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【ベ叛2】ベルリオース叛乱篇②

フルーチェとヨクは抵抗軍の戦士たちを率い、港街クラスタへ向けて進軍していた。

ラグアト同様、クラスタ解放に関しても、フルーチェには秘策があった。

「その秘策ハ、どの程度の成功率だト思いマスカ?」

ヨクの問い掛けに。

「成功6割…………いえ、五分五分と云ったところかしら?」

フルーチェが答える。

「随分ト弱気……いエ、慎重デスネ?」

ヨクの率直な感想に。

「不確定要素が多いからね。私だって、自分以外の人間の行動や思考の予測は、難しいのよ?」

少し口を尖らせて、フルーチェが愚痴る。

「そうなのデスネ? いつも易々トやっておられるカラ」

「そう見えるように頑張ってるのよ。ま、タダのハッタリね」

などと会話を交わしているうちに、クラスタの街並みが見えてきた。

フルーチェは一団を誘導し、街道脇の森の中に隠れると。

「作戦にはクラスタの抵抗軍リーダーと接触する必要がある。彼は目下ドワーフ軍の拘束下にあるらしいから、私とヨクで街に潜入し、様子を窺ってみるわ。みんなは別命あるまでここで待機。良いわね?」

フルーチェの指示に、抵抗軍戦士たち全員が頷く。

かくしてフルーチェとヨクは森の中を移動しながら、街への侵入を試みるのだったーーーー。

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「…………………………あれ?」

街は、お祭り騒ぎだった。

どう控えめに見ても、軍の圧政に苦しんでいるようには見えない。

「一体、ドウなっているのデスカ?」

いつも涼しい貌をしているヨクも、珍しく戸惑った表情を浮かべていた。

ーーーーと。人垣の中心に、見知った顔を見付けた。

「……リカルド?」

男の名はリカルド。ここクラスタの抵抗軍支部のリーダーを務める人物だ。最新の情報によれば、彼はドワーフ軍に拘束され、投獄されていた筈だ。

「リカルド!」

驚いて声を掛けるフルーチェ。すると相手もこちら側の存在に気付いたようで。

「フルーチェさん!? フルーチェさんじゃないですか!? 本部の作戦参謀殿が、こんなところで何を!?」

「クラスタ解放作戦を決行しに来たのよ。貴方こそ、軍に捕まっている筈じゃなかったの!? それに、この莫迦騒ぎは一体何なの!?」

フルーチェが問うと、リカルドは恥ずかしそうに照れながら。

「実は…………クラスタの街は、軍の支配から解放されました」

「……………………………………………………はい?」

フルーチェ、目が点。

「ですから、この騒ぎは街が解放されたお祝いのお祭りで」

「ちょ、ちょ、ちょ、待ってどう云うこと!!!? 貴方たちだけで、軍の連中を街から追い出したって、そう云うこと!!!?」

フルーチェの矢継ぎ早の質問に答えようと、リカルドが口を開きかけたまさにその時。

「待ってクダサイ。リカルドさんは『解放されました』とおっしゃいマシタ。『解放しました』でハなく『されました』と。つまリ、実際に解放したのハ別の方、と云うことデスカ?」

ヨクがリカルドの発言を指摘する。

「おっしゃる通りです。あ、勿論軍から街を解放する闘いには私たちも参加しています。ですが、その戦端を開く直接のきっかけとなったのは、私たち抵抗軍ではないのです」

と、リカルド。

「……一体、この街に何があったの?」

改めて質問するフルーチェ。するとリカルドは。

「お話すると長くなります。良ければ、場所を変えませんか?」

そう云ってリカルドは、ふたりをガヤン神殿の一室へと案内したーーーー。

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ドワーフ軍の支配が頭上に重くのしかかり、軍国主義の暗雲が垂れ込めるベルリオース王国の港街クラスタに、ふたりの能天気な観光客が降り立った。

ひとりは見るからに吟遊詩人然とした長髪の若者。もうひとりは軽装で、見るからに盗賊然とした若者だ。

異国から来訪した赤の月信者、と云うことでいわれの無いスパイ容疑を掛けられたふたりは、訳も判らないうちに逮捕・拘束され、嫌疑に関する説明も弁明の機会も無いままに街のガヤン神殿の牢屋へと投獄された。

理屈の通らない横暴な軍の振る舞いに吟遊詩人はひとしきり憤慨したのち、溜息を吐いて座り込む。

ちょうど牢番は食事の時間らしく席を外している。そこで、同じ牢に収監された盗賊が。

「アルフ、逃げるなら今のうちスけど、逃げますか?」

と詩人に問う。

「だけどバート、君鍵開け器(ピッキングツール)は没収されていたじゃないか。道具が無くても鍵開けができるのかい?」

逮捕時のドワーフ兵との一悶着を思い出し、詩人が問うと。

「鍵開け器? ああ、あの箱っスか? あれはいわゆる『見せ器具(ツール)』っス。実際には、あそこまで大きな道具は要らないっス」

と云って、盗賊が掌を閉じたり開いたりする。すると、掌にすっぽりと納まるような器具が現れたり消えたりしていた。

「そう云やガイアーが云っていたね。君は手品も得意だと」

詩人の言葉に、盗賊は照れたように笑うと。

「で? どうしますアルフ? この程度の鍵ならいつでも開けられますけど」

盗賊の質問に、詩人は少し考え込むと。

「脱獄がすぐにバレて、騒ぎになっても面倒だからね。夜を待ってから脱出しよう。そして闇に紛れて街を出る」

詩人の提案に盗賊も頷く。

すると、それまでふたりのやり取りを黙って聴いていた別の牢の囚人が、ふたりに話し掛けてきた。

「君たち、この牢からの脱獄が可能なのか?」

突然声を掛けられた詩人と盗賊は、互いに顔を見合わせたあと。

「ええ。可能っスけど……。それが何か?」

盗賊が答える。すると囚人は、居ずまいを正し。

「初めて出会い、会話を交わした間柄で厚かましい願いとは思う。だがどうか、私も君たちと一緒に脱獄させて貰えないだろうか?」

囚人の願いに、詩人と盗賊は再び顔を見合わせる。

「そう云う訳にはいかねえっス。オイラたちはアンタがどんな罪状で投獄されたのか知らねえ。どんな凶悪犯を野に放っちまうのか判らねえ訳っスから。責任持てねえっス」

すると囚人、盗賊の答に頷くと。

「尤もな意見だ。では、少し長い話になるが、私の身の上を聞いて貰えないだろうか? 信じる信じないは君たちが判断してくれて良い」

囚人の提案に詩人と盗賊はみたび顔を見合わせると。

「そうですね。どうせ脱獄は夜の予定ですから、時間はあります」

「アルフがそう云うなら、オイラも別に構わねえっスよ」

そう云って詩人と盗賊は、牢の床に腰を下ろす。

「ありがとう。ところで君たちの訛りは、この国の人間ではないようだが、外国から来たのかい? となると君たちの罪状は、スパイ容疑ってところかな? 君たちはふたりとも、見るからに赤の月の信者だ。詩人の兄さんがシャストア、盗賊の兄さんがタマット、ってところじゃないか? だとすると、特に何もしていないのにいきなり逮捕された、ってところじゃないか?」

囚人の洞察に。

「その通りっス。良く判りましたね?」

盗賊の返しに、囚人は満足そうに頷くと。

「それがこの国の現状なんだ。ここベルリオース王国も、かつては平和な国だった。だがドワーフで構成される国軍の最高司令官であるドワーフ女王ペリデナが軍事クーデターを起こし、武力を以てこの国の王権を簒奪したことによって、すべてが変わってしまった」

そう、ベルリオースの現状について語り出した。

「女王の最終目的はロベールとの戦争だ。そのため今のベルリオースは、軍需がすべてに於いて優先される軍国主義国家に成り下がってしまった。それにドワーフは元々青の月しか信仰しない種族だ。女王は赤の月を嫌っているし、異国の思想を持ち込む輩も危険分子と判断されるだろう。少しでも軍に反抗する可能性を想起できる存在は、ことごとく取り締まりの対象にされている」

「それでオイラたちも有無を云わさず逮捕されたって訳っスか。女王サマにしてみりゃ危険分子そのものっスもんね」

「赤の月信者で、外国人観光客だからね」

盗賊の言葉に、詩人も苦笑する。

「無論ベルリオースの民も、そのような身勝手な横暴に黙って従いはしない。国内の主要各都市でドワーフ軍の圧政に立ち向かう有志により抵抗軍が組織され、各地で反抗活動が展開されている。……申し遅れたが、私の名はリカルド。ここクラスタの街の抵抗軍支部の、リーダーを務めさせて貰っている」

囚人ーーリカルドの名乗りに、盗賊がぽんと手を打ち。

「抵抗組織のリーダー! なるほどアンタは政治犯だった訳スか」

「でも、リーダーが投獄されていたんじゃ、その抵抗活動に支障が出ているんじゃ……?」

詩人の指摘に。

「恥ずかしながらおっしゃる通りです。外に残った者たちの中には、組織全体をまとめ私の代わりとなれるような人材は居らず、かと云って私も外の連中に指示を出したり連絡を取ることもできず……。私が捕まってしまったばかりに、ここクラスタの抵抗活動は完全に停滞してしまっているのです」

肩を落としながらリカルドが語る。

「なるほどね。それでオイラたちとともに脱獄したいって訳スか。仲間たちを取りまとめ、抵抗活動を再開するために」

「その通りだ。信じて貰えるだろうか……?」

盗賊は裏タマット神殿で学ぶ嘘を見抜く技術を会話の端々で使っていたが、リカルドの話は真実に感じられた。

だが、相棒の詩人は、難しい顔をして何か考え込んでいる。

「どうかしたっスか? アルフ」

盗賊が問うと。

「うん。バート、君の国ではどうか判らないが、僕が知る限りでは軍隊と云う組織は面子をとても重んじる。面子が全て、と云っても良いくらいだ。僕らのようなぽっと出の観光客ならまだしも、拘束した反政権組織のリーダーに逃げられたとあっては、軍の面子は丸潰れだ。彼らはリカルドさんやその仲間たち、組織のすべてを潰そうと躍起になってくる筈だ。それこそ費用対効果など度外視してね」

詩人は、不吉な未来を予言する。

「それは……確かにそうかも知れません。ですがそれでは、私は一体どうすれば……?」

投獄されている限り抵抗活動は進まない。だが脱獄すれば、組織が集中砲火を浴びる。リカルドは八方塞がりだった。

「貴方の脱獄は絶対の必要条件だ。問題はその時機です。それこそ街を、組織を挙げての一斉蜂起と同時なんてどうですか? 軍との正面衝突ですから組織が狙われる心配なんて無意味だし、仲間たちの士気も上がるでしょう」

詩人が提案する。

「それは確かに理想的な案だが、一斉蜂起の作戦を練ったり仲間たちと共有する手段が無い。そのために軍は私を拘束している訳だからな」

肩を落とすリカルド。だが詩人の表情は曇らない。その横顔を眺めながら盗賊が。

「……ひょっとして、オイラたち同じことを考えていますか?」

「ああ、たぶんね」

盗賊の問に、詩人は振り向くことなく頷くと。

「僕らふたりが連絡員になりますよ。夜のうちに貴方が指示した人物の元へ向かい、情報交換をしてきます。何度か繰り返すことで、一斉蜂起の計画を皆で共有することができるでしょう」

そう提案した。

リカルドは呆然としながら。

「…………何故だ? この国の現状は、君たちとは何の関係も無い。君たちはふたりだけでこの牢から脱獄し、街を脱出する技術があるのだろう? ならば何故わざわざ不要な危険を犯してまで、我々を助けてくれるんだ?」

と、ふたりに問う。

「ま、この街を脱出したところで、オイラたちは脱獄犯と云うことで軍のおたずね者になるのは眼に見えてるっス。だとしたら後顧の憂いを断っておくのは良い考えだと思いませんか? この街の軍を潰しておけば、そもそもオイラたちのことを軍本部に連絡される心配が無くなるっス」

盗賊が答える。

「そして街の実権を取り戻した我々が君たちの逮捕記録を抹消すれば良い……と云う訳か。まあそもそもが、不当な逮捕な訳だからな」

「そう云うことっス」

盗賊が親指を立てる。

「ところで、疑う訳ではないのだが……。君ならこの牢の鍵を開けることが本当に出来るのだよな? そこがすべての大前提な訳だが……」

リカルドの確認に盗賊は、牢の中から鉄格子越しに錠前に手を伸ばすと。

「オイラはシスターンの盗賊っスよ? 躰が凍え、手がかじかみ、指先の感覚が無くなる気候環境の中で精密動作を要求される、オイラたちシスターンの盗賊の技倆は三島一と自負しているっス」

そう云って盗賊は、錠の鍵を指先で、開けたり閉めたりを繰り返している。

「見事だ……! 改めて、私はリカルドだ。今後とも、よろしく頼む」

「僕はアルフレッド。吟遊詩人志望です」

「バートっス。盗賊っス。アルフともども、よろしく頼むっス」

こうして、運命は交差したーーーー。

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