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博士と僕

パタッパタッパタッパタッ、フゥ、パタッパタッパタッパタッ、フゥ
博士のスリッパの音と息遣いが早朝の屋敷に響いていた。
パタッパタッパタッ、フゥ、パタッパタッパタッ、フゥ
ちょっと疲れてきたらしい。
パタッパタッ、フッ、パタッパタッ、フウッ。
だんだんと近づいてくる。
僕は博士のだだっ広い屋敷に居候している。部屋が一体いくつあるのか数えきれないほど広い屋敷に僕と博士の二人きりで生活している、と思ってはいる。でも、本当のところはよくわからない。
食事は誰が作っている?
掃除は誰が?
なんて普通に不思議に思うこともある。でも、聞けない。なんとなく。
それは大したことではないのだと思う。
僕は僕の部屋と食堂の場所だけ把握している。その他多くの部屋はよくわからない。
博士の部屋は研究している内容によっていつも違うらしい。
僕が何か話したい時は食事の時に話すしかない
でも、博士は当然のように、いつでも突然に僕の部屋にやってくる。   それも最近は慣れっこになってきた。

むしろ、そういう時、
僕はワクワクと新しい発明の話を待っているくらいだ。

ある時は派手なスーツを着た愛嬌たっぷりのおじさんで、
ある時はシックなスーツのロマンスグレーの紳士で、
またある時はダークスーツに身を包んだ何やら怪しい雰囲気のおじさんだったり、
しかしてその実態は、博士の雇われ営業マン。
それが僕だ。
日々違うスーツを着て、日々違うカバンをもって、日々違う帽子を被り、
そして日々違う顔で街に出かける。
同じ姿で同じ町に出かけることはない。
そう、訪問販売の雑貨屋だ。
博士が発明した素敵な商品を売り歩く。

博士は時々評判を聞きたがる。
「ところで、タイマーはどうだったかね」
「はい。すこぶる好評でした」
「すこぶる?」
「まぁまぁ、でしょうか」
「そうか。手鏡はどうだった?」
「あれはまだ宣伝が足りないようで」
「不評か?」
「いえ、宣伝不足かと」
「じゃぁ、日記はどうだった?」
「私は大好きです。私もいずれ買いたいと思っています」
「そうか・・」
「はい」


「じゃ、今日は新しいこれを頼みます」
「はい」

僕はすぐに、博士が僕のために用意してくれた衣裳部屋に入り、出かける準備をする。
帽子から靴下から、もちろん様々なスーツから、
そして極めつけはたくさんの仮面が際限なく並べらている部屋。
僕はそこで、雑貨屋になる。

今日は素敵な新商品の発売日だ。
行先はあらかじめ博士が選び抜いているけれど、そこで売れるかどうかは僕の腕次第というわけだ。

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