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ショートショート『二世作家』

「このたびは、受賞おめでとうございます」

インタビュアーに祝福されるも、まだココロは実感が湧かなかった。無理やり口角をあげてはみたが、ちゃんと笑顔を作れているのか不安になる。さっき金屏風の前で写真撮影をしたが、どんなふうに写っているのだろう。

こんな日が本当に訪れるなんて、思ってもみなかった。一時は小説を書くことをやめた。けれど、やめられなかった。もしかしたら、これが血というやつなのかもしれない。

「お母さんやご家族には喜びをお伝えになられましたか?」

目の前でメモを取る彼女は「お父さん」を加えなかった。自分について下調べをして臨んでくれていることに好感が持てた。ココロにお父さんは、いない。厳密に言えば、途中でいなくなった。

ココロの父親は、作家だった。といっても、生計を立てられていたわけではない。作家になることを夢見て、物語を綴っている人だった。小さかった頃は、父親が話してくれる空想の世界にワクワクしたものだ。毎晩、それを聞きながら眠りに落ちるのが日課だった。

仕事はといえば、ろくに続かず、家計は母親が働いて支えていた。そのあたりの事情を理解できる年齢に差しかかると、ココロは父親を軽蔑した。口も利かず、冷たくあしらった。父親が突然消えたのは、中学生のときだ。現実を受け入れられず、夢に潰された男。同情する余地はないし、父親に向けた態度や視線に対する後悔は微塵もない。

小説というものに憎悪を抱いた時期もあった。小説が父を惑わせ、家族を崩壊させたのだ。逆恨みもいいところだが、父親がいなくなった後、家にあった本はすべて燃やし尽くした。

それでも書いてみようと思うようになったのだから、人間とは不思議なものだ。20歳の頃だった。これまでの人生に無性に何かしらのけじめを付けたくなった。初めて書いた作品は小説と呼べる代物かどうかわからないが、とにかく発散したくて物語の中で父を殺した。それからココロは、医療事務として働く傍ら、自分のために小説を書くようになっていった。

何年か書き続けて、気づいたことがある。それは、どうしようもない人間だった父親が、小説には誠実に向き合っていたということだ。父親は幼少のココロをよくいろんなところに連れて行った。海や川、山や公園。寝る前に聞く物語の舞台は、そういう自然あふれる場所ばかりだった。創作の下見、いわゆるシナハンだったのだろう。

ふと思い当たったのは、30歳を過ぎて一度ペンを置いたときだ。特に初期の作品は、恨みや嫉妬、怒りが凝縮された暗い話が多かったが、偶然出会った小説のおかげで、すっとした。執筆を再開した際、その小説に触発されたのか、あるものが急にうねって込み上げてきた。父との思い出だった。

受賞作は、時を超えて復活を遂げた祈りの力が国を救う和風ファンタジー。モチーフになったのは、脳内の遥か彼方に埋没していた父の言葉だった。野花をやさしく撫でるココロに、父親はこう言った。

「この花もね、何年も、何十年も、もしかしたら何百年も、種が受け継がれて綺麗に咲いているんだよ」

喉が渇いたので、アイスコーヒーを飲んだ。喋り過ぎたかもしれない。テーブルの上にあるボイスレコーダーのランプを眺めながら口の中に苦みを感じたが、気分は思いのほか、晴れやかだった。

「今後の目標をお聞かせいただけますか?」

最後の質問。ココロは答えた。

「これからも二世作家として生きていきます」
 
fin.

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