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短編小説 『性欲モンスターは彼女の結論を理解しかねる。』



 ―――結論から言うね。

 キミは、そういった。





 結論から言うね。

 たとえば朝起きて頭に手をやり寝癖を触って生まれつきの癖っ毛がすこぶるボサボサなのを確認しても別に気にせず隣でまだ寝ているきみのおでこに〝コチン〟とデコちんをぶつけてみたり、差し込む朝日に淡い影を作る丸まったティッシュやゴムなんかをちらけしたまま夜の足跡を見ないふりして半裸のきみの胸をそそそっとまさぐってこしょばしてどの程度の刺激で起きるのか研究してみたり、やっぱり起きないきみに飽きたわたしがぐいんと伸びしてツンとおっぱいを天井に突き上げて今日の朝ご飯は何にしようかと考えながら大きなあくびをしてみたり、立ち上がってカーテンを開けて朝日に反射するうろこ雲のたなびきたる様を見て今日は納豆ご飯だなとなぜか独りで納得してたら後ろからきみに抱かれてしまって、 「―――お腹、すいてんだけど」 と、わたしが言ってもきみの力で押し倒されてしまってゴムももう切れてるしダメといって肉体的欲求を修飾する言葉、責任とるとか、結婚しようとか、愛してるとか、うわべの言葉を並べ立てられ揺らいで流され柔く(やわく)撓んで(たわんで)それでも

  ―――まあ、いいかぁ

 って、そんなふうにおおらかな気持ちでいられる人間に、わたしはなりたい。





 それだけ言うと、一息に喋り倒したキミの鼻息が、 ふすぅー… と音を立てた。まるで「やっと言ってやったぜ」って満足するように。

 キミとボクは、昼下がりの喫茶店にいた。言いたいこといって満足げなキミは、硝子のマドラーを持ち、アイスコーヒーの氷をくるくる回して遊んでいた。

 ボクは言った。

 「つまり、キミはなにがいいたいんだろう? 少々結論が飛躍していて……」

 マドラーを回す手を止めたキミは、なんでわからないの? って、首を傾げた。

 アイスコーヒーの氷が、カランと鳴った。ボクは、グラスを見た。グラスの結露が雫を垂らし、テーブルを濡らしていた。

 キミは言った。

 「結論を、今言ったんじゃないか」 
 「結論とは、〝おおらかでいたい〟ってこと?」
 「わたしの話、聞いてました?」
 「聞いてたよ」
 「ウソ言わないで」


 キミは珍しく怒っていた。
 氷だって溶け始めていた。

 分からないことを分からないということに、なぜそんなに怒るんだろう。

 キミは氷を弄ぶのに飽きたようだ。マドラーをほっぽって、背もたれにもたれ掛かって、キミは形の良い胸を突き出すようにのけぞり両手を挙げた。お手上げのポーズだ。少し憐れんだような馬鹿にした目で、ボクを見ながら、

 〝なんで、分からないの?〟 って。

 キミは言った。

 「結論を、今言ったじゃない」
 「ちょっとわからないな」
 「もう一度言えと?」
 「そうお願いしたいね」


 ため息をついたキミは、テーブルに手をついた。そして、もう一度、キミの話の結論について話し始めた。

 「―――結論から言うね。たとえば、朝起きて頭に手をやり寝癖を触って生まれつきの癖っ毛がすこっぶるボッサボサなのを確認しても別に気にせず隣でまだ寝ているきみのおでこに〝こちん〟とデコちんをぶつけてみたり―――

 また同じ話を繰り返すキミを見て、ボクは何度、キミの同じ話を聞かないといけないんだろうと思った。

 キミは、ボクに言った。

 ―――聞いてます? って。

 ボクは言った。

 「聞いてるよ」
 「ほんとに?」
 「ほんとに」



 『嘘よ。この性欲モンスター。』



 「ついに言ってやった」って満足げな顔をするキミの鼻息が、ふすぅー… と音を鳴らした。

 やれやれ。
 そう思った。

 結局キミはなにを言いたいんだ?
 キミの話の結論が、ボクにはまだわからない。




[おわり]

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