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優しい男と言われたら

「優しい男」と言われたら、

おそらくそれは侮蔑の意。

「優しい男」の意味するは、

つまらん男の遠回し。

「優しい男」という声は、

「次は無いよ」の別れの辞。


最近年上の女性と出かけることがあった。

以前の職場の先輩で、何かとお世話になった人だ。

完全なプライベートで、二人だけで遠くの景色を見に行った。


いきなり向こうから誘われて、ウキウキノコノコ彼女の前に顔を出したのだが、

その内実は胃の痛くなるようなものだった。


女性との会話を勉強し、元カノとは半同棲までした過去がある私だ。

女性との交流の仕方は心得ているつもりだった。

しかし移動中の車内は会話がほとんど続かなった。


女性の話を訊く。余計な口を挟まない。所々で要約し、話を理解していることをアピールする。

車道側を歩く。女性のためにドアを開ける。食事の際は奥の席に座らせて、財布を出させない。

全て実行したつもりだった。


しかし彼女は異常に退屈そうだった。

彼女の仕事やプライベートについて聞いても、あまり話してはくれない。

盛り上がりやすそうな話題を提供しても、すぐに話題は消えてしまう。

会話と会話の間には長い沈黙があり、私はまるで彼女にアンケートでもしているような気持だった。


そんな彼女が帰りの道中で私に言ったのだ。

あなたは優しいから魅力がないの

その言葉で私は頬をピシャリと叩かれた気分だった。


女性の言う「優しい」という言葉がいい意味ではないことはもちろん知っていた。

しかし、面と向かって言われるとは思わなかった。


さらに続けて

あなたには色気がない。言動に華がない

と言われたのだ。


その時の私のみじめなこと。

私は謝ることしかできなかった。

もちろん許しを乞おうとも、許してもらえるとも思っていなかった。

謝ることで相手の印象が悪くなることも知っていた。

でも情けない私の口からは、謝罪しか出てこなかったのだ。


これ以上みじめなこともあるまい。

だったらみじめを重ねてでも問題点を訊いてしまおう。


「僕の何がそんなにダメなんですか?」

情けないのを承知で私は伺い立てた。周囲はもう暗く、帰りの車内で二人きりだ。

「今この瞬間もチャンスなのに……」


その一言に私の心臓は大きく一つ脈打った。

だが私はそのチャンスを活かせなかった。

彼氏がいたらどうしよう。彼女の明日の仕事に差し支えたらどうしよう。

もし家で家族が待っていたらどうしよう。

そんな憶病を正当化する理由をポンポンと挙げ続けた。


結局勇気を振り絞って出たのが、「夕食をごちそうさせてください」だったのだ。

結局私はチャンスを活かせなかった。

彼女は夕食を食べ終えると、疲れたといって帰ってしまったのだ。


おそらく彼女とのデートはもう望めないだろう。

だが今回のことで、私は女性の言う「優しい」という言葉の意味を理解した気がした。

「優しい」とは自分が傷つかないようにするためのエゴであり、優柔不断という意味なのだろう。


あの時何故彼女の手を取って愛し合おうと言わなかったのか。

それは私が憶病だったからだ。

断られるのが怖くて。恥をかくのが怖くて。ちっぽけなプライドが傷つくのが怖くて。


そのあと一人で飲んだコーヒーの味は、ひどく苦いものだった。

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