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【ベ序3】ベルリオース篇序章③

「何だ!? 一体何がどうなっている!?」

物資保管庫の警備に当たっていたドワーフ兵のひとりが、彼方で上がる黒煙を確認しそう声を上げる。

彼らは、混乱していた。

それも無理からぬこと。かつてない規模で襲撃を仕掛けてくる筈の抵抗軍に備え、緊張感を維持しながら待機していた。

だが待てども抵抗軍は現れず、かと思えば突然の爆発音だ。

「あの方角は……」

「ーーーー武器庫か!!!!」

ーーーーそう。その朝、抵抗軍はドワーフ軍が待ち受けるどの物資保管庫にも現れなかった。

代わりに彼らが大挙して押し寄せた場所。それが、ドワーフ軍の武器庫である。

武器弾薬の貯蔵施設であるそこは、ドワーフ軍にとって物資保管庫などとは比較にならない最重要にして最厳戒設備。最精鋭の警備に無尽の武器。本来なら抵抗軍には手も足も出ない目標だ。

だが今は、今だけは違う。ドワーフ軍は、物資保管庫を重点警備するため、王都各所から人員をかき集めた。武器庫の警備とて、例外ではない。

本来なら、いかなる事情があろうと警戒レベルを弱めて良い施設ではない。それが武器庫だ。

だがこの朝だけは例外だった。『反乱軍壊滅』。ドワーフ軍は、その誘惑に勝つことが出来なかった。

攻撃してくる反乱軍の全戦力。ドワーフ軍は、それを返り討ち、壊滅させ得るだけの兵力を何としても集める必要があった。

だが情報がもたらされたのが直前夜。部隊を編成している時間は無い。彼らには、既に稼働中の兵力を転用する以外の選択肢が無かった。

一晩限りの例外。それゆえ武器庫警備兵力の分割が認められた。そうせざるを得なかった。すべては抵抗軍の罠であるとも知らずに。

武器庫を警備するのはドワーフ軍の中でも精鋭。だがこの朝は、その人数も半減。抵抗軍は数の力でそれを押し破った。そして武器庫の入口を破壊した抵抗軍は庫内へ侵入。それぞれが分担して、中の武器を鞄へと詰め込む。

陣頭指揮を執っていたフルーチェは、入口爆破からの経過時間を計測していた。こう云う時、時間を正確に計測できる魔術は便利だ。

彼女は周辺のドワーフ兵たちが、どの程度の時間で集結してくるかをこれまでの経験から予測していた。そして。

「時間よ!!!!」

フルーチェの叫びに、庫内で武器の回収に当たっていた構成員たちが即時撤退を開始する。

これらの行動はすべて事前に、綿密なシミュレーションと妥協を許さないリハーサルによって時間管理が徹底されていた。

武器が一杯に詰まった鞄を抱えた構成員たちが、それぞれ別々の方向に一斉逃走を開始する。それら逃走ルートは、すべて事前にフルーチェから指示されていたものだった。

そして逃走の途中のポイントで、武器入りの鞄を投棄する。ある者は廃屋の中に隠匿し、またある者は橋の上から水路へと放り投げる。これらの行動も場所もすべて、事前にフルーチェから指示を受けていた。

投棄後はそのまま逃走を継続。一方で投棄された武器は、待ち構えていた回収班が確保。何食わぬ顔で本部へと持ち帰る。

最も早い近隣のドワーフ部隊が武器庫へと到着した時、抵抗軍の姿は何処にも無く倒れた警備兵の姿のみ。そして爆破された扉の中、武器庫内はほぼ空の状態だったーーーー。

この報を聞いたペリデナ女王は脳内の血管が切れるのではないかと心配になるほどこめかみや額に血管を浮き上がらせ、真っ赤な貌で怒り心頭だったと云う。

そして管理責任者数名の首が飛んだ。役職を罷免された、と云う意味ではない。文字通りの斬首だ。

一方、見事にドワーフ軍の武器を奪取した抵抗軍本部は、にわかに祝勝ムードで浮き足立っていた。ささやかながら、祝杯を挙げている者も居る。

そこに帰還したフルーチェを迎え、老騎士レクトが大きな声で宣言する。

「皆! 今回の作戦のすべてを立案した参謀にして、作戦成功の最大の功労者、我らが知恵袋フルーチェ殿のご帰還だ!」

レクトの声に呼応して、皆が拍手でフルーチェを迎える。だが、彼女は。

「何云ってるの? 最大の功労者は私じゃあない。いちばん危険な役回りを文字通り演じきった、彼でしょ?」

そう云ってフルーチェが指し示す先。穏和な表情を浮かべた平凡な容姿の中年男が、突然のフルーチェからの紹介に戸惑っていた。

「皆にも紹介するわね。『狡賢い小悪党の商売人』改め、シャストア神官の俳優、メズリさんよ」

フルーチェの紹介に皆がメズリに注目し、拍手を送る。当人は皆の注目にくすぐったそうに照れながら、頭を下げている。

そう。メズリは役者だ。見目麗しい美男美女がひしめく演劇界に於いて、平凡を絵に描いたような地味な容姿の彼は一見すると確かに目立たない。

だがそれは素人の評価だ。メズリはその確かな演技力によって、大富豪シュトラが主催する劇場に於いて常連で出演するほどの優れた名脇役(バイプレイヤー)なのだ。

ちなみにシュトラ主催の劇場に出演することは、ベルリオースの演劇界に於いてはこれ以上ない栄誉のひとつ、とされている。そこの常連と云うのだから、メズリの役者としての実力は推して知るべし、と云ったところか。

放浪時代、フルーチェはシュトラの劇場で観劇の機会が何度かあった。その時にメズリのいぶし銀のような演技に魅了され、すっかりファンになってしまったのだ。

だが軍事クーデターにより状況は一変する。

ドワーフとは、青の月のみを信仰する種族。それゆえ元々の性格が、赤の月の娯楽に対し否定的なのだ。

ましてペリデナ女王やその支持者は、がちがちの青月信者だ。彼女の施政下では劇場は勿論、他にも大富豪シュトラが経営する闘技場、カジノ、酒場、娼館と云った娯楽施設もその存在を認められず、ことごとく閉鎖されていった。

そうしてメズリは自身の働く場を、何より人々に娯楽を取り戻すためにドワーフ女王と対峙する道を選択し、抵抗軍へと加入してくれたのだ。

そして今回の武器庫襲撃作戦。すべての計画を描いたのはフルーチェであるが、それにはメズリが、いや彼の演技力が不可欠だったのだ。

フルーチェの計画にはまず、抵抗軍の裏切り者が必要だった。抵抗軍に入った目的も利己的、性格も卑俗で、ドワーフたちに軽蔑されるような者が良い。

メズリはその役を見事に演出した。表情や仕草を少し変えるだけで、本物の小悪党にしか思えなかった。本当に抵抗軍を裏切ったのではないかと皆に思わせるほど(実際にはフルーチェの演技プランに則っているのだから、そんな筈は無いのだが)、彼は完璧な演技をしてくれた。メズリと顔を合わせ言葉を交わしたドワーフは皆、彼が利己主義の守銭奴であることを、疑いもしなかっただろう。

そしてかねてより抵抗軍の内部情報を欲しがっていたドワーフ軍に、彼を接触させるのだ。具体的には規制された裏の商売を行っていたメズリを、ドワーフ兵に逮捕させる。情報をタレ込んだのも勿論、フルーチェの差金だ。

この時点でもしもドワーフ兵が、メズリが俳優であることを知っていたらそこで計画は破綻だった。だが赤の月を毛嫌いするペリデナ女王とその支持者たちが、観劇をしているとは考え難い。フルーチェには勝算があった。

そして実際、ドワーフ兵たちはメズリのことなど知りもしなかった。ファンとしてのフルーチェには許し難いことであったが、今回ばかりは好都合だ。

取調べでメズリは我が身可愛さに、色々なことを喋る。自分は商売のために抵抗軍に参加したのだと。もしも見逃して貰えたら、抵抗軍について知っていることを洗いざらい話すと。

軽率だが、忠義心の欠片も無い。ドワーフたちとしては好きにはなれない人物だ。が、情報源としては適した人材だ。万一切り捨てる事態になっても、少しも心が痛まない。

フルーチェとしては、メズリが情報源として採用されるかが最初の賭けだった。だが彼女は見事に勝った。

メズリは抵抗軍としては新参の末端(と云う設定)だ。得られる情報にも限りがあり、彼のもたらす情報で出来ることは抵抗軍の物資補給の阻害と云う小さな成果だ。ドワーフ兵の中に、失望と落胆が徐々に広がる。だがこれすらも、フルーチェの仕掛けた布石だ。

ある日とうとうメズリが大きな情報を運んでくる。これまで抵抗軍の物資補給を阻んできたことで、抵抗軍の備蓄食糧が逼迫していると、これまでの活動にストーリーを持たせる。食糧問題を一気に解決するために、抵抗軍は大きな作戦に打って出る。軍の物資保管庫を同時多発的に襲撃するのだ。

普段であれば無謀で荒唐無稽な作戦だ、そんな作戦が実行される筈が無いと一笑に付されるだけだろう。だがここで、これまでのストーリーが活きてくる。

大規模な作戦のため、抵抗軍のほぼ全戦力が投入される。メズリのような末端がこの情報を知り得た理由にもなる。

抵抗軍が想定外に粘り続けるため長引く抗争に苛立つペリデナ女王を前に、配下のドワーフ軍にとってはこれ以上ない朗報だ。功を焦る彼らは抵抗軍を一網打尽にできる千載一遇のこの機会を、何としても逃したくない筈だ。

フルーチェの狙いは最初からドワーフ軍の武器庫だった。だが守りが堅過ぎる。何とかして警備の戦力を削る必要があった。

今回フルーチェが企てた物資保管庫同時襲撃と云うブラフを前に、抵抗軍を壊滅させようと思えば王都中から戦力をかき集めるしかない。

問題は、武器庫の警備の人員をも割いてくれるかどうかだ。この点はフルーチェにとってもやはり賭けだった。少なくともフルーチェがドワーフ側の立場なら、武器庫の警備には手を出さない。

決行前夜のぎりぎりまで、斥候役に武器庫の警備体制を確認させていた。もしも警備体制が変わらなければ、作戦を中止するつもりでいた。

だがここでもフルーチェは賭けに勝った。武器庫の警備は半減していたのだ。この時点で、作戦は9割方成功だった。

「誰よりも危険を犯したメズリさんこそ、今回いちばんの功労者よ。メズリさん、改めてお礼を云わせて。今回勝利できたのは、貴方のお蔭よ」

「皆さんのお役に立てたのであれば、光栄です。ですがこれであっしはドワーフ軍に面が割れてしまいやした。同じ手は二度と通用しないでしょう。残念ながら、あっしの出番はここまでですかな」

「何云ってるのメズリさん。貴方の力はまだまだ必要よ。でも今日のところはゆっくりと休んで、疲れを癒してね」

フルーチェの慰労を受け、メズリは笑顔を浮かべながら果実酒を呷る。

ーーーーと。そんなフルーチェの元へ、抵抗軍のリーダー・ビナーク王子が近付いてきて、彼女に声を掛ける。

「フルーチェよ、やはり其方(そなた)しか居らぬ。聡明で凛と美しく、行動力も指導力もある。事が成った暁には、是非我が妃となってくれぬか?」

ビナーク王子の求婚(プロポーズ)に、フルーチェは盛大な溜息を吐くと。

「あのね王子さま。王妃の最も重要な仕事って、何だか判る?」

と訊ねる。

「王を、つまり私を愛することか?」

「阿呆。世継ぎを産むことよ」

仮にも王族を阿呆呼ばわり。世が世なら不敬罪で切腹ものだ。王子のすぐ後ろに控える老騎士レクトも苦笑い。尤も王子自身は、さして気にもしていないようだが。

「私は魔術師(ウィザード)。子どもを産むことは出来ない。最も重要な役割を果たすことが出来ないのよ。と云う訳で、そのお申し出は丁重にお断りするわ」

云いながら、フルーチェが掛けていた眼鏡を外し、胸ポケットへと納める。すると不思議なことに、たった今まで茶色だった彼女の髪は白へ、瞳は紅玉色へと変化していく。

そう。フルーチェは魔術師なのだ。どうやら彼女の掛けていた眼鏡には印象操作の魔術が魔化されていたらしい。

元々は、王族がお忍びで外出したりする際に活用する魔法具だ。だが魔術師の容貌は目立つと云うことで、現在はフルーチェが借り受けているのだ。

けんもほろろな答のフルーチェ。だがビナーク王子も諦めない。

「其方には正妃になって貰いたい。世継ぎなら側室に産んで貰えば良い。これなら何の問題もあるまい?」

だがフルーチェは。

「問題大ありよ。私はね、一途な男が好みなの。だから堂々と他の女に子どもを産ませようだなんて男、お断りよ」

あくまで断る。

「それに王子さま。魔術師に対する一般人の感情は知っているのよね? 王と王妃は云わば国のシンボル。そんな立ち位置に魔術師を据えようだなんてどうかしてるわ。下手をすれば国民の支持を一気に失うわよ? その辺りのことも考えなさい」

「私は別に気にせぬがな」

「国民の支持は気にしなさい! ……全く。レクトさんも何か云ってやって」

フルーチェがレクトに意見を求めると。

「私としては、先ほどの側室案を採用したいところですが」

「お前もか!!」

フルーチェのツッコミが冴える。

(だいたい私、王子よりそうとう歳上なのだけれど)

少なくとも見た目は二十代後半にしか見えないフルーチェ。あえて言葉には出さず、ひとりごちる。そして気を取り直した彼女は。

「まあ、そんな冗談はこの辺にしておいて」

「私は至って大真面目なのだが」

「話の腰を折らないで王子さま。そんなことより、みんな、勝利に浮かれている暇は無いわよ。今回の作戦は、これで終わりじゃない。次の反抗作戦への、布石になっているのだから」

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