ショートショート『月の名前で遊ぶ夜』
「満月の名前って、こんなにあるんだね」
僕は、美玖が差し出したスマホの画面をスクロールする。ウルフムーン、スノームーン、ワームムーン、ハンターズムーン、ビーバームーン。確かにいっぱいある。
「どうしたの?急に」
「いや、これ食べてて思い出したから」
指でつまんでいたのはイチゴだった。
「イチゴの収穫が6月だから、その時期の満月をストロベリームーンって呼ぶようになったらしいよ。月が赤とかピンクになるわけじゃないんだってさ」
「えっ、そうなの?」
「うん。時間帯によっては赤みがかって見えることもあるみたいだけど」
イチゴにビール。美玖はこの組み合わせを気に入っている。けど、表情は浮かない。ストロベリームーンが赤くないことがそんなにお気に召さないのだろうか。
「ガッカリした?」
聞いてみると、一笑に付された。
「違う違う。月が何色でも構わないんだけど、あれ、大昔のアメリカ人が名付けたものらしいよ。イチゴって、日本では冬の果物じゃん?馴染まない気がするんだよね」
「美玖ならどんな名前を付けるの?」
「そうねぇ、6月は梅雨だからレイニームーンとか?」
「パクってない?」
からかうと、頭をこつかれた。
「じゃあ見本を見せてよ。お題、5月の満月」
僕は、こういう正解のない問いが苦手だ。おもしろいことは言えないし、洒落たことも思いつかない。今すぐ両親に電話して、美玖が喜んでくれる模範解答を教えてもらいたいくらいだ。
「チッ、チッ、チッ、チッ」
意地悪に僕を急かす。酔って赤い丸顔に「ストロベリームーン」と言ってやりたいところだが、さらなる復讐が恐いからグッと堪えた。
「では、張り切ってどうぞ!」
「ゴールデンムーンとか……」
美玖は大きく溜息をついた。
「ほんと、つまんないねぇ。あれでしょ、ゴールデンウィークがあるからゴールデンムーンなんでしょ。いやいや、ゴールデンウィークってだいたい6日とかに終わるから。残りの日たちの気持ちも考えてあげてよ」
一気にまくし立てた後、ほんのわずか寂しそうにしたのを僕は見逃さなかった。
「月、見てみようか?」
美玖と一緒にべランダに出た。
「何も見えないじゃん」
「ほんとだね」
「相変わらず間抜けだね、おにいちゃん」
「ごめん」
「私たち、いつ日本に帰れるかなぁ?」
僕は答えられなかった。正解のない問いが苦手だから。美玖は責めなかった。
「今のうちに月の新しい名前でも考えておきましょうかね」
明日も付き合わされるかもしれない。でも、悪くない過ごし方だ。綺麗な満月に出会える日を心待ちにしながら。
fin.
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