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ショートショート『秘密基地の約束』

「エリックの奴、ほんとうに腹が立つわ!」

ドアを開けて入って来るなり、スカーレットは非難の声をあげた。こうして怒りを露わにするのは珍しい。どちらかといえば、感情的なクレアを諫めるのが役回りだ。同じ年だが、背の高いスカーレットはお姉さんのようでもある。

「どうしたの?」

テーブルランプが照らす頬は膨らんでいる。シートの上に三角座りするクレアが聞くと、スカーレットは腰に手を当てて答えた。

「女が秘密基地なんておかしいって。あれは男のものだって、そう言い張るのよ!」

「ここのこと、喋っちゃったの?」

スカーレットは我に返ったかのように勢いをなくし、しゅんとしてクレアの前に座り込んだ。

「ごめん。お前には友だちがいないんだろってエリックに言われて、つい……」
 
クレアとスカーレットが、ここを見つけたのは3か月ほど前のことだ。転校して来たばかりのスカーレットを連れて山道を散策しているとき、小さなボロボロの山小屋が目に留まった。ずっと前からそこにあったはずなのに、その日に限ってどういうわけか気になった。

「中、覗いてみる?」

思わぬ提案にクレアは驚いたが、怖気づいているように受け取られるのは嫌だった。都会からやってきた大人っぽい同級生を意識していたのは間違いない。だから放課後、クレアは自分から声をかけて一緒に遊ぶことにしたのだ。

「覗いてみよう」

ふたりは揃って山小屋に近づいた。誰か人がいる気配はないが、人間以外がいそうな雰囲気が漂っている。窓がないため、覗くにはドアを開けるしかない。

「どっちが開ける?」

クレアの問いかけにスカーレットは即答した。

「私が開けるよ。言い出しっぺだからね」

正直ほっとした。クレアには開ける勇気はない。ただ、ちょっぴり悔しくもあった。スカーレットが一歩前に出て、ドアノブをつかむ。そのとき、山小屋の後ろの木が揺れて、ガサっと大きな音がした。

「きゃっ!」

それがカラスとわかって、二人は照れ笑いした。恐怖のあまり、咄嗟に互いの手を握ってしまっていたのだった。ギシギシ鳴るドアを開けると、それほど中は汚れてはいなかった。家具も家電も何もない、木に囲まれた狭い空間。

「ねぇ? ここを私たちの秘密基地にしない?」

スカーレットは目を輝かせている。すました顔は、学校では不評だ。「あの転校生は馴染むつもりがないんだろう」と陰口を叩いている生徒は少なくない。けれど、冒険心と好奇心あふれる姿に、クレアは好感を持ち始めていた。

「いいよ。そうしよう。秘密基地だから、私たちだけの秘密だよ」

「もちろん!」

クレアとスカーレットは、がっちり握手した。
 
その日から、ふたりは毎日のように秘密基地に通った。自宅からシートやテーブルランプを運び入れ、段ボールでテーブルを作った。テーブルを置き、ふたりが座るだけで小屋の中はもういっぱい。スカーレットが水筒に入れて持って来る紅茶のおいしさにクレアは舌を巻いた。紅茶を飲み、クッキーやチョコレートを食べながら、いろんな話をした。

「ねぇ、どうして学校ではあんなに無愛想なの?」

クレアがスカーレットと話すのは秘密基地の中でだけ。学校では相変わらず誰とも交わろうとしなかった。

「私と仲良くしているなんて広まったら、クレアに迷惑かかるでしょう」

「そんなことないよ!」

語気が強くなったのは、自信の無さの表れなんだと自覚した。スカーレットが言うように、もしかしたら周りから何か言われるかもしれない。

「それにね、どうせまたすぐに転校しちゃうだろうから、面倒なんだよね」

ふっと笑うのが寂しそうで、見ていられないクレアは冷めた紅茶を一気に飲み干した。そう、自分の心が耐えられそうになかったから。

スカーレットは、彼女の予言通り、この町を出て行った。エリックと喧嘩し、秘密基地に来て怒っていた日の1週間後のことだ。あの日、スカーレットは涙を浮かべながらこう言った。

「この秘密基地は残しておいてね。私、必ずまた戻って来るから」
 
それなのに。

クレアは呆然と立ち尽くしていた。山小屋の周囲には立ち入り禁止のテープが張り巡らされている。そばには、シートやランプ、ひしゃげた段ボールが放り投げられていた。

「ほら、下がって下がって」

作業服を着た横柄な大柄の男の人に恐る恐る尋ねた。

「あの、この山小屋、どうなるんですか?」
 
頭が真っ白になった。

浜辺に座っていると、後ろから肩を叩かれた。

「やっと見つけた」

担任の先生だった。男の先生たちよりも厳しいと町でも評判だが、生徒を子ども扱いせず、誠実に向き合ってくれているのがわかっていたから、クレアは大好きだった。

「先生……」

なかなか声が声にならない。先生はパーマをかけた毛先を触りながら黙っている。

「スカーレットがいなくなって、秘密基地も無くなっちゃった」

「秘密基地? あぁ、あの山小屋のことね。あれはね、もともと誰かの所有物だったんだよ。あなたたちが勝手に使っていただけ。本来なら犯罪だよ」

「えっ?」

「危ないから取り壊すことにしたんだって。だから、それは仕方のないことなの」

「でも、秘密基地は守るからってスカーレットに約束したんです」

先生が隣にドンと胡坐をかいた。クレアは怒られることを覚悟した。

「何かを守るには、力が必要なんだよ。実は同じことをスカーレットにも伝えたわ。あの子、あなたと離れたくないって泣いてたから」

初めて聞く話だった。先生は海の方をじっと見つめたまま続けた。

「なんで親に振り回されるんだって。じゃあひとりで生きられるのかって聞いたら何も言えなかった。ま、当然だけどね。クレア、大切なものを守りたいのなら、あなた自身が強くなるしかないの。これから何をしていくべきなのか、自分の頭でしっかり考え抜きなさい」

自然と涙が引いていた。海に沈んでいく夕日に胸が熱くなる。

「ジェニファー先生、私、新しい秘密基地を作ります。そのために、勉強もがんばる。いつか、スカーレットが帰って来れるように」

fin.

★本作品は、短編小説『スマバレイの錆びれた時計塔』のスピンオフです。

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