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ぴんぽーん

あ、お忙しいところ失礼致しますー、私先日隣の202に越してきた竹谷と申しまして、ぜひご挨拶をと思い伺ったんですけれども。はい、すみません。

……


あ、こんにちはーどうも、お忙しいところすみません、改めましてこの度202に越してきた竹谷と申しますー。あ、瀧道さん、よろしくお願いしますー。これから少しうるさくなってしまうかもしれないですけど、え、いやいやとんでもないですこちらこそ何かあれば、はい、仰ってください。あとこれ、良かったら召し上がってください。いえいえとんでもないです是非是非。
あ、あとすみません、ご迷惑を承知でひとつ瀧道さんにお願いしたいことがあるんですが…いや、大したことじゃないんですけどね。

地蔵、ってあるじゃないですか。はい、地蔵菩薩の、あの お地蔵さんです。で、もしもですよ。もしもこの辺で不自然な地蔵を見かけたりしたら、すぐに私に教えてくれませんか。明らかに変な場所、道路の真ん中とか階段の中腹とかそういう変な場所に地蔵があったとか、なんならこんなとこに地蔵あったかなーみたいな些細なことでもいいんです。いやすみません、訳分からないですよね。自分が変なこと言ってるのは私も分かってます。ただこれは本当にお願いしたいんです。私だけでこの辺一帯監視するって訳にもいかなくて。地蔵、ええ地蔵です、あっ事情ですか?あ、いやすみません、そうですよね。流石に何も分からないままっていうのは恐いですもんね。すみません、まあ簡潔に説明させて頂くとですね。

私、地蔵に追われてるんですよ。
冗談言ってるとかじゃなくて本当なんです。本当にお地蔵さんに追われてるんです。だいたい一年ぐらい前の話になるんですが、私、以前栃木の方に住んでましてね。普通に会社員をやってました。通勤は家から自転車だったんですけど、その時住んでたとこは駅からちょっと離れた寂れた下町みたいなとこだったんです。まあ都会の方とはいえ東京みたいな本物に比べれば十分田舎でしたから賑わってるのは駅の近くだけって感じなんですけど。で、ある日の通勤途中情けないことに自転車でコケてしまって。コンクリが段差みたいに歪んでる部分にタイヤが引っかかってしまったんですね。私はバランスを崩して横転してしまい、カゴに載せてあった鞄はすぐ横の草ボーボーの荒地みたいなところに吹っ飛んでしまいました。幸い怪我は無く、私は倒れた自転車を起こして鞄を取りに荒地の草むらの中に一歩入ったんですが、その時その荒地の中に一体の地蔵が倒れているのを見つけたんです。その荒地は手入れされていないようで草なんか伸び放題でしたし、きっとその影に完全に隠れてしまっていて誰も気づかなかったんでしょう。首に巻かれた赤い布は土で茶色くなって、かなり長い間放置されてたんだなと分かる年季が感じられました。私は何となく可哀想になって、その地蔵を起こして道路脇の見えるところまで草の上をずりずりと引きずって持っていきました。あ、すみません、もう少し続きます。それでまあ、お地蔵さんを助けたし何かいいことでもあるかなーなんて思ってそのまま出勤しまして。特に朝の出来事を考えることも無く過ごしていたんですが、帰り道にまた荒地の横を通った時にふと違和感を感じたんです。

地蔵の位置が、朝とズレている。
ええ、ほんの少しのズレなら気にしないどころか気付かなかったと思います。でも明らかに分かる距離でズレてたんですよ。朝、荒地に接する道路脇に置いた場所から5mは動いていました。はい?誰かが動かしたんじゃないか。いや私も最初はそう思いましたよ。だからその日は深く考えることなく帰りました。だけど次の日またズレてるのを見ちゃったんですよ。というかもうその時点ではズレってレベルじゃなかったです。動かされたってレベルでした。だって荒地どころか、私の自宅から20mぐらい行った交差点にあったんですもん。
おかしいですよ、もう。荒地から私の自宅までは200mは離れてるんですよ?何の為にそんな面倒なことする必要あるんですか?誰がこんな罰当たりな悪戯してるんだって思いました。でも悪戯にしては意味不明だし。何なんですか?地蔵を動かすって。私もなんだかその地蔵を不気味に思ってきちゃって、ちょっと遠回りしてその交差点を通らずに出勤しました。そしたらその日の帰り道、地蔵がまた移動させられてました。今度はどこにあったと思います?

職場の駐輪場の近くでした。もうなんか腹が立ちましたよ。だって自宅から職場まで1km弱はあるんですよ。それをまたわざわざ移動させてるって、犯人はちょっと異常ですよね。それでもう我慢できず警察署に行きまして、地蔵を移動させる悪戯とかの通報は入ってないか聞いたんです。でも、そんな通報は1件もないそうで。全く取り合って貰えませんでしたね。この辺で私は、誰かが地蔵を動かしてるんじゃなく、地蔵が勝手に動いているんだって思い始めました。モヤモヤしながら警察署を出ると、道の向こうにあの地蔵がいるような気がして、怖くなって急いで帰宅しました。
結局次の日も、その次の日も、毎日地蔵は交差点と職場を往復しました。まるで私の後をつけているみたいに。その内嫌になって回り道をするようになりました。しかし、地蔵はまるでそれを知っていたかのように、回り道の先で私を待ち構えていたんです。考えてみて下さい。人っ気のない夜道を歩いてたら、薄暗い街頭に照らされてボロボロの地蔵がこっちを向いて立ってるんです。これより不気味なことってありますか。
どうして?俺が何かしたのか?倒れているのを起こしてやったのが悪かったのか?これが恩返しだとでも言うのか?

私は毎日毎日地蔵に追いかけ回されて、もう頭がおかしくなっていました。職場の同僚に相談しても信じてくれません。みんな口を揃えて気のせいだとか疲れてるとか言うんですよ。彼らにはあれが見えていなかったんでしょうか?
いよいよ私は家に帰らなくなり、職場には申し訳ないですが半分飛ぶような形で辞めました。そして私は持てるだけのお金だけ持って電車に乗り、そのまま地蔵が追ってこない場所まで逃げたんです。市をひとつ跨いで隣の市まで行って、とりあえずほとぼりが冷めるまで、そうやったら冷めるのかは果たしてよく分からりませんでしたが、そこでなんとか生活していこうと思って。最初のうちはあの忌々しい地蔵から解放されて、スッキリした気分でいました。これで逃げ切れたと、そう思ってました。でもそんなに上手くはいかなかったんですね。1ヶ月ほど経ったある日の夕方、見てしまったんです。あの地蔵を。通りの向こうに微かに見えるシルエット。それは確かにあの地蔵でした。

僕は急いで荷物をまとめ、今度はもっと遠くに行きました。県を跨いでそのまた隣の県へ。でも、結果は同じでした。少し経てば必ず地蔵は私の近くに現れてきました。あれから開放されるのはいつも最初だけ、あれは私がどこにいても必ず追いかけてきました。初めからどこへ行こうと無駄だったんです。前の職場から、皆が次々に辞めていってしまって業務が回らないから戻ってきて欲しいと電話がかかってくるようになりました。でも私は戻るつもりはありません。あの荒地には二度と近づきたくないんです。でも。あれは。必ず私の元へやってくる。進もうが戻ろうがあれは追いかけてくる。こうやって栃木からここまで来たのは、あれから逃げるためなんです。
あれは一体、何の為に私の元へ?もしあれが私に追いついた時、何が起こるのか?分からない。何も分からないんです。そもそもあれは本当に地蔵だったんですか。思い返せば、あれは荒地の中で倒れていたというより、埋められていたと言う方が近かったような気もします。半分は土の中に隠れていましたから。本当は埋められていたものが、長年の自然環境の経過により地表に出てきてしまった、もしかするとそんなような感じだったのかもしれません。地蔵を埋めるなんて話聞いたことありませんでしたし。
触らぬ神に祟りなしという言葉を借りるとすれば、私が触ってしまったものは祟り神だった。私は恐ろしい。お地蔵様が良いことをもたらしてくれるのなら、お地蔵様などでは決してないであろうあれは一体何をもたらすのでしょうか。


話が長くなってしまってすみません、瀧道さん。そして改めてお願いします。もし変な地蔵を見たらすぐに教えてくれませんか。
もし現れたら、私は逃げます。あなたがどうするかは自分で決めてください。ただ、私がこうやって話してしまった以上あなたももう無関係ではいられません。
私はたった今デコイを放ちました。あれが何をトリガーにしているのかは不明ですが、ひょっとするとターゲットはあなたに変わるかもしれない。きっと職場の皆も逃げるのを選んだんだと思います。僕のせいで。デコイになってしまった。そして、きっとあれはあなたの元にも現れます。ふとした瞬間、信号を待っている時、行き慣れない路地に入った時、ふと後ろを振り返った時、あれはそこにいるかもしれません。
本当にごめんなさい、でも分かって欲しい。私はあの地蔵が恐ろしくてたまらないんです。もう何回この話を他人にしたか分からないほどに。悪質でしょう。私を非難するならどうぞして下さい。でも、それでも、たとえ他の誰かを巻き添えにして囮にしたとしても、私はあれから逃げ切りたいのです。
だからどうかお願いします。私の代わりに地蔵を見つけてください。


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