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ショートショート『王様の影』

空にきれいな満月が浮かぶ夜。お城の中の王の間(ま)で、王様はひとりの男と向き合っていました。部屋には二人きり。他に召使いはいません。

立派な椅子に腰かける王様の前に直立する男。その顔は、なんと王様と瓜二つです。深く刻まれた二重の目や鼻の下に蓄えた左右に伸びる髭、大きな鼻に少し尖った耳、それから薄い唇や右頬にあるホクロの位置まで全く同じ。着ている服の素材が絹か麻かの違いを除けば、どちらが王様か見分けがつきません。王様がゆっくりと椅子から立ち上がると、二人は背丈まで同じでした。

「王様、いよいよですね」

「そうだな。お前も長い間ご苦労だった」

王様にそっくりなこの男は、王様の影武者なのです。

王様と男の出会いは、今から40年前。25歳になったばかりの王様の前に年老いた召使いが男を連れてきました。

「王様、東の村に王様にそっくりな若者がおりましたので、連れてまいりました。影武者として使ってはいかがでしょう?」

初めて男の顔を見たとき、王様は心の底から驚きました。それまで北の国でオーロラを眺めても、南の国でジュゴンの大群に出くわしてもあまり心動かされなかった王様ですが、このときばかりは少年のように興奮しました。

それから40年。思い返せばいろいろなことがありました。王様の命を狙う者もいました。最も危険だったのは10年前、隣の国を訪れたときでしょう。

先代・先々代の時代から仲が悪かった隣の国から仲直りのしるしにとパーティーに招待されたのですが、これが罠でした。寝ている間に部屋を包囲されてしまった王様。まさに絶体絶命で、死を覚悟しました。共に滞在していた召使いたちも万事休すとうなだれるしかありません。

すると、ひとりの召使いが静かに立ち上がりました。男でした。ターバンで顔を隠して同行していたのです。男は顔を覆っていたターバンを外すと、窓に向かって歩き始めました。

「何をする!?」

王様の問いかけに、男は振り返らずに答えました。

「私がおとりになります」

そう言うやいなや、そのまま窓の外へ飛び出しました。部屋を囲んでいた隣の国の兵士たちは大騒ぎ。「王を追え!」「王を逃がすな!」と野太い声が闇にこだまする中、その隙をついて王様は召使いたちと脱出することに成功しました。命からがらお城に戻った王様でしたが、身代わりとなった男のことを思うと涙が止まりませんでした。

しかし、それから数日して、男は帰ってきたのです。服はボロボロ、身体は傷だらけで足を引きずってはいましたが、生きて帰ってきました。王様は顔をくしゃくしゃにして喜び、男を抱きしめました。

「よくぞ、よくぞ帰ってきてくれた」

泣いて、もう言葉になりません。

「王様が生きている限り、私はおそばにお仕えします」

男の目にも光るものがありました。

40年の月日が流れた今、王様と男は次々に同じ場面を思い出しています。共に喜び、共に危機を乗り越え、共に歳を重ねてきた二人です。

「王様、いよいよ明日ご退位ですね」

「お前もご苦労だった。これからどうするのだ?」

「私は村に帰ろうと思います」

「そうか。長い間、家族と離れ離れにさせてしまい、すまなかったな」

「実は……」

王様は初めて聞く男の話に絶句しました。

「実は、王様にお仕えして間もなく、両親も妻も流行り病で亡くなってしまいました。もしも村にいたままであれば、孤独に耐えられず自ら死を選んでいたかもしれません。でも、私には王様がいました。王様がいたから生きて来られました。王様、私はあなたにお仕えできて幸せでした」

次第に男は声をあげて泣き始めました。男がこうして感情を表に出すのはこれまでありませんでした。九死に一生を得たあのときでさえも涙をこらえていたのです。王様は男の肩に手を置くと、そっと語りかけました。

「私はこれから旅に出ようと思う。終わりのない長い旅だ。お前も付いてきてくれるか?」

一瞬、驚いた表情をした男ですが、すぐに涙を拭いました。

「もちろんです。私は王様の影武者ですから」

fin.

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