「打率」は時代遅れ?MVP論争から学ぶ現代アメリカ野球の論点
今回は日本人の話題で3大タブーのうちの一つである野球について話す。
ジャッジ優勢、オオタニさんはMVPをとれない?
「MVPはアーロン・ジャッジか?大谷翔平か?」という話題が世間を賑わしているが、実際のところどうなのだろう、という疑問が始まりだった。
僕は現代アメリカ野球について調べているうちに、自らの野球観をアップデートせざるを得ないと感じた。それは僕の野球観というよりも、日米の野球観の違いと言ってもいいくらいのものだった。
そしてせっかくなら、同じような「オオタニ・ウォッチャー」の方にも、なぜメジャーリーグではジャッジの方が優勢なのかを共有できればと思い、筆をとる。
今回は現地でオオタニさんをメジャーデビューから丁寧に追い続けている記者、志村朋哉氏の著書『ルポ 大谷翔平 日本メディアが知らない「リアル二刀流」の真実』をもとに、日本のメディアのオオタニVSジャッジ論争の論点が、アメリカのそれとどのように食い違っているかを解説する。
僕のように2000年代のプロ野球でアップデートが止まってしまった「野球老人」や、あまり野球に詳しくない方にも、なるべく伝わりやすいように書いたつもりだ。
さっそく、現代アメリカ野球において、打者を評価する上で重要視される指標を3つに絞って紹介する。
これらは日本のプロ野球では見慣れない数字であるが、日米の野球観の違いを如実に示す重要なものである。
①出塁率
②長打率
③OPS
①出塁率について
出塁率は日本でもそれなりに重視されることもあるが、一般的には表立って話題にはならない指標である。
ざっくり言えば
「このバッターは100回打席に立って何回塁に出られるか?」
という話をしている。
日本では打率が話題にされるが、こちらは
「このバッターは100回打席に立って何回ヒットを打てるか?」
という話をしている。
出塁にはヒットの他にも四球・死球が含まれることが大きな違いである。
ではなぜアメリカでは打率ではなく、出塁率を重視するのか?
日本の野球が打率を話題にするのは、「ヒットを打つ能力」で打者を評価するからである。
メジャーリーグで打率よりも出塁率が重視されるのは「塁に出る能力」が重要だと考えられるからである。
野球を知っている人はすぐにピンとくるだろうけど、あまり詳しくない方は「いや、何が違うねん?」って思いますよね?
もっとわかりやすく言い換えます。
「打つのが上手い」ことをより評価するのが日本の野球である。
「塁に出る能力」=「アウトにならない能力」と置き換えるのがアメリカ流なのだ。
野球は1イニングに3アウトを取られると攻守交代となる。それを9回繰り返すため、基本的にはお互いに計27回のアウトを取り合ったら試合終了となる。
つまり、攻撃側するという行為は
「27回のアウトの間に何点取ることができるか?」
という問題に置き換えることができる。
ここからは、かの名選手イチローさんと松井さんを例に考えてみよう。(※あくまで架空の話であり実際の成績ではありません)
打率3割で出塁率3割のイチローは、10回のうち7回はアウトを相手に献上してしまう。
一方で、打率は2割でも出塁率が4割の松井は、ヒットになる確率はイチローより低いが、10回のうち6回しかアウトを献上することがない。
ヒットで出ようが、四球で出ようが、どちらも出塁したという事実は変わらない。
3つのアウトの間に走者がホームを踏むことが最終目的なのであるから、ヒットを打つよりもアウトにならないことこそが得点率と試合の勝敗に直結する、と考えるのがアメリカ野球である。
だから結論として、ヒットは打つけどアウトを献上しやすいイチローよりも、ヒットは出にくいがアウトになりにくい松井の方が打者としての能力が高い、という評価を下すことになる。(※何度も言うけど架空の成績での話です)
②長打率
これは
「1回の打席でどれだけ塁を進めることができるか?」
を示す指標である。
たとえばセンター前ヒットで1塁に出たら、打者は1つだけ塁を進めたのでこれを「塁打=1」と記録する。センターオーバーの2塁打なら打者が2つ進んだので塁打=2、3塁打なら塁打=3、フェンスまで超えてしまうホームランならバッターは塁を4つ進めるので塁打=4となる。
長打率が示すのは「その打者が1回の打席で、走者をどれだけたくさん進めることができるか?」ということである。
なぜ一度でたくさん走者を進めることが大事なのか?
野球は3アウトになる前に走者をホームに迎えることができれば得点が入る、というスポーツである。
今、ノーアウトで一塁に走者が出たとしよう。
次の打者がアウトになる間に走者が2塁に行く。
さらにその次の打者がアウトになり走者は3塁まで到達する。
ところが次の打者がアウトになると、3アウトになるので走者はホームに帰れず、得点は認められない。
つまり、1個のアウトで1個ずつ塁を進めても、得点することはできない。得点するためには「走者が一気に2つ以上塁を進む」ことが必要条件になる。
今度は、2アウトで1塁に走者がいるとしよう。
2アウトなので、もう1つアウトを取られてしまえばそのイニングは終了となる。
この場面で打席には
打率3割でヒットは多いが、そのほとんどがシングルヒットであるイチロー
打率2割でヒットは少ないが、そのほとんどは2塁打や本塁打といった長打である松井
のいずれを立たせるかをあなたが選ぶことができるとしよう。
この時にイチローと松井のどちらの打者を打席に送るのが、より得点できる確率が高くなるだろう?という問題である。
その答えを出すために使われるのが、長打率という数字である。
1つのアウトの間に何本も連続でヒットが出る確率はかなり低そうだ。
だったら、1つしか走者を進めることができないシングルヒットよりも、1本出たら一気に走者をホームまで返せる可能性が高い長打が欲しいよね、というのがアメリカ流の答えである。
つまり、この場面はイチローではなく松井を打席に送ろう、というのが正解と考えられる。
それから、②長打率は、実は①出塁率と密に関わってくる。
ちょこんとボールにバットを当てただけでも、シングルヒットが生まれる可能性がある。
一方で、ホームランを打つためには強いスイングをしなければならない。当てただけではボールを遠くに飛ばすことはできない。
強くバットを振ると、当然バットコントロールが難しくなるので、打ち損じも多くなる。
つまり、シングルヒットを狙うアベレージ・ヒッターよりも、ホームランバッターの方が打率は低くなるだろう。
では、投手からしたらどちらが怖いか?
アメリカではホームランバッターのほうがアベレージヒッターよりも怖い、というのが結論である。
たしかにイチローに打たれるのもいやだけど、ヒットも四球も1塁に行かれてしまうことは変わらない。
だったら、多少甘くなっても打ち損じにかけてストライクゾーンで勝負する方が、四球のリスクを背負って厳しく攻めるよりもアウトをとれる確率は高そうだし、仮にイチローに出塁されても後続を抑えれば点は取られないだろう。
結果として、イチローはヒットをたくさん打つけども四球が少なくなるので、打率≒出塁率になる傾向がある。
一方で、松井に甘い球を投げると、ホームランにされて1振りで点を取られかねない。それよりは、たとえ四球で1塁に出られてもかまわないから、厳しいコースを攻めて長打だけは打たれないようにしよう、と考えるのが自然だ。
つまり、松井はヒットはイチローより少なく打率は低いけれど、四球が多くなるため出塁率は高くなりやすい。イチローとは異なり、松井の場合は出塁率>打率という傾向が強くなる。
③OPS
これはさらっと触れておくにとどめる。
というのも、③OPSは①出塁率と②長打率を足し合わせた指標であるからだ。これが高いほど優れた打者であるとされる。
要するに、現代アメリカ野球で求められるのは
出塁率が高く、長打率が高い打者
=アウトになる確率が低く、1振りで得点する能力がある打者
である。
イチローのように難しいボールをヒットにする芸術性よりも、難しいボールに手を出さず甘い球を確実に捉えて遠くに飛ばすことができる松井のような打者が、現代メジャーリーグのトレンドである。
もちろんこれは話を極端に単純にするための例えであって、実際のイチローや松井の成績とは異なるフィクションであり、イチローと松井のどちらが優れている、ということを決めつけるものでもない。あくまで野球に詳しくない方でもイメージがしやすい具体例として、偉大なる選手であるイチロー選手と松井選手にご登場頂いた、ということをご理解いただきたい。
オオタニさんVSジャッジの展望
もう一度オオタニさんに話を戻そう。
オオタニさんの日本での報道は、何本ホームランを打ったとか、打率がいくつといった側面から語られていることが多いように思う。
しかし、ここまで書いてきた通り、アメリカで打者を評価する際には、ホームラン数の他に重視される指標がある。そのため、出塁率と長打率から算出されるOPSが最も注目するべき数字である。
現時点でOPSを比較すると
大谷翔平 .892
ジャッジ 1.125
となっており、明らかにジャッジのほうが打者としては優れた成績を残している、と言えるだろう。
しかし、オオタニさんのOPSも決して低くないどころか、十分に一流の域に達している。
OPSは一般的に
平均= .700〜.750
オールスター候補= .800以上
MVP候補= .900以上
メジャー5指に入る= 1.000超
であると言われているので、ジャッジがバケモノなだけである。普通ならMVP争いなんて起きる余地のない圧倒的な数字だ。
ちなみに昨年のオオタニさんのOPSは .965で、MVP争いをしたゲレーロ・ジュニアが1.002であったことを踏まえると、アメリカの記者はOPSだけでなく、オオタニさんの投手としての成績も加味して評価しているだろうと考えられる。
投手の評価についても、現代アメリカ野球と日本野球では驚くほど異なる見方がなされているので、それについては改めて解説したいと思う。
というわけで今回は打撃の話をしたので、次回は投手成績からオオタニさんVSジャッジのMVP論争を分析します。
それにしても書くのって、ああ、たいへんだ。
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