旅が遠くなってしまった日、僕は空港へ向かった
雨が降っていた土曜日、僕は羽田空港へ向かった。
これから飛行機に乗るわけでも、あるいはどこか遠くに行くわけでもなかったのに、年に何度かそんな日がやってくる。僕は旅をするのが好きだけど、それと同じぐらい好きなのが「旅を感じられる場所」へ行くことだ。
大きな駅のホーム、外国語のきこえる空港のロビー、賑やかなバスターミナル。そんな場所に自分も立ってみると、たとえこれからどこかに行く予定などなくても、「旅する気持ち」のようなものを追体験できる気がする。
それは、これから遠くへ出かけようとする人たちの醸し出す、どこか慌ただしい雰囲気や、あるいは、電光掲示板に映し出された地名の数々から感じられる、さまざまな記憶や見知らぬ土地への好奇心のせいなのかもしれない。
僕らのような旅が好きな人間にとって、「旅する気持ち」を感じに行くことは、旅をすることと同じぐらい大切なことなのだと思う。
久しぶりに訪れた、羽田空港第3ターミナル(国際線ターミナル)の様子は、今までにまったく見たことのない光景だった。
長く続く新型コロナの影響で、僕たちの日常は突然変わってしまった。それは今まで当たり前だと考えていた、国と国を越えて人や物が活発に行き交う「グローバルな世の中」が、突然活動を止めてしまったということにつきるのだと思う。
いつもなら沢山の人がいるはずの、土曜日午後の国際線ターミナルは、ほとんど誰も人のいない静かな空間になっていた。
その日の飛行機もほとんどが欠航だった。きっとそれは、ここ数ヶ月間の間に突然始まった「異様な光景」のひとつなのだろう。わずかにアメリカへ向かう便が数本だけ飛び立とうとしていた。僕たちは本当に外国へ行くことが難しくなってしまった。
ターミナルビルの上にやってきた。いつもなら空いているはずのお店はほぼ全て閉まっていた。
駐機場にはたくさんの飛行機が止まっていたけれど、きょう実際に空を飛ぶ機体はほとんどないのかもしれない。多くの飛行機は動いていないように見えた。
空港の展望デッキには、飛行機が離着陸するようすを眺めに来た人たちがちらほらいる。どんよりとした曇り空の下、遠くの滑走路を眺めながらぼんやりと思い思いの時間を過ごしていた。
ぼんやりと飛行機を見るのも、空港に来る楽しみのひとつだ。こんな日でも空港に集まってくる僕たちは、旅が好きだったり、あるいはそれ以前に、空を飛んだり大きなもの自体に憧れるような、そんな共通点をもっているのかもしれない。
バスに乗って国内線ターミナルに行った。国内線はほぼ通常通り飛んでいるようだったけど、いつもの土曜日と比べれば圧倒的にお客さんが少ないのだろう。
新型コロナの感染者数が収まらない中で、「GoToキャンペーン」に対する反対の声は大きなものだった。命を守るのか、経済を守るのか、そんな議論がもう何ヶ月も繰り返されている。
言うまでもないけれど、観光業界や航空業界で働く人にとっては、自粛がつづく状況こそ何よりも厳しい。すでにいくつかの航空会社が過去最大の赤字を計上したり、来年の採用自体を取りやめると発表した。このまま続いてしまえば、「命を守る」はずの自粛が引き起こした経済的危機によって命を守れなくなってしまう、そんな危険性だってはらんでいる。
旅が、そして国内外問わず移動そのものが自由にできるような、そんな日常がやってくるのはいったいいつになるのだろう。
旅すること自体に意義があるのだとすれば、その一つは「まったく違う種類の時間を体験しに行くこと」なのかもしれない。
それは言い換えると、知らない町の知らない場所に行き、知らない人たちや初めて目にする自然と出会いながら、普段自分が暮らす生活とはまったく異なる時間の流れ方を体験するということだ。
例えば東京で仕事をしているいまこの瞬間にも、きっとインドのどこかの街では、にぎやかに市場が開いていて、たくさんの人が買い物をしている。遠くハワイの海に行けば、きっとこの瞬間も海の中をクジラやイルカが悠々と泳いでいる。そんな情景を思い描くには、さまざまな種類の時間を体験することが必要なのだと思う。
そして、たとえ日常に絶望することがあっても、「今この瞬間とはまったく違う時間がどこかにあるのだ」ということを思い出すことができれば、それは人生の希望の一つになりうるのかもしれない。旅することが、その希望を積み重ねていくことであるならば、どんなにいいことだろうか。
気がつけば、人の少なくなった羽田空港で旅することの意義について考えていた。
旅が遠くなってしまったという「新しい日常」に少しずつ適応するしかないのだけど、場所を問わず自由に、また旅ができるような日がやって来てほしい。心からそう願っている。
余談だけど、夏の雨の日に一番向いている靴がサンダルだと思ったのは、泥だらけのインドの道を歩いているときだった。これも旅から教わったことのひとつ、かもしれないね。
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