感想ではない/短歌紹介
若林正恭著『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』の感想を途中まで書いていたのですが、心が折れたので共鳴しそうなおすすめ短歌を紹介することにしました。
短歌は基本的に作者が自分の目線で話をしています。しかしある日、読み手である私と響き合う瞬間がある。それが魅力だなと思っています。
ばかみたいに鮮やかだった。君のいない世界へ金属探知機(セキュリティゲート)ぬければ/千種創一『砂丘律』
「ぼくは今から5日間だけ、灰色の街と無関係になる。」
帯にも引用されている文章ですが、若林さんが日本を発つ場面は非常に印象的でした。
千種さんの歌にある「君」はおそらく特定の人物を指しているのでしょうが、もう少し広く「世間」のように捉えることもできるなと思いました。
「ばかみたいに鮮やかだった。」の倒置法と読点によって鮮やかさが強調されています。小説の始まりのようにも思えます。
もっと勝手に読み取ると、若林さんが日本に帰って来た後とも読めるなと思いました。「君」という自分を縛る観念を振り切った後は、どこにだって鮮やかな世界が広がっているのかもしれません。
札束でしあわせになるひとびとを睫毛あたりで肯定してる/笹井宏之『てんとろり』
「『ちょっと待って、新自由主義に向いてる奴って、競争に勝ちまくって金を稼ぎまくりたい奴だけだよね?』」
冒頭の気付きから始まり、作中では度々若林さんの新自由主義への考えが語られています。私は現在、新自由主義に苦しめられているけれど、決して否定はできないと思いました。その気持ちをどうやって表したらいいんだろう?と思っていた時に笹井さんの歌を思い出しました。
笹井さんは「札束」で幸せになるひとびとを肯定していると言います。「睫毛」という弱さや繊細さを感じる部位を持ってくるのが上手いなと感じました。ある種、否定にも捉えられそうです。でも、肯定してる、と言っている。そのバランス感が好きです。
私も、そうやって睫毛あたりで肯定しながら生きていこうと思いました。
鈴を産むひばりが逃げたとねえさんが云ふでもこれでいいよねと云ふ/光森裕樹『鈴を産むひばり』
「ぼくが求めていたものは、血の通った関係だった。」
若林さんは、旅の中でひとつの結論に辿り着きます。血の通った関係。競争相手ではない人間。それらの存在が東京という「灰色の街」でこれからも生きていく理由だというのです。
掲出歌における「鈴を産むひばり」とは、主体に名声や金銭を与えてくれる存在なのでしょう。でもひばりが居た所で、幸せにはなれなかった。だからこれでいいのです。ひばりが逃げたって、隣には家族がいるのです。
ひしめきて壺に挿される薔薇たちの自分以外の棘を痛がる/杉崎恒夫『食卓の音楽』
「血が通った関係と没頭が最高なのは、キューバもモンゴルもアイスランドもコロナ後の東京も多分一緒だから。その確信を、新自由主義の競争で誰かを傷つけて貰ったお金で俺は見てきた。」
この本は、上のような一文で締められます。「血が通った関係」という答えを手に入れた所で終わってもいいでしょう。でも、最後に若林さんは自分が勝ってきたことも認めます。綺麗事だけで終わらない。この一文があったからこそ、若林さんを信頼したまま読み終えることができました。
私は新自由主義に向いていません。でも、少なくとも、私は誰かを押しのけて今の場所にいます。苦しいけど、それは肝に銘じて生きていく必要があると思っています。
そこで思い出したのが杉崎さんの歌です。この薔薇たちのように、私も自分ではない誰かを傷付けながら生きているのでしょう。
以上で紹介を終わります。
拙い紹介文ではありますが、短歌にも興味を持っていただけると嬉しいです。
恐縮です。