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黄色い背表紙

「子どもの味覚は、おおよそ12歳までに完成する」という話をどこかで読んだことがある。有名なフレンチのシェフが書いた記事だったような気がするけど、もしかすると和食かイタリアンの話だったかもしれない。

「味覚」についていえば、だいたい8歳から12歳ごろに受ける刺激の数や質というものが大きな影響を与えていて、言いかえれば、その時期に何を食べていたのか、どれだけの味の違いを体験できたか、という点によって、人の持つ味覚の基礎はだいたい出来上がってしまうらしい。

ぼくは料理のプロではないので、この話にこれ以上を付け加えることはできない。でも味覚の話に限らず、小さいころにどんなものを見て感じてきたかという点が、その後の人生に与える影響というのはかなり大きいのではないかと思っている。

もちろん、人の能力には後天的な「訓練」によって向上するもの、後から発展するものがたくさんある。ただしそうは言っても、たいていのことは早く始めた人が優位であって、したがって何かを早く始めたほうが、得られる能力や得られる利益において百歩も千歩も先に進んでいることが多いというのも現実だ。

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話は270度ぐらい変わるけど、小学生のころ、実家に届く「ナショナルジオグラフィック」の袋を一番最初に開けて読み始めるのは、いつもぼくだった。両親がこの雑誌を定期購読していたおかげで、毎月家に最新号が届いていた。

「ナショナルジオグラフィック」は言わずとしれたアメリカの雑誌で、世界各地の自然や環境問題について、または文化的だったり社会的なトピックを、質の高い写真と文章で紹介している。

ぼくの両親がどんな経緯で購読し始めたかはわからないけど、今でもおよそ20年分のバックナンバーが保管されていて、本棚をみれば、雑誌の黄色い背表紙がずらっと並んで埋め尽くされている。

もちろん、小さいころは文章をひとつひとつ理解していたはずなどない。ただ毎号届く雑誌をパラパラとめくりながら、写真を眺めていただけだ。

でも結果的に、そうした「優れた写真」を目にする機会が増えたことで、ぼくは写真に興味を持つようになった。ちょうど世の中にデジタルカメラが登場して、それまでたまに写真を撮るだけだった両親が、小さなデジタルカメラを買ったのもこのころだった。

我が家に新しいカメラがやってきたのと同時に、写真の手引書も本棚に並んだ。「写真の撮り方」とか「写真の技術」みたいな感じの本だった。そんな本も自然と開くようになり、気がつけばカメラの構造とか写真の仕組みなど、いろんな知識を持つようになっていた。

やがて数年経つと、ぼくは貯めていたお年玉を使って自分用の小さなカメラを買った。小学校を卒業するかどうかのころだったと思う。それからブランクをはさみつつも、今でも写真が好きだという気持ちは変わらないし、その思いはここ数年ますます大きくなっている。

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断っておくけれど、現在のぼくは写真家としてバリバリ活躍しているわけではないので、何かを早く始めることが、必ずしも秀でた才能を持つことには繋がらないという、なによりの証明になっている。

そんな前提に立ちつつも、いまこうして小さいころの出来事を振り返ってみたときに、比較的人生の早いうちから「写真に対する目」を養う一つのきっかけを持つことができたのは、とてもラッキーでありがたいことだった。

すばらしい創作物を生み出す人たちは、それ以上にたくさんのものを体験している。目の前にある彼らの創作物は、その人が見てきたもの、聞いてきたもの、感じてきたものが集合しただけにすぎない。だからこそ、優れたものを作ったり、よい体験をしたいのであれば、それ以上に「優れたもの」をたくさん見ておくことが必要なのだ。

何度も言うけど、小さいころから「ナショナルジオグラフィック」を読んだから上手い写真が撮れるわけではないし、ましてや人生で評価されるわけではない。所詮それは後の人生につづくきっかけの一つでしかない。

でも今の自分にとっての興味関心、行動、アウトプットの原点とはなんだろうと考えれば、その一つは間違いなく、本棚に並べられた「黄色い背表紙」の雑誌をずっと読んできたことだ。そしてそれは、今後の自分が持つであろう興味関心や行動の基準にもなる大切な体験だと感じている。

ぼくにとって、この「黄色い背表紙」の雑誌は世の中に対する好奇心や興味関心の出発点でもある、大切なものだ。

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久々に実家へ戻ると、小さいころに感じたことや見たものなど、自分の原点のようなものを見つめ直す機会があっていい。今回の記事もそうしたきっかけがあって書くことにした。時に人はそうやって過去を振り返りながら、今の自分を理解し、未来に向かって進んでいくのだと思う。

あけましておめでとうございます。2021年はいい年にしましょう。今年もどうぞよろしくお願いいたします。


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