【ベ叛8】ベルリオース叛乱篇⑧
カシアが巨大な大剣(バスタード・ソード)を軽々とブン回すと、近衛兵の1人が宙を舞う。
謁見の間の床面に叩き付けられ、そのまま意識を失った。
今度は複数の近衛兵が、同時に剣を振り上げカシアへと襲い掛かる。
だがそれすらも無意味だった。カシアはたった一刀で近衛兵たちを薙ぎ倒す!
「な、なんだこいつ!?」
「つ、強い!?」
「貴様! 一体何者だ!?」
近衛兵たちのステレオタイプな反応に。
「闘技場の王者(チャンピオン)も知らぬとはな。ドワーフ軍とはそうとう娯楽に疎いと見えるな」
カシアが苦笑を浮かべながら答える。
「闘技場だと!? 莫迦な!? あんな見世物小屋のお遊び闘術が!?」
「我ら伝統ある近衛兵隊の剣術に勝るとでも抜かすか!?」
現実を顧みない近衛兵の云い様に。
「そのお遊び闘術に、現に手も足も出てねえだろうが!! オレに云わせりゃ、てめえらの剣技の方がよほどままごと遊びだ」
彼らの斬撃は教科書通りの型が教科書通りの場所に打ち込まれる。カシアに云わせれば、眼を瞑っていても避けられる。
「こんな莫迦な!? 相手はたった1人だぞ!?」
悲鳴を上げる近衛兵。だが現実は無情だ。カシアが剣を振るうたび、次々と宙を舞い、倒れていく。
全員辛うじて息があるところを見ると、どうやらカシアは手加減と云うものを覚えたらしい。大した進歩だ。
「さて、雑魚どもはとっとと片付けて、大将首を討ち取りに行くか」
そう云ってビナークたちの方をちらりと見るカシア。
その台詞を聞き、近衛兵たちも気勢を上げる。
「あの化物を陛下の元へ向かわせてはならん! ここで我らが喰い止めるのだ!!」
カシアと近衛兵隊。闘いは、まだ続くーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ペリデナ女王の防具は全身をくまなく覆う板金鎧だ。そうとうの重量がある筈だが、女王の身のこなしはそれを感じさせない。怖らく《軽量化》を始め、さまざまな魔法が付与された宝鎧なのだろう。
そして女王の武器は、これまた超重量を感じさせる長大な鉾槍(ハルバード)だ。本来両手でようやっと扱える筈の武器。だが女王はそれを片手で軽々と振るう。
「女王の腕輪。あれは確か<剛腕の腕輪>よ。装着者の腕力を2倍に向上させる。婆(ババ)ロアさまに聞いたことがあるわ」
フルーチェが師からの情報を思い出す。女王が鉾槍を軽々と扱う秘密は、どうやらそこにあるようだ。
ビナークが<やわらか斬り>に魔力を込める。レクトも愛剣の切尖をしっかと女王に向ける。そしてヨクは。
オキアの民の伝統武器、革製の鞭を鞄から取り出し、構える。
かつては野性本能の強過ぎる動物の調教に使われたこともあった。だが現在は、そう云った用途で使われる例は殆ど無い。現在のこの鞭の用途は。
対人戦闘、である。
「そこのオキア、何のつもりぞ? 我が全身を覆うこの鎧の前で、まさかとは思うがその革紐が何ぞ役に立つとでも?」
女王の侮辱に、だがしかしヨクは何も反論をしない。険しい表情を崩さぬまま、黙って鞭の攻撃姿勢に入る。
鞭が、振るわれた。
だが女王の云う通り、その一撃は彼女に何の痛痒も感じさせない。ただ女王の左腕に鞭が巻き付いただけだ。
「それで? 次はどうするつもりだ?」
女王が嘲笑う。だがここで初めてヨクが口を開く。
「女王ペリデナよ。オキアの民を軍事利用しようと云うのナラ、お前はもっとオキアの民を知るべきダッタ。だカラお前は愚かダト云うノダ」
そう云い、ヨクは鞭に魔力を込める。途端ーーーー。
「ぐああああああああ!!!!!?」
ペリデナ女王の全身を、電撃が走り抜ける!
全身から白い煙を上げながら、たまらず膝をつく女王。
「これがオキアの民族武器、電撃鞭ダ。憶えておくと良イ。この愚か者」
ーーそう。オキアの民の使う革鞭は魔法の雷を帯びている。
全身金属鎧の前に確かに鞭による打撃は意味を成さないだろう。だが金属は伝導体だ。電撃の前には逆に金属鎧は意味を成さない。
「おのれ!!」
腕から鞭を振りほどき、ペリデナ女王が立ち上がる。ヨクは手元に鞭を巻き取り、再び攻撃姿勢に入る。
ヨクが鞭を振るう。蛇のようにペリデナ女王に襲い掛かる。
「タネさえ割れれば、そう何度も喰らうものではないわ!!」
女王が鞭の軌道を先読み、攻撃を躱す。
「オキア流操鞭術、【隼(ハヤブサ)】」
その時。ヨクが複雑な動作で何度も手首を返す。するとーーーー。
突如鞭の軌道が変わる! 躱した筈の鞭が、まるで追尾するように女王に襲い掛かる!
「なに!!!?」
そのまま鞭は、女王の顔面に痛打を打ち付ける。と、同時に電撃をお見舞いする。
「ぐああっ!」
たまらず顔を押さえる女王。と、間髪入れずヨクが。
「今デス!! ビナーク王子!! レクトさん!!」
突然声を掛けられたビナークとレクト。瞬時に状況を理解すると、弾かれたようにペリデナ女王に斬り掛かる!
その様子を視界の端で確認していたアルフレッドとバート。
「ヨクさんの闘う姿は初めて見たけど……。まさか、あれほど強いとはね」
「てっきりオイラのような支援型かと、勝手に思ってましたもんね」
意外過ぎるヨクの戦闘スタイルに、感心を禁じ得ない。
そのヨクが作ってくれた好機を活かすべく、<やわらか斬り>の一撃を繰り出すビナーク。だが女王はその攻撃を、自らの持つ鉾槍で受け止めようとする!
「無駄だ! 真っ二つだ!」
だがーーーー。
ぎぃぃぃぃぃぃん!
「なに!?」
受け止めたのだ。いかな物体をも斬り裂く筈の<やわらか斬り>を。鉾槍の柄で。
「莫迦な!?」
驚愕するビナーク王子。するとその様子を見ていたフルーチェが。
「どうやら女王の鉾槍にもなにがしかの魔法が込められているようね」
そう云って、女王に右掌を向ける。そこから女王目掛けて迸る稲妻! 《電光(ライトニング)》の魔術だ。
「ふん!」
自分目掛けて一直線に飛来する電撃を、鉾槍で受けるペリデナ女王。鉾槍の柄に触れた瞬間、《電光》は弾けて消えた。
「なるほどね。怖らくあの鉾槍は、触れている間だけ魔法の効果を打ち消すようね」
それを聞いたビナーク、足元に転がる瓦礫を<やわらか斬り>ですぱりと斬ると。
「確かに。<やわらか斬り>の力は失われておらぬ。鉾槍と触れている間だけ、剣の力が無効化されている訳か」
そう云って再び、女王に向け剣を構える。
「魔法を打ち消す、と云うことは、我が剣技【斬鉄】にはその効果は及ばぬ、と云うことですな?」
云いながらレクトもまた、主君の傍らに並び立つ。
「不得手なわざなのだろう? 無理をするな、爺」
ビナークがそう言葉を掛けると。
「なんの。今この時こそ我が人生の正念場と心得ました。この老骨もまた、もうひとハッスルしても罰は当たりますまい」
老騎士はにやりと笑う。
「ふん。……あの鉾槍に魔法を消(しょう)する効果があると云うことは、鉾槍に受けられさえしなければ我が<やわらか斬り>も通用すると云うことだな? 爺よ、久し振りに連携技を試してみるか?」
「よろしいでしょう。では、参りますかな」
剣の師弟は同時に、ペリデナ女王へと斬り掛かるーーーー!
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カシアそしてビナーク王子たちがそれぞれの闘いを展開する一方、アルフレッドとバートもまた、自分たちが定めた『敵』と対峙していた。
「宮廷魔術師。貴方は一体何者だ?」
「オイラたち2人を同時に相手して、勝てるつもりっスか?」
アルフレッドとバートの問に対し、宮廷魔術師は。
「私はペリデナ女王陛下に招聘されし宮廷魔術師だ。……なるほど魔術師は接近戦に弱いとは定説よな。2人がかりで私に詠唱の暇を与えねば、確かに私に勝算は無いやも知れぬな」
台詞の内容とは裏腹に、妙に余裕のある魔術師の態度に違和感を覚えるアルフレッド。
「宮廷魔術師とは、王すら持ち得ぬ深知遠識により王の進むべき道を指し示す助言を与え、王に正しき決断を促す役割……で間違っていないか?」
アルフレッドが一語一語言葉を選びながら、魔術師に質問する。
「ふむ。間違っていないよ。全くもって君の云う通りだ。吟遊詩人くん」
相変わらず余裕のある態度で返答する宮廷魔術師。
「では貴方に問う。なにゆえ貴方は戦争へと邁進する女王を諫め、止めようとしない?」
アルフレッドの問に、魔術師は苦笑を浮かべながら。
「君は何か、前提条件を根本から勘違いしていないかね? 開戦は女王陛下が決断された既定路線であり、私はその勝利のために招聘されたのだよ?」
「それでも、戦争はすべからく悪だと、女王を止めることは出来た筈だ。貴方の立場なら」
アルフレッドの言に、魔術師はふぅぅぅぅっと大きく息を吐くと。
「戦争はすべからく悪……ね。では君に問おう。他国からの侵略に抗うための戦争。これは悪か?」
「なに……?」
魔術師からの突然の問い掛け。言葉に詰まるアルフレッド。
「あるいはもっと判り易く。<悪魔>がこの世界そのものを滅ぼすための蹂躙を開始した。滅びに抗うため、奴らと繰り広げた戦争。これは悪か?」
「それは……」
「判ったろう。悪の戦争などと云うものはこの世に存在しない。と同時に、正義の戦争などと云うものもこの世に存在しない。戦争は手段のひとつに過ぎないのだ。よって、戦争は悪だからやめてください、などと云った説得も空虚なだけだ」
魔術師は云う。
「そもそも君たちは何故、女王陛下が再び戦争を起こすなどと云う苦渋の決断をなされたのか、その理由と意味を理解しているのか?」
「それは……」
「抵抗軍の者たちから訊いているか? だがそれはあくまで抵抗軍の立場から評価した内容だ。それだけを以て陛下のお考えを判断するのは、公平(フェア)とは云えないのではないかね?」
「む……」
説得力のある魔術師の言葉に、反論できないアルフレッド。
「十年戦争は、開戦の契機がとても不透明な戦争だった。ロベール軍はベルリオース軍による先制攻撃がきっかけと云い、ベルリオース軍はロベール軍の攻撃に対抗したのが始まりだと云う。2国の軍がそれぞれ真逆の見解を提示していると云う訳だ。そして私が直接話を聞いた限りでは、ペリデナ女王陛下とドワーフ軍は嘘を云っていない。私見ではあるがな」
宮廷魔術師は、そこで一区切りとばかりに息を吐くと。
「両立し難い二つの意見が対立し、うち一方は嘘ではないと確信できる時、結論はおのずとひとつしかない」
と、宮廷魔術師。
「すなわちロベール軍が嘘を吐いている」
淡々と結論を口にする。
「だが終戦条約にこの事実が反映されることは無かった。いずれの主張も決定的な物証に欠けていたからな。結果開戦の責任は曖昧模糊のまま十年戦争は終結した。そしてそのことが、ペリデナ女王陛下には我慢ならなかったのだ」
「自らの名誉に瑕が付いた、と云うことか?」
「違うな。君は女王陛下のことをまるで判っていない。あの方は自身の名誉などどうでも良いのさ。あの方が怒っておられるのは、あの戦争でベルリオースを守るため死んでいった大勢の兵士、彼らの名誉が汚されたためだ」
「…………!」
「彼らはベルリオースの国と民を守るために闘い、そして死んでいった。それなのにまるで侵略者であるかのような汚名を晴らされることもなく、戦争は終結してしまった。陛下が許せないのはそこさ。このままでは、死んでいった兵士たちが浮かばれない」
「だが、それは……!」
「判っている。あれは徒(いたずら)に戦争を長引かせないための、人間の王の高度な政治的判断だ。ロベール・ベルリオース両者の主張をいずれも立証出来ない以上、開戦の責任の所在に拘り続ければ和平は成立しない。戦争は長期化とともに泥沼化し、両国に途方もない犠牲を強いていただろう。そのような事態を避けるための国王の判断、少なくとも私は正しかったと思うよ。女王陛下もそのことは、判っておいでの筈だ」
「だったらなぜ……!?」
「それが判っていてなお、女王陛下は死んでいった兵士たちの汚名を雪がずにはいられなかったのさ。それは死者の魂だけでなく、残された遺族にとっての慰みでもある。……たとえ正しい選択をしようと、それが正しい結末に繋がるとは限らない。現実とは、往々にしてそう云うものさ」
魔術師の最後の台詞。それだけが、奇妙に実感の込もったものだった。
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