【ベ叛4】ベルリオース叛乱篇④
ペリデナ女王の指揮の下、ドワーフ軍が先端技術を投入し最新鋭武器の研究・開発・生産を行う秘密の武器製造工場ーーーー。
抵抗軍は今、その工場付近の森の中に潜伏・展開中であった。
工場を破壊し、ドワーフ軍への武器供給を断つために。最終決戦へ向けての、これは布石であった。
森の中から工場の様子を窺う抵抗軍本部作戦参謀の魔術師フルーチェ。普段、あまり感情を表に出すことのない彼女は今、だがしかし憤怒を露(あらわ)にしていた。工場を観察すると云うよりは、睨み付けている。
「……随分と怒っているようですね、彼女」
そんなフルーチェを少し離れた後方から見つめながら、アルフレッドが囁くようにヨクに話し掛ける。
「仕方ありマセン。長い間トモに闘い続けてキタ仲間を喪ったのデス。私ハ怒りヨリも哀しみガ先に立ちマスが、それでも彼女の気持ちハ判りマス」
ーーーーそう。フルーチェとヨクはスリーマンセルのチームメイトを喪った。彼、ライアンはラグアト解放戦で、故郷の危機を救うため命を落とした。フルーチェの、手の届かないところで。
「彼女は大丈夫ですか? その……随分と冷静さを欠いているようにお見受けしますが」
アルフレッドの心配にヨクは。
「ああ。その点にツイテは心配要りマセン。彼女は怒れバ怒るほド、冷静さを増しテいくのデス」
「そうなんですか?」
「いえ、冷静ト云うよりハ……怜悧・冷徹・冷酷と云った方ガ、近いカモ……。思考は研ぎ澄まされテいマスが、代わりに敵に対スル人間的配慮ハ欠落してゆきマス。今の彼女ハ理由があれバ敵を躊躇なく殺スでショウ。それも感情的にでハなく、とても合理的に」
ヨクの言葉に、アルフレッドは再びフルーチェの方へ眼を遣る。その背中が、今までとは違うものに思えて。
ぞくり、とアルフレッドは寒気を覚えた。
「それにしても……。ライアンさんはさぞ、無念であったでしょう。志半ばで」
アルフレッドが話題の方向性を少し変えると。
「いえ。怖らく逆デス。ライアンにとって故郷のラグアト解放は、抵抗軍に加入シタいちばんの理由でアリ、悲願でシタ。自らの手デそれを果たし、かつ街の人達ノ心をもう一度ひとつにシタ。人間も、ドワーフもデス。怖らくライアンはこれ以上ないホド満ち足りた気持ちデ死んでいっタのでハないでショウか」
と、ヨク。
「そうなのですか?」
驚くアルフレッド。
「ええ。私ノ知っているライアンならきっと。そしてそのことガ、余計にフルーチェを苛立たせているのでショウ」
「フルーチェさんを? では、彼女の怒りと云うのは……」
「色々デス。仲間を残し、使命半ばにそれデモ1人満足シテ死んでいったライアンにも。作戦段階でライアンの死を防ぐことガ出来なかった自分自身にも。そしてモチロン、いちばんの怒りはペリデナ女王とドワーフ軍に向けられテいるのでショウが」
ヨクがそう語った時。
「みんな、ちょっと集まって」
フルーチェからの呼び掛けだ。アルフレッドとヨクは顔を見合わせると、バートともども彼女の元へと集まって行ったーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「5つめの出入口が見付かったのよ」
工場の出入口は、4つまでが確認できていた。ゆえにフルーチェは集結した抵抗軍を4つの班に分け、各出入口からの同時襲撃を考えていたのだがーーーー。
より詳細な斥候からの情報により、海側に直接開けた搬入口があることが判明した。考えてみれば当然のことだ。
怖らく物資運搬用の船も常時停泊している筈だ。最悪の場合、それを使ってドワーフ軍に逃げられてしまう可能性だってある。
己の迂闊さを呪いながら、フルーチェが頭の中で作戦を再構築していると。
「あの……」
おずおずとアルフレッドが挙手をする。
「アルフレッド? どうしたの?」
フルーチェがアルフレッドに問うと。
「その海側の搬入口、僕とバートに任せて貰っても良いかな? そうすれば、そこまで大きな作戦の修正は必要無いでしょう?」
と、申し出た。
「それは勿論そうだけど……。貴方たち2人だけで? 危険過ぎるわ」
「要は、見張りを惹き付けつつ、彼らの足である船を破壊すれば良い訳でしょ? なら僕らに策がある。いくつか、用意して貰いたい物はあるんだけど……」
そう云って、アルフレッドはフルーチェに、『策』の概要を耳打ちする。
「……なるほど。確かに貴方たちにしか実現できない発想ね。それなら上手く行きそうだわ」
そうしてフルーチェは、改めて抵抗軍本部・支部の幹部たちを集め。
「これより、工場襲撃の作戦をみんなに伝えます」
と、宣言した。
「と云っても作戦の基本骨子はこれまで話していたとおりよ。部隊を4つの班に分け、工場の4つの出入口から同時襲撃を仕掛ける。軍のドワーフたちを1人も工場から逃がしては駄目よ。そして新たに見付かった海側の搬入口については、クラスタで新たに抵抗軍に加わってくれた、アルフレッドとバートにお願いするわ」
フルーチェの言葉に、アルフレッドとバートが頷く。
「それでは班編成を発表します。第1班はビナーク王子を班長、レクトさんを副班長とする王都の本部チーム」
「うむ」
ビナーク王子が頷く。
「第2班は、本部のラグアト解放部隊とラグアト支部の戦士たちの混成チーム」
「亡きライアンに代わって、俺が班の指揮を務めます。抵抗軍ラグアト支部の支部長クロイセです」
ラグアト支部長が挨拶をする。彼はライアンの幼馴染みで、ともにラグアトで生まれ育ったそうだ。ラグアト解放作戦の準備段階で、ライアンが頻繁に連絡を取っていたのは彼だった訳だ。
「第3班はリカルド支部長を班長とする、クラスタ支部チーム」
「よろしくお願いします」
フルーチェの紹介にリカルドが皆に挨拶をする。
「そして第4班は本部のクラスタ解放部隊。班長は、不肖私が務めるわ」
と、フルーチェが指揮を名乗り出る。
「以上よ。今回の作戦は拙速を尊ぶ。準備ができ次第、一斉に出発するわよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
こうして、抵抗軍によるドワーフ軍の武器工場破壊作戦の幕は、切って落とされた。
抵抗軍の接近に驚いたドワーフ兵たちは、すぐに工場の重い鉄扉を閉じ、守りを固めた。
だが抵抗軍は、ラグアトの鉱山で主に岩盤の破壊に用いられるデルバイ神殿謹製の『爆弾』を使い、入口の鉄扉を吹き飛ばした。そして工場内へと雪崩れ込む。
扉だけではない。工場内は壁も床も鉄板を敷き詰めて作られていた。特に床など、全面に亘って段差の無い、フラットな作りだ。
工場内は思ったほど人の姿はなかった。それゆえ、すぐにドワーフ兵たちを拘束することができた。
それもその筈。工場内には各武器の生産ラインができあがっていたが、そこで働いているのはすべてウッドゴーレムであった。
与えられたプログラムに従い、黙々と作業をこなす。疲れも知らず文句も云わず、ミスも無い。考えてみれば、これほど分業にうってつけの労働力は、他にあるまい。
拘束したドワーフ兵が云っていた。自分は、メンテナンス係だと。武器生産ではなく、作業ゴーレムたちの状態管理と保守がその役割だと。
「だからこれほど人員の数が少ないのか……。だが労働力はともかく、警備の数がこれほど少ないのは問題ではないのか?」
実際、こうして抵抗軍の侵入を許している。
「なあに心配は要らん。『あれ』が居る」
拘束されてなお不敵に笑うドワーフ兵。と、その時魔法の警報音とともに、轟音をあげながら近付いてくる何者かの気配が!
やがて曲がり角から姿を現したのは、全長2メルーをゆうに超える、鉄の巨人・アイアンゴーレム。
だがただのアイアンゴーレムではない。両腕に様々な武装を施した『それ』は、フルーチェたちの姿を認めると。
「ーーシンニュウシャ、ハイジョ」
音声出力とともに、凄まじい速度で突進をしてきた!
「<自動機械人形(オートマトン)>!!」
フルーチェが叫ぶ。彼女はその戦闘兵器について、弱点がないかとずっと考え続けてきた。
予想された弱点のひとつが機動性だ。アイアンゴーレムは全身鉄塊であるがゆえに攻撃力・防護点ともに高い。が、鉄塊であるがゆえに超重量となり、移動や動作等に支障をきたす筈だ、と。
だが今、こちらに向かい突進してくるアイアンゴーレムの移動速度は人間の走る速度より速い。それもその筈。奴は、脚を動かしていない。足裏に搭載した車輪を動力で回転させ、その勢いを利用して滑走しているのだ。
(そうか! 工場内の床が段差の無い平坦な鉄板敷きなのはこのためか! <自動機械人形>の重量に耐え得る頑丈な、そして障害物の無い床!!)
すべてが<自動機械人形>の駆動に最適化された工場の構造。
フルーチェにも思うところはある。戦場の地面は決して平坦なものではない。こんな機能では、<自動機械人形>は到底戦場への実戦投入に耐え得る兵器たりえない。
だが、この工場の中では無類の強さだ。
「みんな、避けて!!!!」
フルーチェが叫び、躰ごと横っ飛びに跳ぶ。他の皆も彼女に倣い、どうにか全員、<自動機械人形>の第一撃を躱した。
一行の位置を通過した<自動機械人形>。躰ごとゆっくり振り返るかと思いきや。
上半身と下半身の繋ぎ目がジョイントになっており、上半身だけが180度、くるりと素速く回転した!
「なんだと!!!?」
いや、腰部だけではない。首・肩・肘・膝・股など、人間の関節部にあたる箇所にドワーフ技術の粋を尽くしたジョイントが用いられている。
お蔭で本来アイアンゴーレムにはあり得ない滑らかで素速い動作を可能としている。しかも人間のような、関節可動域の限界も無い。
「ーーシンニュウシャ、ハイジョ」
音声出力とともに、再び襲い来る<自動機械人形>。
(ーーーーまずい! あれだけの攻撃力と堅固さを誇るアイアンゴーレムが、あの機動性で襲って来るとなると! それが複数体居るとなると!)
迎え討つフルーチェの顔に、焦りの色が滲む。
(甘かった! 早く他の弱点を見つけないと! このままではーーーー)
「ーーシンニュウシャ、ハイジョ」
(ーーーー全滅する!!)
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