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無職日記その13

 退職して5か月半。
 現在の心境を書いていく。

1:みんなサボろうぜ、責任は取れないけど

 「人間の心が一番心が折れやすいのは、自分がやっていることの意味や価値がわからなくなったときだ」みたいな言葉をSNSなんかでよく目にするけど、これは全くそのとおりだと思う。

 自分も、まさにそうだった。若いころは意気軒昂に「仕事をこなす、乗り越える」という心意気でやっていたものだ。それがいつしか「その日のノルマをただ埋める」という行為にすり替わってしまった。待ち構えている仕事に対して能動的に、精力的にあたっていたのが、似たような日々の繰り返しの中で、ひたすらに受動的になっていた。
 前向きな努力と改善じゃなく、とにかく失敗しないように、立場を悪くすることのないようにという後ろ向きの気持ちが強くなって、しかしそれでも仕事だから頑張ろう、自分がやらないと誰かに迷惑がかかると思い込んで、じりじりと自分の心を追い詰めてしまっていた。
 で、限界が来た。恐らくあのまま同じ環境で働き続けていたら、50歳になる前に心身のどこかに異常をきたしていただろう。別に仕事の内容や会社が悪かったわけではない。いわゆるミッドライフ・クライシスってやつに自分もなってしまったのだ。そして現在は仕事を辞め、労働のために犠牲にしてきた時間を後追いするようにかみ締めながら生きている。とはいってもゲームとか映画とか旅とか、あまり建設的とは言えない時間の使い方だけれども。
 
 仕事を退職して半年弱、ここまでの無職生活の感想を大雑把に言うと、「時間の進みが遅い」「豪快に旅ができる」「しかし常に不安が付きまとっている」「税金が高い」などが挙げられるが、一番の感想としては、「それでもなんとか生きていける」というのがある。
 もちろん人によって立場は違うので一概には言えない。結婚などしていたら即座に仕事を探さなければならなかっただろう。
 それでもまあ、この人生で悔いはない。先のことは全然見通せないが、「脳死状態で雇われを続けていたころよりはマシ」と、はっきり言える。
たとえ同じ仕事に復帰したとしても、今過ごしている時間を無駄だったとは思わないだろう。ちょっと決断すれば、全く違う人生が待っているのだと思えただけでも価値がある。もっと豊かな時間を生きていいし、誰かの意見に左右されすぎなくてもいい。税金は高いけど、こんなにいい国に生まれたんだから、もっと楽しまないと損だ。

 というわけで今後も堂々と人生をサボっていく。若いころの意気軒昂さを取り戻せたら、重い腰をゆっくり上げようと思う。

2:サブスクに時間を奪われすぎている

 現在契約している娯楽系サブスクは、アマゾンプライム、YouTube、そしてXboxのゲームパスなんだけど、これでひたすら時間を浪費してしまっている。
 特にゲームパスがいかん。そろっているソフトラインナップが優秀すぎる。この間まで『ヴァンパイアサバイバー』をやっていて、やっと飽きてきたかと思ったら、『Starfield』のアプデがもうすぐ来るというのでまた最初からやり直し、丸々3日ほど費やしてしまった。
 YouTubeは言うまでもない。今や公園を散歩するときだって利用している。当然画面は見てないけども。それにアマプラも続々と見たい映画がやってきてキリがない。新作だけじゃなく、昔のアニメなんかも見てしまって時間が全く足りない。

 本音を言えば、この時間を読書の時間に切り替えたい。画像を伴ったものよりも、純粋な文章だけの本のほうが身につくものが多い気がする。そういったものにもっと時間を使いたい。
 実際、これでもマシになったほうなのだ。昔はDAZNを契約していて、サッカーやWWEなんかをひたすら見ていた。見ているときは楽しいけど、それを見たことで何か得られたものはあるかと問われたら、正直ポジティブな返答ができない。

 なんにしろ、魅力的なコンテンツが多すぎて頭が回らない。24時間で1日とするんじゃなく、サブスク用にあと2時間くらい欲しい。そうしたらもっと人生を楽しめるのになあ。
 でもそんなわけにもいかず、結局は睡眠時間を削るしかなくて、翌朝の寝起きも悪くなる。そして何もする気が起きないからまたサブスクに逃げる。
 いかんなあ。楽しいけどね。

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