうか。
 こちらも新幹線延伸に合わせたのか、街自体が新しい感じがする。日も暮れて、旅館が連なる道に灯る街灯が旅気分を盛り上げてくれていた。
 少し外れの旅館を予約していたのでまた歩く。途中ドラッグストアに寄り、部屋で一杯やる準備を整えてからチェックイン。
 2日目の宿は大きな旅館だ。3泊の旅程だと、1日ぐらいは豪華な宿を入れてみたくなる。
 思い切って予約したのは美松という旅館だった。ビジネス向けのシングルルームで、部屋の中身はほとんどビジホに近い。とりあえず荷物を下ろしてまたコインランドリーを探す。洗濯物を出すと同時に、素泊まりで宿をとったので夕食をどこかで済ませることにした。
 グーグルで評価の高い居酒屋へ。居酒屋と聞いて、自分は安い居酒屋の内装を想像していたが、思いのほか小さい店だった。しかも人がいっぱいで座れない。店員さんが気を使ってカウンターに招き入れてくれた。両脇には常連さんらしき客。完全アウェーだ。
 しかし場に呑まれるわけにはいかない。この年でおどおどしていたらキモいだけだ。最初はビールを注文。適当につまみも頼む。
 驚いたのは唐揚げを注文したときだった。700円ほどだった気がする。その値段だったらちょっとした小皿に3つ4つぐらいでも文句は言わないが、出てきたのは大皿、でかい唐揚げが6~7個のっていた。
 受け取るときに一瞬動きを止めかけたが、努めて冷静に振る舞う。しかし、でかい唐揚げが目の前にある事実は変わらない。
 食べてみた。思いのほか食べられる。というより、うまい。マジか、これ東京の居酒屋なら倍の値段はするだろと思いながら食を進める。グーグルの評価が高いのも納得した。こりゃいい店だ。
 ほかにもいろいろ頼んだが、唐揚げと、最後に頼んだおにぎりが特においしかった。アウェー気分など関係ない。私は真っ向から立ち向かって勝利したのだ。
 最後、支払いのときにも驚いた。6,000円は超えただろうと思っていたら4,000円ほどだったのだ。安いし、うまい。この店が新宿にあったら、頻繁に名前を変えるぼったくりの店など駆逐してくれるだろう。まあこの場所にあるからこの値段で出せるんだろうが……。ともかく満足の食事だった。
 ランドリーに出した洗濯物も回収し、宿へ戻る。あとは風呂に入って寝るだけだが、その風呂もまた豪華だった。太陽殿という大層な名前の風呂だったが、その名前にも負けないほど立派で開放感がある。日が出ているうちに入ればもっと感動しただろう。

 そんなこんなで2日目の旅程を終えた。
 しかし初日よりもツッコミどころが多い。そもそも詰め込みすぎだ。
 なぜ1日に3種類の、全く別の場所にある温泉に入ろうと思ったのか。別にコンプしたところでトロフィーがもらえるわけでもないのに、片山津、山代、山中という加賀の三湯に入り、最後には芦原にも入った。それぞれの温泉地で1日使ってもおかしくないのにだ。
 あと食事のペースが偏りすぎ。夜の居酒屋に入るまで、食べたものといえば加賀パフェだけ。つまりはポン菓子のカロリーを燃やしながら鶴仙渓を歩いていたわけだ。実は山中温泉総湯辺りで腹はしっかり減っていたが、空腹はいったん忘れるとどうでもよくなるらしい。
 でも言い訳をさせてもらえば、私の旅におけるプライオリティーは「景勝地・温泉」が上位で「食事・宿」はそれより下位に位置する。こうした優先順位というのは人によって違う。だから全く価値観の違う相手と一緒に旅をしても窮屈な思いをするか、不満足に終わるだけなのだ。
 しかし一人旅だとどうだ、もう思いっきり偏らせても問題ない。だから傍から見ると「なんでこんなスケジュールなの?」と思われるかもしれないが、自分にとってはこれが一番の旅程なのだ。
 ……と言ってはみたものの、やっぱり行き過ぎは良くない。特に今回寄った場所はそれぞれ魅力的で、深掘ればわんさか魅力が出てくる観光地ばかりだった。再訪の際はもっとじっくり1か所にとどまってみようと思う。
 そしてツッコミどころがもう1つ。なぜ自分は居酒屋でがっつり食べて飲んでをやったのに、ドラッグストアで酒やスナック菓子を買ったのか。どちらも荷物になるので持ち歩くことはしたくない。食うしかない。
 胃腸に若干の不安を抱えながら、旅は3日目へと続く。

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