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YOASOBI アイドル(1)夜に駆ける

prologue

 その日は、雪が降っているわけじゃない。
けれど桜の花びらが、まるでそれみたいだったから、少し足を止めて、それを両手で受け止めたりしていた。

 綺麗だなぁ。
なんて乙女チックなことを思いながら、僕は別にそんなに乙女でもないのに。いや、かといって、男らしいってこともないんだけど。
なんていうのか、なにもかも曖昧に生きてきたものだから、自分がなんなのかもよく自覚してない。ちなみに、浅海充祢、それが僕の名前なのだった。
  ふわりと、肩につかないくらいの毛先の細い髪と、猫みたいに曲がり気味の背中。昔は小動物のようだと言われた。

「じゅっちゃん!」

背後から声。
が、したきがした。
「……」
居るわけが無い。たまに起こる幻聴。ここに『あの子』は居ない。亡くなったんだから。僕みたいに。僕以上に。

1.推薦

 去年までいじめられていた、花という子が居た。
それを庇っていた僕に、ある日待っていた現実。
それは、優秀な生徒であるいじめの犯人たちを見逃して欲しいといった先生からの懇願、それから当人たちからの嘲笑だったことは、今でもはっきり思い出せる。

「推薦を降りなきゃならなくなるなんて残酷だろ?」
学校の宣伝にもなるし、がついているのは、言わなくてもわかっていた。

――けれど、どうして?

怒りに震えた僕を止めたのは花で、彼女は困った顔をしながら、教師と当人たちに言った。
「私、もういいよ。済んだことだから」

  彼女が学校を辞めたのは、その数日後だ。



なんでやめちゃったのだろう、そう思いながらもなかなか聞き出せずに居たある日、ごみを捨てに行った校舎の裏で会話が偶然聞こえてきた。

「あんときは推薦降りさせられるかと、ひやひやしたよ」
「大丈夫だよ、現に、そうだし」
「つーか、なんだろうな。たいしたことはしていないのに、大袈裟だったんじゃね?」

ぴたりと、壁に張り付いたようにしてそれを聞いていた。
内容がどうだったのかなどそりゃ僕にも判断出来ない、けれど、昔、目にした、花のあの怖がりようはなんだったのだろう?


 そう思うと、ふつふつと違和感がふくれあがる部分もあったりする。
それに、花は死んだ。辞めたときいた2日後。
悲しい知らせが教室を満たした。

僕の靴箱に、

「ほんとはね、生きたい」

という名前いりのメモを残して。それは僕だけの秘密にしているし、先生にも誰にも告げてない。それに言ったところで、なんなのだろうか。
僕が守りたかったものは砂のお城みたいにあっさりと崩れて、みんなに水をかけられて、ただの砂になって、消えた。

「ほんとはね、生きたい」
――だけど、出来ないよ。

ずっと一緒だって、好きで居てくれるって言ってくれたから、僕は。
僕は、なんだっけ。

「花、なんで居なくなった? 本当は、何があった?」
木を見上げながら問いかけるという、無意味なことをする。


2.チケット

と。

「なーにやってるの?」
  背後から、声。
これ、は。

「充祢」
「あぁ壱染」

幻ではなく、クラスメイトの壱染 格。
背が高くて眼鏡をかけている。らしいのだが、僕は眼鏡をかける彼をなぜかほとんど見たことがない。

「こんな場所で黄昏てんですかー?」
にやにやしながら、おちょくってくる彼を気にせず、はははっと笑ってみる。
「うん。まあね。彼女を思い出していた」
「彼女?」
「花。昔居たんだ」
  壱染は、少し前に転入してきたから、花について知らないはずだった。
けど、ああ、へえ、と、どこか挙動不審な対応が返ってくる。
「……知り合い?」
「花って人? うん」
知り合いだというのに、そりゃあ驚きはした。
だがそれがそうならば、仕方がないだろう。
「そっか。じゃあ、死んじゃったのも」
「知っている。違うひとが生きるためだった、その代わりに死んだことにされたことも」
「え……」

ほんとはね、生きたかった。

あの文字が甦る。でも、出来なかった。
それは別の誰かが生きるため?どういう意味だ。壱染は、失言だと思ったのだろう。僕の顔色を見たとたんに、口を押さえて眉を下げて、困ったなという顔だった。
「な、なにか、知ってるなら!」

そいつの腕を掴むが、ひょい、とかわされてしまう。
それから笑顔のまま、壱染は突き放すように聞いた。
「お前も見殺しにしたんじゃないか、妹を」
妹?
「あぁ。双子の妹だよ。事情があって休学して、一度違うとこに編入していたんだ。でもクラスの様子が知りたいと思って、二年のときから、また通ってる」

「そう、だったんだ」
 それは、とか、大変だったねとかは場違いな気がする。言葉を探した。
胸の中が、ぎゅうっとシワを寄せたように思える。苦しい。ヒリヒリした痛みがせりあがってきて倒れそうになる。
「僕は、守ろうとしたんだ。けど……ね」
視界が滲む。
「あぁ、そうか……花も別のものを守ろうとしたんだ。だから、居なくなったんだ」

優しい子だった。少なくとも俺には優しかった。そう彼は言う
「ごめんなさい……」
ほんとはね、生きたかった。
崩れ落ちてしまいそうだ。花は、僕をどう思っていただろう。
守るものへの障壁?
それとも、嬉しいという感情も多少なりともあったのだろうか。
「なんで、身代わりになんかなるんだよ……!」
  でも、それが、彼女が選んだこと。
今更どうにもならないのに、勝手に涙が溢れてしまう。
「勝手に泣かないでくれ」
え? と見上げると、冷めた目をした壱染が、まっすぐに僕を見ていた。
「泣いたって、どうにもならない」

 そんなのは、僕にもわかっているから、悔しい。
生きたかったなら生きろと言いたくて仕方ない。
辺りでは、ひらりと花びらが溢れて舞っている。
「んな、の、わかってるんだよ!」

 ああ、最悪。クラスメイトに泣き顔を見られるなんて。
もしも、ネタにするタイプだったらどうしよう……
悶々と考えていたときだった。

「きみに、やるよ」
すっ、と、一枚の紙が渡される。それは展覧会の招待状。
「花が行きたがってたやつ」
「あ、っと。これペア」
「ああ。きみになら、話ができそうだからさ」

キンコンカンコン、とチャイムが鳴る。
急に日常の輪郭がはっきりしてくる。
今は放課後。
ここはグラウンドの隅。

「失恋を、慰めてやるよ」
「いやっ、あれは……!」
違うと言おうか迷った。格なりの、ジョークなのだろうか。
少し考えてから、ゆっくりそれを受けとる。
書いてある作者は、知らない名前だった。本で読んだことがある。
 ひとは、知っているものを好きになる。花は、なにか、この展覧会にある作品のような気分を、知っていたのだろうか。

(違わない、よな……)
認めたら、生き返るわけでもないのに。
「生きてくれれば、良かったんだ……」





3.花


 マジかよ、ペアのチケットを貰ってしまった。
帰宅して部屋に直行し、ベッドに寝転んだり、布団をばふばふとしてから乙女かよ! と突っ込む。いや、乙女もしないかもしれないぞ。
こりゃむしろハムスターだ。しばらくテンションをあげていたが、ふと、水滴がシーツににじんでいたのを見た。
自分の両目から、熱を持っている。
「花……」

会いたい。
あいたい。
「はーいっ!」

……花

「そうですよん」

アニメじゃないんだから。
「はぁあーいっ! 見てる? いえーい」

え?

俯いてシーツに向けていた顔を、天井に向ける。
「久しぶりだよね、じゅっちゃん」
姿は見えないのに、明るい、天真爛漫な声が聞こえた。
「あぁ。ついに、おかしくなっちまった」
まあいいか。どうでも。
「私が幻聴だと思っているでしょ」
けらけら笑いながら、花の声みたいなのが言う。
「花、なのか」
「うんっ」

立ち上がり、ベッドの下を探す。
「無いか、スピーカーかなんか!」

秘蔵本ばかり見つかる。
「スピーカーかなんか!」
がさがさと布団をめくる。ああっと、これは。
ずいぶん昔にやった雑誌の心理テスト特集だ。真面目にチェック入れてる。キャビネットを開ける。おおっとこれは。

 ずいぶん昔にやってたゲームの攻略本だ。
「もう! 無いわよ!」
頭上から、頬を膨らませていそうな声。
「いや、だって……」
なんだこれは。

「姿は、無いのか」
「うーん。恥ずかしい。私、死んだときのままだからなあ」
「本当に」
「死んでる」

言葉がから回って、逆流して、息ができなくされそうだった。

「そ、うか」
「っていうかなんなの、部屋きたな」
「っるさいな!」
「あははは。じゅっちゃんは、いつも、すぐキレるー」
「キレてません」
ベッドに座りなおしながら、定番のことを思う。
死んだ、でも、ここにいる、つまり。

「未練があるのか」
あるよな、そりゃあ。
「無いよ! 無いはず!」
なにか、隠してるみたいだった。言いたくないならいい。でも。
「ごめん、やっぱ幻聴にしか」

 受け入れるのが怖い。とにかく。目的や理由がわからないその声の主を、どうしていいかわからずそんなことを言ってしまう。

「幻じゃ、だめ?」

そう言われると。
どう返せばいいかわからない。

「あぁ! このチケット、お兄ちゃんとってくれたんだねぇ!」

ベッドに置いたままだった券を見つかったらしい。
「うふふふ、あいつと二人とか、デートかよ」
「僕は、花と行きたかった」
おどけてはしゃぐ声に、真っ直ぐに、言葉を落とす。
しばらくの沈黙が、周囲をシンとさせた。

「花と、一緒に居たかった」
少し、泣きそう。
花も、少し震えた声で、それでも明るく言った。
「も、もー、なに言ってるの。 私は幽霊ちゃんだから、いつでも一緒にいられるぜ」
そんなことじゃないって、僕らは知ってるはずなんだ。なのに。
「そうだよな!」
何かを押し込めて、閉じ込めて、その場を、笑うほうを選んだ。

「いえいっ!」

と、無理にテンションをあげてる花が愛しくて、僕はそのまま、気づかないふりをして同じように明るく振る舞おうとおもった。
「なあ、花」
「なんじゃい」
「抱き締めたいのに、姿わかんないな」
「うわー、キザ! すごくキザイ」
「……ちょっと傷ついたぞ」
「やれやれ、手のかかる子だ。ぎゅーってしてあげるから、じっとしてな」

 場が静かになった。
歩いてる?
それさえ、わかることが出来ない。
「えいっ!」
たぶん、抱きついたんだろう、少しして花がはしゃいだ。
「どーよ、幽霊の温もりは」
 少し、蜘蛛の巣にひっかかったみたいな、ふわっとした違和感はある。
薄いレースの布が肌を掠めてるみたい。
これをどう表せばいいかわからない。

だけど、生きてる、感じじゃなかった。
「うん。あたたかい」
だけど。
とても空虚な気持ちになる。
なんて言えなくて、僕も触れたいのになと言った。
「え。やっだー! 変態」
とのことで。
それは彼女の気遣いだとわかるのには、鈍い僕は数時間を要した。





4.デート

 朝起きて学校に行くときにも、花は付いてきた。
離れてはくれないらしい。
 いや。別に恋人だから悪いわけじゃないんだけど、もろもろの理由で一人になりたいときに困ったなぁ……と思った。

もう諦めてマゾになる以外無さそうで、生き返ってくれるなら、どんなに良いだろう。
「ヤローとデエトか……」
つまんなぁい。とかふざけながら、ポケットに手を突っ込む。
今朝は少し肌寒いみたいだ。壱染は、双子の兄と言っていたが、そもそも、花の名字はそれではなくて。だから僕は気がつかなかったんだ。

「岸崎 花さん」
呟いてみる。はーい!!
真後ろから元気の良い声がした。
数人、登校途中の生徒が振り向いたけれど、そこにはやっぱり誰も居なかった。というか、花の声、みんなに聞こえてるじゃないか。
これは格にも、確かめないとならないだろう。「ねー、ねー」

 様子を理解したのか、そーっとささやいてくるが無視する。
僕だけ変に反応したらやばいじゃんというところにばかり頭が向いていた。
ところで。

「今ね、キスしてみた!」
――はぁっ!?

飛び上がりかける。
「嘘でーす」
「はあ……」
姿が見えないからってこいつ……不意打ちに真っ赤になってしまった。
「なんなの、花」
「んふふふふ!」
 楽しそうに、花は笑っている。
周りが、いきなり「はぁっ!?」とか言った僕に目を向ける。

「帰りたい。すげえ帰りたい帰宅して直帰してゴーホームしたい」
「帰んなよぉ、もー!」
えへえへと、変なおどけかたをする花を無視して、校門をくぐる。
「楽しいスクールライフ!」
「僕のライフ、ハート三つなの」
「成り立ての勇者かよっ!」
「アハハハッ!」
アハハハッ! とか言ったら、周りがなにこいつという目をする。
さーせん。帰りたい。すげー帰りたい帰宅して直帰してゴーホームしてランナウェイしたい。

 ぶつぶつ呟いていると何してるの?と声がかかった。ヒィッ、と飛び退くと、そこに居たのは壱染格だった。
「あら。格さん」
「……さん付けじゃなくてもいいけど、何してんの、だから」
 愛想がショウエネしている格は、それでも綺麗な顔立ちだった。
確かに、花に似てる。目もと、とか。どこか、キリッとしたとことか。
柔和そうな見た目を裏切って、ちょっと頑固なとことか。

「ひ、独り言」
「一人でんなとこで騒ぐなよ」
「僕は、真剣な場面のときに、思いだし笑いする癖があってな……」
これはわりと本当に悩みだ。
「苦労する癖だな。真剣な通学シーンかよ」
うんうん、と、うなずくように、花が言う。

「お前ら仲いいな!?」

「ら?」
「ちょーい待って!」
花の声がしたかと思ったら、格の身体が急に崩れ落ちた。
慌てて支える。
「花です!」
「……え」
「格ちゃんが寝ているときにね、私、この身体に出入りしてるわけよ。だから格ちゃんは、私が、こうやって生きてるってことも知らない」
い。
「今、寝ていなかったよね!?」
「うん。寝かせた。無理矢理入ると、寝ちゃうの」
えー。大丈夫か。
「うひょひょ。女装になるけど、似たような体格だから、この前買った際どいラインのワンピースを」
「やめろ!」
「お、おぉ? 嬉しくない?」
ビックリしたように、花が戸惑った声をあげた。
「お前の身体じゃ、ないじゃん……」
 急に。胸が痛くなる。
違うよ。どんなに外見が似てたって、やっぱり花は一人じゃないか。
「やっだー! 変態!」
花はけらけらと笑っていた。
だけど、僕が好きなのは、花なんだ。

「一緒に出掛けたかっただけなんだけどなー」
うふふ、と花は笑う。
「じゃあわかった、男装になるけど、私が男物を身に付けようじゃないか」「姿見えないじゃん」
「洋服は見える!」
「えっ着られるの?」
「んー、わかんないな、ちょっと物を動かすくらいはできるんだけど」
「でも姿が見えない方が触り放題だねー!」

きゃあ、と花は笑った。

「お前は何を目指してるの、痴漢? いやちじょ?」
普段、僕ばかり触れていた気がしたけれど、触る方が好きなの?
もしかして誰でも?
「いやいや、単に好きな子にはべたべたしたいじゃん、物理的にさ」
「物理的にね」

くすっと笑ってしまう。花は、どうして、いじめられたりするのだろう。こんなにも。

「あーあ! ひでぇよな。僕に物理的にさわる方法とか、飯をたらふく食べる方法くらいしか、頭に無い花が、何ができるんだよ」
今も、こんなにも、僕を、支えてくれてるのに。
「さりげなくけなされなかった?」
花が疑問そうにする。きっと、困った顔をしているんだろうと思う。
「好きだっつってんの」
「うふふふ! あはははっ!」

笑い出した。花は、普段あまり笑わないけど一度ツボに入るとしばらく笑う。それから。

「寂しい、よ」
普段あまり泣かないけど。一度傷つくと、しばらく泣く。

「なんで、私、いきられないの? ただ普通に、生きたかったよ」
ぐすっ、とすすり泣く声がする。
「な、泣き顔、見ら、れ、なくて、らっきー」
「ばーか」
ふっ、と笑いながら、僕も泣き出したかった。本当は少し、泣いていた。
あと。
「いや。お前は泣いてないけど、格は泣いてるんだよな」
どうしよう。意図しないとこで泣き顔見ちゃった。
「く、っふっ……」
変な声がした。
あ、これは。
「あははははは!」

花が笑い出す。
僕も、笑うしかなかった。


5.時間


なんていうのかな。たぶん。

身体が先に動いちゃって

誰も守れないなら、

手なんか伸ばさなくてよかったのに

――花は、展覧会とか好き?

――んー。好きとか嫌いじゃないんだよね

――じゃあ、何をしに行くわけ。

――そうだな。時間を、ね。探しているの。

――時間ね。

――行くと、昔、みたいな、懐かしい気持ちになる。気がして。

――ああ、わかる気がする。

――それを感じている間と現在に戻って我に返る、その瞬間がね。好きなの。




  壱染を保健室に引きずっていってから、先生に任せて僕はそこを出た。言っていないけれど、僕は、自分の性別がよくわからない。
心、的な意味で。学校に、男だけど女の人は、ちらほらいるし、女だけど男勝りな人はちらほらいる。どちらもなんか違うような気がするし、かといって普段の自分が『何』なのかは、いまいちピンと来ないせいで、なにをどう自己表現すべきかわからないまま、ただ地味に制服に着られている気がする。

そんなことに悩んでいたとき、「たのしけりゃいいじゃん?」と声をかけてくれたのが、岸崎だった。

 つきあった理由も、本当の本当は、花が付き合おうぜなんて言ったから。軽いノリで。

学校は居心地が悪い。
 がさつで品の無いことを言っては女の人の裸の写真で盛り上がる男子は嫌いで、かといって、イケメンイケメンとうるさく恋の狩人みたいになってる女子は苦手で。休み時間は誰も来ない屋上とかで適当に気を休めていた。
  ある日「やっほー!」なんて、階段を教室より上へとあがる僕に声をかけてきた花は「つまんないよね」なんて苦笑いした。
気を遣ったのかと思って、最初は無視していたんだけど、どうやらそうじゃなかったみたいで、気がついたら仲良くなっていた。

「岸崎は、あの。普段、グループの中に居なくていいわけ?」
「んー、そうね。たまにだるいんだぁ」
「女子でも、そんな風に思うんだ」
「うははっ。思うよー。カレシカレシって言うのはいいよ? けどなんていうかな……いつか、一人で歩けなくなっちゃう気がして、怖くて」

私、心の弱いひとだからさと、彼女は笑った。

「そうなのかな、そうは見えないけど」
「嬉しいなっ」
照れるようにしている彼女は、でもどこか寂しそうで。
「早く卒業したい」
「わかる」
 風が髪を乱す。頭上には、切り取られた空が見える。
つまらない灰色のコンクリートの上に僕らは居る。
自分の、汚れたスニーカーを見ながら、汚したのは自分なのに汚いなんて言う自分を嘲笑いたくなる。
「暗いヤツって言われないように多少は見た目に気を使ってるんだけどねっ」
派手な髪飾りを付けて髪を結び、制服の前ポケットには、リボンやハートの飾りのピンを留めている。
馴染もうと思えば、周囲にも馴染むだろう格好をしていた。……いや、むしろ多少目立つぞ。
けど格好と裏腹に、その日の彼女はどこか、大人びて見えていて。僕は自分のなかにある何かを、持て余したまま、それを泣きそうになりながら見ていた。

「ねぇ、付き合う?」

そのとき、降ってきたその言葉。
それは優しさだっただろうか、暇潰しだったんだろうか。




6.翌日

「昨日、なんか、寝てたんだけど」
とむすっとしている壱染に、話しかけられたのは、次の日だった。

「お前といたときだったよな、たしか。なにか心当たりとか知らない?」
「さぁ、知らないな」
花が横で、お兄ちゃんごめんねと言っている。僕には謝らないらしい。
いいんだけど。むしろ、僕、が。

  ジワジワと蝉が鳴いている。ソーダー味のアイスみたいな空に、バニラみたいな雲がぐにゃぐにゃ揺れている。世界が、嘘みたいに眩しい気がして、溶けていきそうだなんて思ってしまう。

「いっえい! おっはようあにきー」
「うるさい岸崎」
 つい雑に諭すと、花が黙ってしまった。双子の兄だという、壱染はというと。なにもきこえていないみたいに、無表情。
「嘘……」
花が、少し悲しそうな声をする。
「でも、ほら、壱染くんの前では、私が何をささやいてもオッケイなわけじゃん?」
 すぐに前向きに切り替えてきた。
「やめろ、変なこと言うなよ?」

僕が慌ててささやく。オッケイなわけじゃないよ。でも、たぶん、これは彼女なりの気遣いだったんだ。



「変って、なに」
壱染が睨み付けてくる。お、おう。言葉を探す。
「俺が、妹のせいでおかしくなったとでも思ってるわけ?」
「いや……」
「いえい! 死んだのに死んでない!」
「ちょ。静かにして、今盛り上げなくていい場面だから」

 ひそひそと、間に入ってくる花にささやく。わかっている。
彼女はぶち壊したいっていうんじゃない。ただ、不安なんだろう。
自分が『居ないもの』になってしまうみたいで。急に、ひとりになってしまうから。
「あとで、個別に時間つくるから」
「指導塾かよ!」
無視して、壱染を見る。なんだか、僕の背中をじろじろ見ていた。
「なに。いい肉体だなとか? 残念ながらそんなに……」
「いや。なんか。居る気がしてね」

居る?
壱染は、真面目な顔で言った。

「岸崎花」

7.幽霊



いるわけない。
だって。
そう言えばいいんだ。

「あ、見える?」
口から出た言葉は、言うつもりだったものとは違っていた。
「見える、って」
壱染が、複雑そうに眉を寄せる。
「実は、そう。来てるんだ、ちょっとだけそういうのわかっちゃうんだよね」
見えてないけど。
「それは――」
「信じなくてもいいんだけど。昨日から実は、居まして。お前が眠くなるのも、その、乗り移ってる、から」
何を言ってるんだろう。壱染も、んなわけないとか、ばかげてるって言えばいい。
「それで、花はそこに居んの?」

壱染は、冷たそうな瞳でじっと僕の背後を見た。切り揃えられた黒髪の向こうの目が、鋭く見える。
「う、うん」
「なんか、俺に言ってる?」
「あ、えっと」
「じゅっちゃんは童顔好きでーす!」
「な……っおい!」
花がとんでもないことを吹聴する。ふざけんな。
「お兄ちゃん素敵! だってさ」
「嘘つくなよ」
「嘘つくなよー」
「お前ら仲いいな!?」



「ら?」

壱染が首をかしげる。
「ら、らーめん食べたい」
「帰り、寄ってく?」
その距離感に、驚いた。そもそも彼とは普段あまり話したことがなかったから。今も、こうしているのが不思議だ。
「……寄る」
返事をすると、了解、とのことで、放課後学校で待ち合わせになった。
(ちなみに、花が横で、私も食べたいとごねていた)



 ラーメン屋によった帰り道、花が少し寂しそうにしていた気がした。
だってとても静かなのだ。
「花?」
聞くが、答えはない。
「なに、花いんのか」

壱染が聞いてくる。
邪道と思いつつも答えずに、質問した。

「……お前さ、信じてるの、マジで」

僕は、どんな表情をしていただろうか。責めるような顔でなければいいのだが。

「信じてるとかそういうんじゃない、それが岸崎花の一部だというなら、俺はそれをひとつでも探す」
「かっけー」
ぱちぱちと手を叩くと、やめろと恥ずかしそうに言われた。照れてる。
「照れてるー」
花がにやにやしながら言うので、代わりに伝えてやろうと口にする。
「照れてるー、だって」
「なっ、おま、えが言ったんじゃないのか」
ぎょっとする壱染。
「じゃあお兄ちゃんの秘密ー、あのねぇ、昔公園の噴水の水を出したときに勢いよくて止まらなくなってーそのとき」




「お兄ちゃんの秘密ー、あのね、公園の噴水の水の」
花の真似をする。
声真似苦しすぎ、とくっくっと笑いをこらえる声がしてる。いっそ笑え。
壱染は、少し焦りながらも冷静に聞いた。

「お前ら付き合ってたっていったよな、そのときに」
「むうう」

花が不機嫌になる。
それから言う。

「お兄ちゃん、私が死んじゃう前は、駅前のコンビニでバイトしてた」

僕がさすがに声真似せずに伝えると、壱染は焦った顔になった。
どうしたんだよ、と聞くと、彼はそんなはずはないと青ざめる。
それから僕にだけ耳打ちした。
「だって花は、夜早く寝るんだ」
その真意は。
なんだか今触れない方がいいものの気がして、僕は慌てて話の方向を変えた。

「なんでバイトしてんだよ」
「え? ゲーム買うため」
「マジで、どんなんするの」
「あぁ、いろいろ。アクションとか、格闘とか」

「ふうん」

僕にはよくはわからないが、説明する方もなかなかうまくは言えないものかもしれない。



 花は、なんだろうねと無邪気に笑ってる。重要なことを聞いた気がするがいいのか。思えば、彼女はあまりその話をしないな。

 帰宅して部屋に入ると机の上に置きっぱなしのチケットを見た。来週の土曜日か。行けるだろうか。携帯を開いて、スケジュールを見る限りは平気そうだ。

「なぁ、花」

どこに居るのかもわからない、けれど確かに在る未練に向けて、僕は声をかける。その声は少しかすれていた。あとでうがいをしようかなぁ。ガラガラガラってやる間はなんとなく好き。

「なぁ、花」

答えがなく、不安になりながらもまた声をかける。
「昔、の話は、しないのか」

花は、黙っていた。
やがて、しばらく誰もいないような時間がやってきた。いや。当たり前か。カチカチと秒針の音がしてる。蛍光灯からのジーっという微かな音も。


普段なら気にしない頭上が、なぜかうるさい気がして、電気の紐を引いて電源を落とす。きゃっ、と声がした。
「花」
「びっくりしたぁー! もう! いきなり真っ暗にすんのナシだからね」
 ほっとした。よかった、花は居るんだ。そう思うと心まで灯りがついたみたいな気さえした。
「いや、居たんだ。もう成仏したのかと思ったよ」
「……ありがとね」
今の花は、悲しそうに笑う気がした。
「え?」
「自分の話をしたいわけじゃないんだよね」

どこか震えたような、その声。僕はどう言えばいいかもわからず黙っていた。

「クレプトマニアって、知ってる?」
「なにそれ。エジプトみたいな」
「なんでもない。今朝のニュースみた?」
「おっと、いきなり話変えたな」
「病気の人ってさ、裁判?とか、刑が軽くなったりなイメージがあるよね。どう思う?」
「どう、って……自覚症状が無い、のは厄介だな、とか。被害者は複雑だろうなとか」
「うん、じゅっちゃんは、優しいね」

 そういうとこ、好きだよ、と彼女は笑う。いつもの笑い方のはず。なのになぜだか、違和感があった気がして、胸が痛かった。なぜだ。
「そうかな」
「そうだデート、三人で行こうね!」
また話が変わった。

「うん」

僕はただ、穏やかにうなずいた。


8.クレプトマニア



岸崎花は。

『本当は生きたかった』
 その言葉が、ときどき胸のなかをジリジリと焼いている。泣き出したいのは花のはずなのに。
彼女は僕よりも笑顔だ。
 帰り際、壱染に待ち合わせにも便利だしと聞き出した番号を携帯から呼び出す。
しばらくして通話になった。
「はい。なに」

「壱染、クレプトマニアって知ってる?」
「なにそれ」
「花に聞かれた。
エジプトとかかなって思って。行きたいのかな」

壱染はやれやれと言う顔をして僕に言う。

「別名は『窃盗症』。少し前にうちのコンビニでも居たな。そんときはいわゆる名門学校のエリートだった。ありゃ推薦に響きそうで可哀想だよな。勉強かなんかのストレスなんだろうね」

推薦、エリート、ストレス。なんだか漠然と嫌な予感がした。







「ところでさ、お前んち行っていい?」
聞くと、壱染は、びっくりしたようにマジでと聞いてきた。
「うん。マジで」
「やめろよ『来ちゃった』とか言うの」
「来ちゃった」
「今言うな、来てないだろ」
彼のつっこみは、なかなか鋭くて、心地がいい。きっと二人で居たときは、こんなテンポで会話をしていたのだと思うとまた、なぜか胸が締め付けられた。
「今あなたの目の前にいるの」
「はいはい、居ない居ない」
「ばあっ!」
花が横から入ってくる。……。無視して、僕は通話をする。
「夕飯なに」
「なんで貴様に教えなきゃならないんだ」
「うちはねー、たぶん鍋かな」
「もう切るぞ?」


 通話を終えたとたんにどっと疲れが滲んだ。
じわりと淡く染みていくような、そんな痛みは心地よく切ない。

ふと、花の方を見ると、なんとなく寂しそうに窓の外を見ていた。
 その窓には、花は映っていなくてそれにまた、心が締め付けられてしまう。

「どうかしたか?」

僕が思いきって聞くと、彼女はただ、にひひっと笑った。
「なんでもないよ。映んないなって!」

それは少しだけ無理がある笑い方だったけど。
話に乗ってやるくらいしか出来なくって、ただ、そうだねと返す。





「ねぇ、みつね」
充祢、だからじゅっちゃん。だけど彼女は真面目な話をするときだけは、僕の名前を呼んでいたから身構える。
「何、かな」
「私がなくなっちゃったら、浮気していいよ」
「……花」
 なぜ今、そんなことを言ったんだろう。
クレプトマニア。窃盗症。それを聞かれたくなかった?
けれど、どこかでは知るだろうと思ったから止めなかったのだろうか。
「でも、墓前には報告しなきゃだめだよ」
「なんで、だよ……」
「私ね、嘘つかれるのが、一番嫌いなんだから。取り繕うくらいなら、逐一報告してください」
何がツボに入ったのか花が笑い出す。

「うぁっはははははは! ひー、おかしい! 『今日はね、花ちゃん。ゆーちゃんと遊んだよ』とか言っちゃうんでしょ! うわ!」

花は、ゲラゲラ笑ってる。
「しないって、もう」

僕があきれながら言うと、ほんとにー? とのことだ。それからまた、笑い出した。

「だめだ、死ぬー! いや、死んでた!」
「笑いづらいよ、花」
僕がぼーっと彼女を見ている間、花はげらげら笑い続けた。
「今日はね……ホステスさんなんだよ、花」
僕に全然似てない物真似を始めてる。
「いかないですー」
僕はやれやれと思いながらそれにつきあう。
笑いかたはイヒヒヒヒ、とかやばくなってた。

「ああ、おかしい」
「声真似は似てないぞ?」
「『ナースだったよ、花』うははははは! 腹筋死ぬ!! あ、死んでたー!」
ばたばたと、床を転げ回って笑ってる花。
まったくもう……しないって。何がおかしいか知らないけど、花は一度笑うとずっと笑ってる。
「ゴースト界隈に広めて天使さんを紹介できるようにしとこっか」
「僕は何キャラなんだよ」
「え? じゅっちゃんはじゅっちゃんだよ」
急に、真面目な目をして、花は言った。
「もう……」
変なため息を吐く。
なぜなのか、なんだって面白がってしまうのだ。まるで、作り物の町で、ただの概念として生きてるみたいに。
「そして何人恋人ができるかな? って報告したまえ」
「僕そんなんじゃないからね……」
完全に遊ばれている。
ふふんと、楽しそうにする花。
部屋のドアがノックされて、うるさいよー、と聞こえる。姉だろう。
「なんか、可愛い声するけど、彼女でもいるの?」
「え、いや、別に!」

変な回答になってしまう。別にってなんだ。
いや、居るんだけどいないというか居るんだけどああ……

9.窓際

降りてきなさいよ、と聞こえた声に返事をしたら、部屋が静かになった。
びっくりした……
ふいに、花がまた、窓の外を見た。遠い目をして。
「だってさみしがったって、私、触れられないじゃん、消えたら」

ぽつりと、やけに、静かな声。

「無いものねだりなんて、無駄じゃない」
「花は、消えないよ」
「いつかは、みんな居なくなるのっ!」
急に声が荒げられたから驚く。
普段は彼女はそんなに感情を露にしないのだ。
「いいのよ、綺麗事なんてうんざり! 世の中、できることできないことがあるの」
「花」

触れたいと、思った。
けれども触れなくて。
僕と彼女の境目を壊すことは出来ないのだろうか。

「私だってね、私だって……」

いつも笑ってた花は。

「生きたかったぁ……!」
偽りなんだと。
僕は知っていたんだ。
知ってるのにね。

「生きてるよ」

ちゃんと。僕のそばに在るから。

そう言って、ただ、その見えない何かに手を伸ばす。
それから気づいたんだ。

「花、どうして。僕は、窓際にいるのがわかるんだ?」




「え?」
花もきょとんとする。
不思議な感覚だった。
目の前にはなにもないのに、僕には、どこに花が居るかわかった。

 その辺りだけは、なぜか温度が少し温かい気がした。それは、気配というのだろうか。
まるで透明な人間を見ているような感じ。

「私が、わかるの?」

「うん……」

僕はなんとなく、思った。
気配がわかるようになったのは、彼女の何か……そう、彼女を形作る、彼女が守りたかったものにひとつ近づいたその直後だったのだ。




10.面白い本


08:27

夕飯の後、

「何か面白い本ないのっ?」

という花の言葉で仕方なく本棚を確認した。
いろんなことに気がつく。
「殺菌と除菌の違い」が書いてあった本が無くなってしまっただとか。まだ置いたままだったミステリーの本だとか。

 それの中では自殺した女の子について、インタビュー形式のようにして語られるのだけど、その前に、女の子がやりたいことがあるから協力して欲しいと友人に頼む、というところまでは読んでいた。
桜が咲くよりも数ヵ月も前に棚にあったものだから、少し、意識から抜けていたのかも。



それから。
いろんな『模型』の本。これは9冊まで集めてた。でも、まだ完結してないんだっけ。

「『クイーン様と設計図』とかは無いの」

花が横から、人気シリーズの話をしながらひょこっと顔を出して僕の本探しを眺めた。
 棚は、想定していたよりも本が減っていたので僕でさえぎょっとした。しばらく見てなかったけど、たまには確認しないと。

「あるはずなんだけど、誰か借りてったのかな。無いんだ。いやー、目の届く早いうちに保管して消費しておかないと」
「賞味期限かよ!」

「花、冷蔵庫にプリンあったよ」

「うひょい! マジですか!」



「まあ食べらんないけどー」

たはは、と花が笑って、少しだけ空気が振動するような気がした。

気配が感じられる花は、なんだか、より近くなったかのようで。
僕は心がぽかぽかと暖まるのを感じた。
ちゃんと、此処に居るじゃないか。

そう思ったら、急に気が緩んだんだと思う。
僕の目からはじわっと涙が溢れ、次第に流れとなって、止まらなくなった。
あのミステリーみたいにずっと花は、言えない思いを抱えたままでいたのだろうか。


11.嘘



弱さって、何?

強かったら死ねって言いたいの?


 気配を感じられるだけ花の感情がわかるようになってきていた。
それで知ったのは、笑っているときは、だいたいいつも泣いているということ。明るく振る舞うときは、大体が大嘘だ。


 二人であれこれ買った本を漁っていたら本棚から小さなアルバムが落ちた。そのとき、花の気配は明らかに壁に急にぶつかってたり、床で転んだりしてた。
「あはっ、懐かしい! いやあ、びっくりして転んじゃった」
中身は普通の写真たちだ。打ち上げでクラスメイトと撮った、他愛ない日常。
ただひとつ、この中に花をいじめた誰かが居るだろうことを除いて。



 その日はそれ以降に、何か話しかけても、あまり答えなかった。
まるで、これ以上気配を表したくないという葛藤のように。

だから、何か話さないとと焦っていたのだろう。

「なぁ、花」

薄々気になっていたことを僕から聞いた。
「嘘なんだよな、兄と仲が良さそうなの」
  花は、ひゅっと息を飲んだ気がした。壱染といるときだけ、どこか無理をするみたいで本当は気になっていた。あんなに楽しそうにしている。
でも、そうだったなら、なぜ花は、兄には姿を見せたがらなかった?
「嘘ってわけでも、ないよ……」
しばらくして聞こえたのは、震えた声。



 それから花は、しばらく何も話さなかった。
別に話したくないならいいのだ。
ただ、花は笑っているだろうか。
泣いているだろうか。

一度壱染に電話をしたものの、どうしようかと考えながらも、アルバムを戻す。
しばらく、本当にずいぶんしてきた頃になり、微かに、あのねと聞こえた。

「あの、ね。言わない?」
「うん」
何をかわからないのに、僕はずるい約束をした。それでも花は、おずおずと語ってくれた。
「……あの人が、一時期クラスでも閉じ籠りがちになって」
それで別の中学に進んだわけだけど、と前置きして。
「うん」
静かに聞き役をしていた。
「それの、ね、お前のきょうだいは卑怯ものだから、私も、って、いじられるようになって」
花は明るい声で、残酷なことを言う。



「私は、普通に過ごしたかったんだよ。そんな話もバカらしかった。

でも、うまく言えない、けど……
クラスでは『卑怯ものを抱えてる』って感じの扱いになって、わかる?

いじめられっ子じゃないけど……肩を持ちそうなあらゆる人は、爪弾きにされるよね」

ああ。それで花は死んだんだから。
それで僕は、そのときに助けるための何か、大事なものを探すことが出来なかったんだから。

なんて、僕は言わなかった。

「何かするたびに、ついて回った。だんだんと、疲れた。全部どうでもよくなっちゃったんだ。

敵か味方か、つるめば正しいみたいな集団も、一人は寂しいみたいなやつらも、何もかも、もう他人事みたいだった」





さらっと、口にした花は、何を思いながら言ってるのだろう?
淡々としていて、読み取れない。けれどすぐに、いつもの明るさに戻った。
「こうなっちゃったら、もはやそれさえどうでもいいから不思議だなぁー! ひゃははは!」
幽霊になった身体をさするかのような、そんな気配がした。
「何処に居ても居心地悪くってね。味方をしようにも本人は、黙っててくれって追い出すし、私は、どんどん卑怯ものにされていくし……まいったまいった!『糸口が無い? お前がしっかりしないからだ!』『分かってあげなさい』丸投げ丸投げー。なんちゃって!」

 わかってあげる、なんてそう簡単ではないのに。みんながみんな押し付けあったのだろう。よくある図だ。

「……でも、あいつからは、そんな」
「うん、そうだね! 私が居なくなってから何かあったのかもね」
しばらく本を選んでいた花はやがて飽きたのか、窓際へ行ってじっとしていた。星でも見ているのかもしれない。



 空からは、きれいな星が見えていた。
「耐えきれなくて、いい加減にしてよって思って……だって、私、何かしたの? 何で……なんで私が全部わかってどうにかしなくちゃいけないのかな? で、そしたら」
静かと思っていたら、少ししてから、微かな呟きが聞こえた。

「そしたら」

思わず、聞いてしまう。花は「真剣になっちゃってー、ダサいぞ」なんてふざけた。それから、「もう遅いから寝なさい」と母さんみたいに言う。
22時になってからわかったよと、電気を消した。暗闇の中で、何か聞こえた気がしたけれど、それがなにかは、よくわからなかった。



12.死の加工



 その日は、雪が降っているわけじゃないけれど
桜の花びらが、まるでそれみたいだったから、少し足を止めて、それを両手で受け止めたりしていた。

 綺麗だなぁ。
なんて乙女チックなことを思いながら、僕は別にそんなに乙女でもないのに。
いや、かといって、男らしいってこともないんだけど。なんていうのか、なにもかも曖昧に生きてきたものだから、自分がなんなのかもよく自覚してない。

ちなみに、浅海充祢、それが僕の名前なのだった。

ふわりと、肩につかないくらいの毛先の細い髪と、猫みたいに曲がり気味の背中。昔は小動物のようだと言われた。

「じゅっちゃん!」

背後から声。
が、したきがした。
「……」
居るわけが無い。
たまに起こる幻聴。ここに『あの子』は居ない。亡くなったんだから。
僕みたいに。僕以上に。

 去年までいじめられていた、花という子が居た。それを庇っていた僕に、ある日待っていた現実。
それは、優秀な生徒であるいじめの犯人たちを見逃して欲しいといった先生からの懇願、それから当人たちからの嘲笑だったことは、今でもはっきり思い出せる。

「推薦を降りなきゃならなくなるなんて残酷だろ?」
学校の宣伝にもなるし、がついているのは、言わなくてもわかっていた。


――けれど、どうして?

怒りに震えた僕を止めたのは花で、彼女は困った顔をしながら、教師と当人たちに言った。

「私、もういいよ。済んだことだから」

彼女が学校を辞めたのは、その数日後だった。


 その死さえも、加工され続けていたことを知ったのは、ずいぶんと後だった。

  花は、その次の朝。僕について来なかった。目覚めたらそばにある気配が、その日はまったく、こちらに動こうとはなかったのだ。
触れるべきでないと思ったから、何も言わなかった。

 今、教室では美談が流行ってる。
死んだら嫌なやつさえ美談になると、いうのは昔から言われていること。
  この前も、これまでは何年もテレビでさんざんにいわれていた女優が、葬儀になるとたんに、涙を流す同僚の映像やら美しい経歴が語られる様に、母さんがやっぱり死は人を詩人にでもすんのねと呆れていたのを見たばかりだった。

13.介護


 その日は、雪が降っているわけじゃないけれど
桜の花びらが、まるでそれみたいだったから、少し足を止めて、それを両手で受け止めたりしていた。

 綺麗だなぁ。
なんて乙女チックなことを思いながら、僕は別にそんなに乙女でもないのに。
いや、かといって、男らしいってこともないんだけど。なんていうのか、なにもかも曖昧に生きてきたものだから、自分がなんなのかもよく自覚してない。

ちなみに、浅海充祢、それが僕の名前なのだった。

ふわりと、肩につかないくらいの毛先の細い髪と、猫みたいに曲がり気味の背中。昔は小動物のようだと言われた。

「じゅっちゃん!」

背後から声。
が、したきがした。
「……」
居るわけが無い。
たまに起こる幻聴。ここに『あの子』は居ない。亡くなったんだから。
僕みたいに。僕以上に。

 去年までいじめられていた、花という子が居た。それを庇っていた僕に、ある日待っていた現実。
それは、優秀な生徒であるいじめの犯人たちを見逃して欲しいといった先生からの懇願、それから当人たちからの嘲笑だったことは、今でもはっきり思い出せる。

「推薦を降りなきゃならなくなるなんて残酷だろ?」
学校の宣伝にもなるし、がついているのは、言わなくてもわかっていた。


――けれど、どうして?

怒りに震えた僕を止めたのは花で、彼女は困った顔をしながら、教師と当人たちに言った。

「私、もういいよ。済んだことだから」

彼女が学校を辞めたのは、その数日後だった。

それから。

 その死さえも、加工され続けていたことを知ったのは、ずいぶんと後だった。

花は、その次の朝。
僕について来なかった。目覚めたらそばにある気配が、その日はまったく、こちらに動こうとはなかったのだ。

触れるべきでないと思ったから、何も言わなかった。

 今、教室では美談が流行ってる。
死んだら嫌なやつさえ美談になると、いうのは昔から言われていること。

この前も、これまでは何年もテレビでさんざんにいわれていた女優が、葬儀になるとたんに、涙を流す同僚の映像やら美しい経歴が語られる様に、母さんがやっぱり死は人を詩人にでもすんのねと呆れていたのを見たばかりだった。


なんなんだ、お前ら。


僕は、クラスメイトの、中でも明らかに調子に乗ってただろってやつまでもが、「あれはやりすぎだった、ごめんよ」

と、わざとらしく嘆きながら、机に花を備えるばかばかしさに、密かに苛立つのをこらえて日々を過ごしている。
その行為で逆に机が汚れてしまう気さえした。
 教室の窓からは、散りかけの桜がよく見渡せた。暖かい席。
じんわりと、何かを溶かすような日だまり。
冷えている心。

すべてがもどかしい。
 一度、勝手に嘆いて反省したつもりになるのはやめろよと言ったことがある。

やりすぎ、ではない。
「普通ならやらない」で無くてはいけなかったのに。
なぜ軽いならセーフみたいな思考なんだろう。
彼らが何を言ったのかは忘れたけれど、たぶんたいしたことじゃなかっただろう。


明るい声。
ぱたぱたやってくる足音。かすかに空気が揺れて、その手がひんやりと僕に触れる。

その実体が、恋しかった。
今になって。
気配だけを感じられることが、なぜだかよけいに、見えない彼女を思わせて――

やっと僕は。しっかりした実感を持って、改めて。

「ああ、あいつ死んだんだ」
と思った。





休み時間に、壱染が僕のところにやってきた。

「おはよ」

「おお、おはよ」

「花は、居る?」

僕は、嘘をつくか迷った。けど普通に答える。
「今日は、家に居るよ」

「あれから俺のことなんか言ってた?」

「お前が閉じこもってたとさ」

少しいじわるな気持ちで僕は言った。
そいつはただ、肩をすくめただけで表情を変えなかった。

「まあ。確かにそうだよ。受験に失敗してたし、余計に後ろめたくて……落ち込んだ気持ちで、何もする気にならなくて。
あいつに家事とかさせちゃってたな」

「へぇ」
少しいいな、なんて思ったのは秘密だ。
「でも、あいつもお袋も少食なんだよ……すぐ腹が減って」
「自分で作れよ」
「それは嫌だ」
「亭主関白」
「亭主ではない」
細々してて嫌なんだよなと壱染は言った。
「洗いものとかもだるいけど、飯はさ、空腹だと作る気さえ起きないだろ」
「誰だってそうだよ?」
こいつ、なにを当然のことを言ってるんだろう。
「まじで。ひとりひとり、違わない?」
「違わない。趣味もあるっちゃあるだろうけど……」
「給食とか、料理とか、誰かがやってくれるものって印象がついちゃってて、自分じゃどうしてもな」
「空腹で、今にも死ぬってなったら?」
「待ち続ける」
「まじか」




14.高すぎるプライド


 放課後は、まっすぐ帰宅した。

岸崎花はいつも通りに明るく、部屋に入るなり「おかえり!」と迎えてくれた。
特になにもない日常があとどのくらい繰り返されるのだろうか。
「泣いているのかと思ったよ」
からかい半分で言った。数秒、間が空いた彼女は、慎重に、言葉をかさねた。
「泣くのだって、人間には大事な仕事だよ?」
「そ、そうだったな」
「私、いつも笑ってばっかりで、たまには苦しい気持ちにもなりたいんだよ。
笑うことを押し付けないで」


 それもそうだ。
もしかしたら、そいつが人だということを、僕は無意識に見失っていたのかもしれない。
「悩みなんてなんにもない人間だと思っていたよ。辛そうな顔しないしさ」
僕は正直に話した。
「悲しいときはちゃんと、悲しいって言わないからだよ」
笑っていないそいつなんて、僕が好きだったそいつじゃない。
――――どうして、変わってしまったんだ?
なぜか無性に腹が立った。
人の気持ちなど、わかるわけがないし、花は、わかりにく過ぎる。



 花は何も言わなかった。たぶん図星だと思ったんだと思う。

「暴君って呼ぶぞ。もっと、他人に心を開こう?」
「意味、わかんないよ……」
花はそれだけ、言った。なぜそんな低い声で、呟いたのかわからず、僕は戸惑っていた。
「どうしたんだ? やっぱり暴君になっちまったのか」
「頭おかしいんじゃないのっ!」
返ってきた言葉は、なぜか辛辣で、僕は混乱する。
宥めるつもりで僕は穏やかに説得にかかる。

「あのな、お前は、プライドが高すぎるんだ」


「もう、いい」
返ってきた言葉は、とても冷たいものだった。
「私、充祢が、そこまでバカだと思わなかった」
気配が遠ざかっていく。
「あぁ、そうかよ!」
しばらくしたら、頭が冷えると思った。
こいつ、前からこういうところがあるんだよなと、僕はあきれた気持ちになる。
大体。
「おかしいとまで、言うことないじゃないか……」

なんなんだろう。
急に現れたと思ったら、いきなり怒りやがって。






15.険悪


 その日の夜は険悪で、その次の日も最悪で、気配があるのに姿のない彼女は、僕には前よりさらに、つかみどころがなくなっていた。

「おい……」

それから三日目の朝、目覚めたら、こっそり隠していたポスターやら、友達とのゲーム大会の景品の可愛いミニスカートとニーハイのセット(ネタで貰った)、ひっそり眺めていた秘蔵本が床にばらまいてあるのを目にした。

「ポルターガイストかい」

やれやれ、とひとつずつかき集める。
別に、花はあちこち好きに見回ってるし、僕が隠す秘密なんかあまりないし、付き合っていたし……
とは思うんだけれど、この手段を取る理由に見当がつかない。


「そういうねちっこいとこ、直した方がいいぞー」

誰にともなく呟く。
返事の代わりに、枕が飛んできた。
慌ててキャッチする。

「んだよ、居たのかよ」

なんでか僕はイラついていた。花を怒らせる理由なんてなかったはずだ。自分の言動を振りかえっても不自然な点は見当たらなかったし。
それとも少し、疲れてるのかもしれない。

なんにしろ、こんな日々は精神衛生によくない……

 そろそろ思いきって声をかけようかと何度か迷って、そのうちに登校すべき時間に近づいてきていたので、僕は着替えて慌てて出掛けた。


16.心



 教室に行くと、またあいつの机に新しい花が備えられていた。
 あいつは、すぐそばに居る。教室の机なんかにいない、そう言ってやりたかった。

なぜだろう、いろいろな現実がめちゃくちゃになってしまえばいいのにと、あいつが居なくなってからよく考える。
本当は望まない。
でも、たまにそう思う。自分がよくわからなかった。

ぼんやりしていると、さっき花を持って入ってきていた、女子の二人がひそひそ会話をして、僕の机の横を通りかかった。

「気づかなかったよね」
「ねー」
「あの子、全然泣いたりしないし」
「わかる」
 我ながら何をしてるんだと思うけど、僕はうつむいて、寝たふりをして聞き耳を立てた。
「なんでそんなにへらへらしてるの?って言って聞いたの」
「聞きかた」
「『笑ってないとすぐ心おれるから』って言ったんだよね」


 僕ははっとした。そう、誰より一番に気付いていたはずなのに、なぜその事実がわからなかったんだろう。

「いつも、折れそうだったんだろうね……」

誰かが、可愛らしい声でささやくように、寂しそうに呟いた。
心が、ずきずきと悲鳴を訴える。

それは次第に鼓動に変わり全身を支配するような震えに変わり、
僕はこの空間から早く消えてしまいたい気分になっている。

あいつは、プライドが高かったわけじゃない。
だから、普段から必要以上に自分をごまかしている。
 誰もいないときにだけようやく悲しめる程に、あらゆる関わりが痛みにしかならないほどに、状態が悪化していっていた。
日に日に脆くなっていたことくらい、僕は察知していたのに、それを見つけたときに、ただ笑った。
 そして更に圧力みたいに、弱った心に、強さを押し付けた。こんなのお前じゃないなんて言って、否定した。だからあんなに傷ついたんだ。

「馬鹿だな……」
どうすればいいかなんて僕は知ってたじゃないか。
「あいつが唯一頼った僕がそこで、笑ったりしちゃいけなかったんだ」
授業に出る気にならなくて、そのまま早退した。






17.多田

  そのまた次の日だった。
その日も教室に花はいなくて、席には、新しい花が飾ってあった。
多田という男子生徒が、机の上に飾ってあるのを見ているところだったので、僕は声をかけるか迷った。

率先して罵詈雑言を浴びせていたのは多田だという噂を、耳にしたことがある。

そして、それについては、花は何も語らなかった。
……いや、語れなかったのかもしれない。
いつもつるんでいた長谷(ながたに)が居ないのも、彼らしくなかった。


「おおた、あのさ」



 いつもなら声をかけないタイプだったのに、なぜか僕は声をかけていた。
多田は、決してガタイがいいわけじゃない。

ただ、少し周りの見えないタイプで、例えば体育のバスケか何かで一人がボールを独占するようなシーンになると、そいつをきっちりマークするのが得意というタイプ。
みんなでドッジボールをやると、特定の相手を執拗に追いかけて、ボールをそいつにばかり投げている。

そういう、違反とも言えないが私怨が強く表に出る性格をしていた。

ひとことでいえば、こいつは、ちょっと怖かった。





一度目をつけると、先生が止めに入るまで、執着をやめない。
みんなの前に個人を晒すようなことでも、平気でやってのけたし、女子だからって手加減しない、と、女子にまで執拗にボールをぶつけていた。

握力が強いと自慢していたから、痛そうだったが、その場の誰もがとっさには動けない、そういう気迫を持っていた。

そのくせ、この手のタイプはなぜか先生にはうまく媚びられるから、切り抜けがうまい。

つまり、要領がいい。
今も生徒会長を狙っていた。





「あの、さ」

「なんだよ。何か用か」

僕より少し背の低い彼から、僕より低い声が訝しげに投げられる。

「その席、岸崎のところだよな」

「だから?」
早く会話を終えたいような、イライラした声だった。
「……いや。別に」
  何か言いたい。でも何が言いたいかわからず、もごもごと口を動かす。
屈んで話すと失礼になりそうだったが、背伸びするわけにもいかない距離に、僕は、どうしようかと迷った。
目に映る何もかもに、迷う。


「おおたは、花が好きだったか?」
「……もうすでに逝っちまったもんは、仕方ないだろ」

おおたの答えは、好き嫌いじゃなくて、諦めだった。

「殺すには惜しかったのに」
まあ、いいや、と廊下に出ていくすれ違い様に、多田はそんなことを呟いていた。
惜しいだのなんだの、何様なんだという苛立ちが募ったけれど何も言わなかった。



18.ギター


 岸崎花を見かけたのは、ある日の放課後だった。
雨がふりだしそうな空の下で、帰宅するところだった僕は近くの楽器店のウインドウを眺めていた彼女を見つけた。

「あ……」
声を、かけるか迷った。
すごく楽しそうだったから。なにか思い出でもあるんだろうか。
「あの」
僕が一歩、二歩と近づこうとすると、彼女は急に振り向いた。
「なんだ、居たんだ」
「うん」
  この前のことを謝ろう、と口を何度か開閉させたままの僕に構わず、彼女はウインドウを指して言った。
「やっぱり高いなぁー。見てこれ、60万だって」
「あ……うん」


 視線の先には、真っ白いクラシックギターがあった。
ところどころに可愛らしい花と小鳥の絵があしらわれている。名前は外国のものだったけど、正直さっぱりわからない。
高そう、ということ以外。

「そういうの、好きなの?」

「……見てた、だけ」

えへへと、彼女は少し苦笑いする。

「まあ、どちらみち幽霊には関係がないからね」

 そう、幽霊。
彼女は死んだんだ。
ずきっと痛む心と裏腹に彼女は楽しそうだった。

「そうだ! 今暇でしょ?」
「見ての通り、帰るトコです」
僕は、何かを言うタイミングをすっかり見失っていた。
けれど、今わざわざ、気分を暗くすべきかはわからなかった。



「いろいろ、あったけどどうせ、私はもう幽霊だからさ、いつまでもこの場所に居るよりかは優先してやりたいこと、考えていこうと思ったんだ。この身体だと、良いことも、あるんだよ」

 彼女は、実に幸せそうにそう言った。

「ひとつ、聞いていいか」

居るような居ないような彼女にけれど中身のあるどこか確信の伴う質問を思い付いた。なにも答えがなかったのを肯定ととる。

「自由に――なりたかったんじゃないか、それが、理由だろう」

 彼女は、しばらく、黙った。
もしかして成仏したのかとも思ったが、まだ気配はあった。

「僕はあれから考えて、考えて、気がついたんだ。
自分の間違いにも。周りの間違いも。家も、学校も。花が泣いて良い場所は、嫌われても、嫌なことを言っていい場所は無いようだったよ、
まるで重たすぎる執着が、幾重にも絡んでいて、
笑顔が当たり前のように強いられることにすら、妬まれているようだったよ」



「花の気持ちを、あれから考えてみたんだ。
学校から、帰る、このときまでたくさん考えた。あんなダメな兄が居て、あんな友達ばかり居て、僕を含めて、みんなどっか、楽観していて、エリートは、ただ妬んでて――重くて、重くて、重くて、生き地獄のようだった」

「中に、入ろうよ!」


岸崎花は、楽しそうに笑った。崖に咲いたまま、誰からも認められず、波にさらわれても、誰からも救われない花のようだった。

「中に、入ろうよ!」
少し、くもの巣が肌に触れるような、さらっとした違和感が、僕の腕に伝わる。彼女が腕をひいてるらしい。

「私ね、楽しいことがね、したかったんだ」
「楽しい、こと?」
「いやあーうち狭いから、楽器とか置けないんだよねー」

  くるくると、はしゃぐように回る気配。僕は自然と店内へと足を進める。
その後、店員さんになんとか説明して飾られた60万をどうにかさわらせてもらった。
「弾いたことあるー?」
「音楽で少しやっただけだよ」
「私も!」
「あぁ、そう……」
「じゅっちゃんなんか弾いて、ほらほら!」

そっと触れると、びいーん、と思っていたより渋い音だった。



「確か、ミ、ラ、レ、ソ、シ、ミ……だっけ? ……えっと……」

としばらく葛藤した後、とりあえずカントリーロードを弾いておいた。
……あまりうまくなかった。

「わー! ぱちぱち!」

と花がはしゃいでいたが。

「すごいねー! 結構渋い音だねー! あははー!」

壊れたレコードみたいに、花は、ただ陽気だった。違和感がありあまって、こういうデフォルトだったかのようだ。

「次は、恋は水色がいいなー!」
けらけら笑い、僕の羞恥プレイを継続させようとする。
逃げたい。
 なんでこんなことしてるんだろう、親指が、ヒリヒリとひきつってきた。
そう思うのに彼女は微塵も思わないのか、ずっとぱちぱち手を叩いている。
客自体そう混み合うわけでもないためなのか、暇なのか、店員さんものんびりと僕を眺め、珍しそうにしている。
60万なんか持ってないのに……いいんだろうか。

「いいよいいよー、若いもんが来るの久々だけん、ゆっくりしときー」

おじさんはおおらかだった。

「……ありがとうございます」

うろたえる僕だった。
あれ、えっと。
何が、何のコードだったっけ。 混乱した僕はそのまま立ち上がり、ギターを店員さんに渡しつつ頭を下げる。
あの、ぶしつけなお願いで誠に申し訳ないんですが、弾いてもらえませんか、というようなことを言ってみた。

「いいよー」

……なぜか、承諾されてしまった。
花は相変わらずぱちぱちと拍手していた。
……。
誰に対してもとりあえずそんな感じで接するやつのようだ。
愛想とはまた違う、評価は評価というか、感情は感情というか。それは、どこか妬ましくも不思議と、悪い気はしなかった。
6/2414:28




19.心霊プリクラ



 二時間くらいがそのまま経過していた後で礼を言い、なんだかんだで店を出る。

「いやあ、幽霊なりに楽しかったなー」
「……楽しい?」
「うん! 生きてるって、感じ!」

――幽霊とデートしている。
不思議な感覚は、僕には、どう処理していいのか、まだどこか戸惑っていた。

「次は、どこ行こうかな!」
「はたから見たら、僕はどう見えるんだろうか」
「彼女にふられて一人寂しく街を徘徊する男?」
「うわ、ひど!」
追いかけようにも、姿がわからない。
諦めると、花は、あははは!と楽しそうな笑い声をあげた。

「生きてる、私、生きてるよ! こんなに生きたの、初めて!
生きてるって、すごいね!」

――幽霊とデートしている。

生きているのは、すごいと、とても、幸せそうな幽霊。

「次はゲーセン行って、心霊プリクラね!」
「どんな罰ゲームなんだよ」


  心霊プリクラを撮る運びとなって、驚いたことが、プリントシールの値段は、案外高いってことだった。

「普通は一人で撮らないからさ、こーいうの、ワリカンだったりして、一人100円とかで、気にならないんだよねー」
「今、気になるんですが」
一人で400、500円の消費か……
「だって、幽霊は、財布持てないもーん」
バカにしたように僕をからかう花だった。
「くっ……」
「どれにする? 落書きあるやつがいいな!」


 ゲーセンに入ると、すぐの左隅のスペースに6台くらいの機械があり、それぞれ賑やかな音を立てていた。
「うーん。キラキラ姫か、partygalPAーTHIだとどっち派?」
「派とかないよ」
周りは女子ばかりだった。女子の遊びは謎だ。
「あ、見て、新しいスタンプ入ったってさ!」
 垂れ幕?に確かにお笑い芸人のリアクションが実写でスタンプとなっているらしいのが宣伝されていた。
「私居なくてもお笑い芸人と撮れるじゃん! えっやめてよねー一人疎外感~」
「なんにも言ってないよ」



値段が手頃なやつでいいかと、そちらに向かおうとした、ときだった。
花の気配が、ぴたりと、停止したまま、動かないのに気がつく。
背後ではガヤガヤ、楽しい音楽が時間を急き立てているが、僕の感情は、背反し、どこか、浮わついて、空回っている。

「――花?」
「や……」
「あの、行かないの?」
「私、鏡に映らないんだったね」
「……」
「――私、私……」


「花」
「わたしって生きてるの?」
「っ……」

言葉が、ガラガラと世界を壊れさせていくようだった。
確かに聞こえるのに、確かに、どうしようもない、見えないのに見える世界。


  幽霊から、生きている喜びを語られ、幽霊は、生きている自分に、疑問を持った。


(続く)


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