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【ベ叛10】ベルリオース叛乱篇⑩

「ゴリラ女!! その鉾槍(ハルバード)で、豚デナ女王の錫杖を殴れる!?」

跪いたままのフルーチェがカシアに向かって叫ぶ。疑問と云うよりは指示だが、カシアは。

「容易いさ。任せろ女狐」

そう云って一跳躍で女王<悪魔>へと迫り、王錫目掛け鉾槍で殴り付けた。

がぃぃぃぃぃぃぃぃん!!

鉾槍の力で王錫の魔力が一瞬消える。次の瞬間、場の全員の呪縛が解け、自由に動けるようになる。

「やった! 動ける!」

立ち上がる一同。だが<悪魔>は、すぐに王錫を掲げ再び鳴らそうとする。

「へし折って!! ゴリラ女!!」

「あいよ」

フルーチェの注文(リクエスト)に応え、鉾槍で錫杖の破壊を試みるカシア。だが。

がぃぃぃぃぃぃぃぃん!!

「…………硬ってーな」

カシアの渾身の一撃でも王錫の破壊には至らなかった。

「ありゃ、力尽くでの破壊は無理かもな」

「なら、私の<やわらか斬り>ならどうだ?」

カシアの感想に応え、ビナーク王子が女王の元へ走る!

だが。

「危ない!!!!」

王子を横薙ぎの尾の一撃が襲う!! 間一髪避けられたのは、危険を報せるレクトの叫びがあってこそだった。

後退したビナーク王子がぼやく。

「中々間合いの内へは入らせてくれぬな」

「王子サマのチート剣を警戒しているんでしょうね」

フルーチェが返しつつ、カシアとビナークの2人に指示を出す。

「とにかく、2人は錫杖の破壊を最優先に。攻撃の手を緩めないで」

「何か策があるのだな。あいわかった」

フルーチェの意図を素早く汲み取ったビナーク王子が、再び<やわらか斬り>で斬り掛かる。

「さて……」

一方でフルーチェは、腰の後ろに回した手で『ある人物』にハンドサインを送る。

サインを受け取った人物が、戦場で新たな動きを見せていたーーーー。

アルフレッドとバートは、離れては接近してを繰り返し、<悪魔>の胴体部分に刺突攻撃をお見舞いしていた。だが皮下脂肪が厚く、中々ダメージが通らない。

ーーーーと。

ふたりが『ある動き』に気付いた。そしてその動きを誤魔化すため、より一層女王への攻撃を激しくする。

ーーーーそして!

気付かれぬ間に背中側から女王<悪魔>の躰を駆け登っていたコビトザルのトピが、豚の頭から王冠をかっさらった!!

「やった!! いちばん大事な局面を決めるのは、やっぱり貴方ね、トピ!」

フルーチェがガッツポーズを取る。彼女の分析では<悪魔>の従属の能力は王冠と王錫がセットで核となっている。王錫の破壊が難しければ王冠を、と云う訳だ。

ーーーーそう。フルーチェがハンドサインを送っていた相手とは、ヨクだった。カシアとビナークを陽動として、気付かれぬ間にトピに王冠を掏り盗って貰う。そう云う作戦を伝えたのだ。

戦場での『新たな動き』、そしてアルフレッドとバートが気付いた『ある動き』。それは、トピの作戦行動に他ならない。

トピが王冠を抱いたまま、フルーチェの方へ跳躍する。だがトピを握り潰すべく、女王が背後から手を伸ばしていた!

ーーーーその時!

「オキア流操鞭術、【蛇(クチナワ)】!!」

まるで重力に逆らうかのようにヨクの鞭が下から伸びてトピに巻き付いた。そしてそのままヨクがトピを力一杯引き寄せる!!

トピをしっかと抱き止めたヨクは、そのまま王冠をビナークの方へ放り投げる。そして。

「<やわらか斬り>!!」

王子の剣の一閃が、見事に王冠を真っ二つに断ち割った。

「これでもう女王は従属の能力を発動できないわ! さあみんな! 一気に攻撃を畳み掛けるわよ!!」

フルーチェの号令の下、全員が一気に攻勢に入る!

「火炎斬り!!」

レクトが、フルーチェの《火炎武器》によって炎を纏った刃で女王の右前肢を切断する!

バランスを崩した女王は、それでも尾の一撃を強行する! だが!

「うおおお!!!!」

迫り来る尾に対し、鉾槍の刃を真っ向から打ち付けるカシア。尾は自らの勢いによって切断されるが、同時に鉾槍も尾の衝撃に耐えきれず、柄の部分から真っ二つに折れる!

そして、体勢を崩し前傾姿勢になった女王の前にアルフレッドとバートが跳ぶ!

細刀と槍が、女王の両眼を深々と貫いた! 脳にまで達する、深い傷だ。

苦鳴を上げる女王。そこへ、大上段に<やわらか斬り>を振りかぶったビナーク王子が飛来する!

「これで終わりだ。傾国の<悪魔>よ」

振り下ろされた王子の一撃が、女王<悪魔>の上半身を頭頂から真っ二つに、斬り裂いていたーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ペリデナ女王が斃れた。抵抗軍リーダー、そしてかつての国王の孫であるビナーク王子の手によって。

この報せは抵抗軍の情報ネットワークを通じて瞬く間にベルリオース全土の各主要都市へと伝わり、情勢を一変させた。

特に女王が<悪魔>と結んでいたとの事実。これがドワーフ軍の反意を抑え、そして抵抗軍の行動に正当性を与えた。

正直、ドワーフ軍からはもっと強い反発があるものと予想していた。自分たちの主君が<悪魔>契約者だったなどと、そんな事実は決して認めない、と云った具合にだ。

だが、ドワーフ軍にも思うところがあったのだろう。彼らは、妙に納得しているようだった。

かくて軍事政権は終焉を迎え、正統なる王権継承者ビナークが、新国王として即位を宣言した。再び自由で開かれた、活気に溢れる王国が復活する。民衆は、新たなる国王を歓迎した。

そしてこれより数箇月、かつての抵抗軍メンバーたちは国体の再構築に奔走するのだったーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

元近衛騎士団長レクトは再び同じ役職に就いた。ビナーク王子、いや王には高齢を理由に何度も辞退申し上げたのだが、主君に「お前以上に信頼できる者は居ない」とまで云われてしまえば、もはや断ることもできない。

現在の老騎士の関心事は専ら後進の育成である。早急に有能な部下たちを育てこの重責を押し付け間違えた託し、自身は娘夫婦の許で悠々とした引退生活を楽しみたいのだ。

リカルドやクロイセと云った各支部のリーダーたちは、それぞれの街の体制の再建に尽力している。街の人々の信頼も篤く、いずれ彼らが街の統治官や中心人物となるのだろう。

ドワーフ軍は解体されることなく、そのまま残存することとなった。幹部たちも一部のペリデナ信奉者を除き、裁かれることは無かった。

ドワーフは母系社会であり女性の権威は絶大だ。それは個々の家庭ばかりでなく国家についても同じことが云える。

女王は云うなれば国の母だ。ゆえにドワーフたちの文化では、女王に逆らうなどと云うことは基本的に許されない。あり得ない。

その女王が事もあろうに<悪魔>と結び、民たちを騙していたのだ。ドワーフ兵たちもまた、人間への支配を女王に強要されていたのだ。

勿論現在のベルリオースの国防が、ドワーフ軍抜きには成立し得ないと云う現実的な事情もある。

抵抗軍もまた多くのドワーフ兵を殺した。禍根は双方にある。なればこそ一方を裁くのではなく、共存の道を模索していこうと云うのがビナーク王の結論であった。

王自身もまた、祖父や両親を殺されている。苦しい決断であった。フルーチェの助言無くしては、辿り着けない結論だっただろう。

新たなる軍の最高司令官に就任したのはマヌエラ。ペリデナの末の妹である。彼女は姉の軍事クーデターに反対し、従来の人間の王政府との共存を支持していたがため、ペリデナにより長らく投獄されていたのだ。

ドワーフ族の中では女王が<悪魔>と結んでいた事実により、反王政府のいわゆる強硬派が力を失い、元々半数を占めていた穏健派が力を取り戻した。

マヌエラは穏健派の絶大なる支持を受け、新女王へと就任したのだ。

マヌエラはビナーク王にこれまでの姉の暴虐を謝罪し、すべての軍属が王の指揮下に入ることを誓約した。

軍事力は、国と国民の平和を守り維持するためにこそ、使われるべきだ、と。

アルフレッド、バート、カシアにはベルリオース王政府への仕官のオファーがあったが、3人ともに丁重に辞退した。

優秀で信頼のおける人材はひとりでも多い方が良い。ゆえの勧誘であったが、カシアは元々抵抗活動のみの参加、と云う約束であった。

アルフレッドが求めるのは自由なる冒険譚。宮仕えとは真逆のものだ。

バートも今のところは国家の諜報員になる気はない。アルフレッドとともに、風の向くまま気楽な冒険者稼業の方が性に合っている。

そして、宮廷魔術師としての仕官を最も熱望されたのがフルーチェだ。これはビナーク王やレクト騎士団長だけでなく、元抵抗軍のメンバーたち皆、彼女の頭脳に大いに期待を寄せていた。

だが知っての通りフルーチェの本質もまた『自由』だ。彼女はただロアの弟子と云うだけでペリデナに危険視され命を狙われた。その状況を打開するために抵抗軍に加わったに過ぎない。

彼女が望むのは何者にも縛られない自由なる旅だ。見分を広め、経験を積み、趣味の魔法収集をする。旅にはその全てがある。

とは云え彼女も一旦白紙に戻った王政府を放置して自身の享楽のためだけに旅に出るほど薄情でもない…………かも知れない。

政治体制をある程度再建し、後進に引き継ぎを行うくらいの期間は、王都に残っても良いだろう、と考えていた。

抵抗活動の間、フルーチェの作戦立案や指揮連絡をずっと補佐してくれていた若い女性魔術師が居る。名をモナリと云う。彼女はロアの弟子ではないが、抵抗軍ではずっとフルーチェとともに在り、その仕事をずっと見てきた。

まだ経験不足のきらいはあるが、少し知識を与えればすぐにでも宮廷魔術師として活躍することができるだろう。すべては己自身の自由のため、フルーチェは全力でモナリを指導するのだ。

ヨクは元々フルーチェの旅に同道するつもりだった。

だがフルーチェがしばらく王都に留まるつもりとのことで、ヨクも王都で彼女の旅立ちを待つこととした。

王政府はオキアの民の独立自治を認めるとは云ったが、何も両者は隔絶不干渉でいる必要は無い。望む者が居れば、オキアの民も政府の政策立案に参画して良いのではないか。

そう考えたヨクは、しばらくの間行政にオブザーバー参加することにした。同族の中から王国に積極的に関わりたいと考える者が出てきた時に、道を拓いておくためである。

そして、抵抗活動を無事終えたカシアは。

壊れた大剣の文句を云うため、大富豪シュトラの元へ向かった。

あわよくば新たな高性能の武器をブン盗るいや譲って貰うためである。

だがしかし、王都に戻って来たカシアは、何故か手ぶらのままであった。

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