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やっぱり金魚

ショートスティに行く前日になにげなく、その事を伝える。
数日前に言っても、前日に言っても、
母は嫌がるわけで、
行くという明確な事実は記憶に残らなくても、何かしらの嫌悪感がふつふつと母の中に残ってしまい、時々に思い出しては不機嫌になる。
だから、前日にいうことにしている。
母の不機嫌が一日で済む。

「明日、ショートに行く日だから」
「行きとうなか」
「ごめんね」
「金魚とここにおる」
「無理」
「金魚と一緒にここにおると」
「金魚はご飯ば作ってくれんよ」
「作ってくれるよ」
「すぐに戻るから我慢して」
いつも、我慢しての言葉で無理やり終わらせてしまう。

その夜、いつものことなのになかなか眠れなかった。
母とずっと一緒に過ごすことを考えないわけではないけれど、さすがに、決心がつかない。
母も心のうちでは納得してくれている、と勝手に解釈している。
でもすぐに忘れるから、何度も言わざるを得ないけれど。

 つらつらと考えていたら、ふと暗闇で誰かの目にぶつかった。気付いた途端に、その一角が明るくなってひらひらした赤いドレスを着た女性がにこやかに立っていた。
すぐに、金魚の精だと思った。夢を見ているらしい。
夢と思えば怖くもないし、声をかけてみた。
「うちの金魚さんだよね」
ひらひらの女性はにこやかに頷いて、消えた。

 朝起きても、夢の中で発した自分の声が耳に残っているほどに鮮明な夢だった。
母と朝ごはんを食べながら、どこか憂鬱な気分が払拭できずにいたら、
「金魚とここに居るけんね」
母が宣言した。
「え」
いきなりの宣言にびっくりした。
昨日の話は未だ続いているらしい。
「無理」
と言うしかないけれど、母の誇らしげな表情が気になる。
「金魚さんがもう来てくれとっけん、よかよ」
「え」


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