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11:デイサービスとショートステイとグルテンフリー

通っているデイサービスは、小規模で家庭的なところで、新しく始める場所にどうぞと誘われて行き始めた。週3回、9時から3時までなので、ちょっと短い。しかし、本人が嫌がらずに行ってくれるので大いに助かっている。ケアマネージャーは、ショートステイも取り入れて、映子に休む時間を作るよう提案してくれた。
初めてのショートステイ2泊3日、大吉がいないと思うと不思議な感じがした。夜、緊張しながら寝なくて済むのは、4年ぶりだった。現実感がなく、ふわふわして何をする気にもなれなかった。ショートステイの間、ゆっくり休んでくださいねとケアマネは言ってくれたが、どう休めば、折れた心を修復できるだろうかと思った。
映画を見に行く、髪を切る、自分のものを買いに行く、どれも行きたいようで行く気になれないのは、やはり、心が折れてしまって、胸に空洞があるからだと思う。以前楽しかったことは、今、楽しいとは思えなくなっていた。とにかく寝よう。安眠するのが一番だ、と映子は思った。それから、庭の仕事をするのだ。土に触れていると、優しさが伝わってくるような気がした。大地を母と表現するけれど、それは本当だ。ガーデニングは人生を豊かにする。それも本当だと思った。その日は、昼寝をして、夜も早くから寝た。沼に沈んでいくような眠りだった。いつまでも、いつまでも寝ていたい。

医者や治療法を探している時、病院ではないが、認知症の改善プログラムを提供している会社があった。そこの動画を見るうちに、一回行って見ようと思い立った。
東京のハズレ五反田までドライブした。映子は、車で東京を走るのがちょっと苦手だったが、高速から環状道路に入ることがでて、そのまま素直に目的地に行くことができた。大吉は、クルマに乗ることが好きらしく、車が走っているときは、比較的静かにしている。だから、家で妄想幻視にほとほと嫌になったときには、ドライブしが気休めになった。気休めにはなるが、ドライブも神経は使う。結局、映子が疲れることに変わりはないのだった。

そこで働く若い人は、大吉の問診をしてから整体に入った。腎臓、膵臓、硬いですねと言い、これはなかなかほぐすのは時間がかかるかもと言った。この会社の動画では、レビー小体というタンパク質が作られるのは、腸である。便秘がちの腸内環境と砂糖のとりすぎなどが、レビー小体を生む原因になる。腸を元気に保つようにしなくてはならない。その為有効な方法が、グルテンフリーという食生活であると語る。

大吉の便秘は、折り紙付きである。
10年くらい前だったか、突然、便が出ないと騒ぎ出し、1日中トイレに籠った事があった。あっけにとられるぐらい突然の出来事だった。下剤はないか、買いに行けとトイレの中から命令し、午後になると、医者に行くと言いだした。医者で、便を掻き出してもらうのか?とこへ行けば良いのだろう?泌尿器科を探して、連れて行った。ものすごく時間がかかって、大吉一人に何人もの看護師が取り巻いているのが薄っすらと見えたが、一体何がどうしたのか、待合室で長い間待たされた。その結果、何がどうなったのか、医者も看護師も誰も説明してくれなかったので、あれはどういうことだったのか未だによくわからない。とにかく、便秘気味なのは、明らかだが。
何かが気になると、そこばかりに集中するという特性。食べものでもあったが、健康診断で心臓の血管が化石化している部分があると言われると、自分は心臓が悪くて死ぬのだと、いつも胸に手を当てて散歩するときもこわごわ歩くといったことがあったなあと思い出した。
便秘気味だからなのか、トイレで排便するときに、家のトイレを使わずに、キャンプ場の屋外トイレを使うことが多かった。わざわざ、歩いて10分くらいかかるキャンプ場の誰もいないトイレを使う。冬は、ものすごく寒いので、それを知り合いに言ったらしく、誰かが暖房便座を、設置してくれたと言って喜んでいた。キャンプ場利用者の中には、キャンプ場のために色々自費で資材提供することが多々あった。自分たちの使う場所を少しでも良くしようという善意の人々が多かったのだ。しかし、秘密主義もここまで来ると、なんだか不気味だった。

薬に頼れない今、グルテンフリーで幻視妄想を少しでも解決できるなら挑戦してみよう。人は、食べたもので作られる。ヴィーガンのすすめなどはよく目にするようになったが、日本でグルテンフリーはまだまだ認知度は低い。  グルテンフリーとは、小麦グルテンを抜くことだった。そして、小麦グルテンを抜くときには、乳製品も抜いてみると体質改善にはとても良いという。

小麦グルテンを抜くということは、映子が好きでよく食べていたものが、ほとんどすべてNGとなる。パン、パイ、たこ焼き、お好み焼き、うどん、ラーメン、パスタ、ピザ、まんじゅう、クッキー、ケーキ、生麩、ちくわぶ、餃子の皮、春巻の皮などなど。見渡す限り小麦グルテンが使われている。ほとんどの外食がだめだ。つくづく、小麦グルテンで出来ているものが好きだったことを痛感した。乳製品は、もともと牛乳が苦手だったこともあって、それほどでもないが、チーズは絶ち難い。これくらいは見逃してもらおう。
しかし、始めて見ると、さほど小麦グルテン製品を食べなくても、やっていけることが分かった。苦痛なのは、スーパーでの買い物である。さあどうぞと並ぶパンやお菓子。お惣菜。餃子や肉まんなど冷凍食品は手軽な食事に活用していたものだったから、ショーケースを見る度、残念な気持ちになる。だが、日本人は、米があるからグルテンフリー向きだともいえる。パン食文化の人たちのグルテンフリーはさぞ大変だろう。主食が無くなるのだから。日本人は、何があっても米さえあれば生きていけるのだ。

食に対するストレスは、思ったほどではなく、6ヶ月が過ぎた。大吉の幻視・妄想は、相変わらずだが、便秘が少し解消したようだった。本来の目的ではなかったが、映子にとってはダイエットにつながり、胃腸の調子もとても良くなった。怪我の功名というべきか。映子にとって、グルテンと乳製品は無いほうが体調は良いということが分かったのだ。始めたら、3年は続けた方が良いという。幻視・妄想に効果が出てくれればと願う。

 人間が老いる、自然な形で老いていく、その流れの中で、認知症もまた老化の流れとして捉えられたら見方が変わるだろうか。病気=薬での治療、と刷り込まれているから人々は病院に駆け込む。でも、西洋医学は、症状に対して薬を出して対応するしか手がないので、痛いなら痛み止め、かゆいのならかゆみ止めを処方してくれるだけ。
薬剤過敏のレビー小体型認知症にとって、どんな薬もせん妄を誘発する。
今までの経験から、今の医療で効く薬は無さそうである。食事を見直すことは有益なのではないかと映子は考えた。
 映子は、今までの食生活で足りなかったもの、海藻類を増やし、砂糖と油のとりすぎに注意した。油も、酸化しにくいもの、オリーブオイルやオメガ3が 含まれるというアマニ油を積極的に使う。マーガリンはもともと使っていないが、大吉が好んで食べ続けた菓子類には含まれている。野菜とタンパク質、水分を一日1リットルは飲むようにして、内臓に溜まった薬や添加物などの毒を洗い流す。時間はかかるが、少しでも、嫌な思いをしなくても済むようにと、寝る時間も割いて必死の思いで勉強し、工夫をした。

その間も、大吉の幻視・妄想は、勝手にいろんな物語を作り出し、映子の行く手を阻むのだった。繰り返されるスイッチの点灯消灯音。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
苛立つ音が一日中続く。台所の食器がいつの間にか鍋と一緒になっていたり、テーブルの上に置いたものが無くなって大吉の机から出てきたり、いちいち言いたくはないが、度重なればついきつい口調になる。本人は、自分がやったことを忘れているので、誰かが隠すのだと言って、映子が不当に自分を責めると怒り始める。映子自身も壊れてしまっているので、すぐに発作的に大声で怒鳴ることが多くなった。もう、空気がギザギザでも構わない、怒鳴るのを止められるのは、死ぬときだけだ。

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