川合真生

1990年生まれ。埼玉県草加市出身。新潟県糸魚川市で『孫平books&flow…

川合真生

1990年生まれ。埼玉県草加市出身。新潟県糸魚川市で『孫平books&flowers』を営んでいます。2022年9月から短歌を始めました。https://lit.link/gomapple

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    川合真生の短歌についてのnote。

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第52回全国短歌大会 秀作の2首

第52回全国短歌大会にて2首秀作に選んでいただいたのでその記録。2022年9月から短歌をやり始めて初の入賞です。純粋にうれしー。 ✴︎吉川宏志選 秀作第一席 膨らみを照らす朝日と生きていく産婦人科のないこの町で/川合真生 こちらは糸魚川市民にとっては周知の事実。というか進行形で心配の種である産科存続問題です。私はすでに息子が2人いて、今のところ3人目の妊娠予定もない状況ですが、ここでずっと暮らしていくんだ。という思いは強くあり。 糸魚川では産科医の不足により、出産ができ

    • それぞれの月

      梅雨すみれさんのnoteを見て、そうなんだなぁ、同じ月を見ていても、感じ方や見方は本当に色々なんだよなぁと。そして、時と場合によって綺麗に感じたり少し恐ろしさを感じたり、悲しく思ったり。 月のうたを詠もう!と思って、私が思い出したのは長男がまだ赤ちゃん時代のこと。赤ちゃんって原因不明の夜泣きをする時期があるんですよね。当時、アパートに住んでいて、隣や上の階の人への迷惑も気になる中、抱いたりミルクを飲ませようとしたり、オムツを変えようとしてみたり。色々手を尽くしてみるものの全

      • 正解のない猫育て

        ベビーベッドもベビーカーも使わずに子育てしてきました。正確には長男を里帰り出産した時に実家では、ベビーベッドをレンタルで用意してもらったかな。車社会の田舎に住んでいるから、車で出かけた先のスーパーなどではそこに用意されている子供用カートを使いまくっていたし、チャイルドシートはもちろん必須でした。 子どもがだんだん大きくなってきて、縁があり、保護猫を2匹引き取ることになりました。最初に悩んだのは3段のケージが必要かどうか。保護先のNPOの方からは、ケージを貸すこともできるので

        • はま寿司をハザムシと言う

          は!は!はま寿司!というCMが流れているのはこの辺だけでしょうか。一時期はま寿司にハマって(はまだけに)お友達ファミリーといった翌週にまたはま寿司に行く、みたいな時がありました。 コロナ禍を経て、回転しなくなった寿司は電車のレールみたいなもので席まで届くようになり、寿司を食べない子どものためにラーメン、コーラ、ポテト、ガチャガチャまであり。子育てファミリーにとってめちゃくちゃ居心地の良い空間となっていたのでした。注文用のタブレットの音声も、子どもたちが大好きな鬼滅の刃の炭治

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          父なりの丁寧な字で

          小学校の推薦図書か何かで、対象の学年より上の学年向けの本が読みたくてねだって買ってもらった記憶があります。(アップルパイのなぞをおえ!というタイトルだった) 父は昔も今もやさしいタイプですが、子どもに対して分かるように説明したりするのは苦手で、小学生くらいまでは「お父さんの説明はよくわかんない!」という感じでした。 字も綺麗ではないのですが、私にも読めるようにとふってくれたルビは父なりに丁寧な字で書かれており、1冊まるまる小学生の私は読むことができたのでした。 児童書と

          父なりの丁寧な字で

          ハシビロコウみたいな気持ち

          実際ハシビロコウがどんな気持ちで立ってるのかは分かりませんが。去年長男が小学一年生になり、親として初めて授業参観をしてきて、これは…ハシビロコウ…私はハシビロコウ…っていう気持ちになったんですよね。 当たり前といえば当たり前だけど、先生も授業中立ちっぱなしだし、授業参観の間は親も立ちっぱなしなんですよね。つら。 なんだかあんまり動くに動けないし、他の親御さんは我が子や授業の様子を見るのに一生懸命で私みたいにあぁ…これは…ハシビロコウ…とか思ってないのでしょうか。先生や保護

          ハシビロコウみたいな気持ち

          いつからか主人公より年上と

          写真は最近飲んだご褒美のスタバですが、今の私には甘すぎました🍓(老化…?) 今でこそそんなにしてないですが、ゲームとか好きなタイプでした。ファイナルファンタジーとか。それで、ある時ゲームの主人公より自分の方が年上じゃん…!っていうタイミングが来るんですよね。 ゲームだけでなく、漫画とかアニメもそうかも。自分の方が年上…!っていうのに気づいた瞬間から、私…大人に近づいてる…みたいな自覚をしたような気がします。 誰もが自分の人生の主人公…ということを思えば、主人公より年上と

          いつからか主人公より年上と

          ティーシャツの首の穴から生まれ出る

          着替えている時の子どもを見ると、出産…?と思っちゃいます。まあ出産を2度経験した私からしますと、出産のとき自分の股は見えないので、生まれ出る感じ?は感覚でしか分からないのですが。そんなん病院の関係者の人しか実際には見ないか。立ち会い出産とかだと見たりする方もいるのでしょうか。感覚を思い出すだけでも怖い… 生まれた後の赤ちゃんって首がグラグラで、首がすわるまでは、前開きの服しか着せないんですよね。それで首が安定して寝返りするようになると、前開きの服がはだけたり、うつ伏せのお腹

          ティーシャツの首の穴から生まれ出る

          父を待つ子が沿道で猫じゃらし

          春と秋に町をあげての駅伝があり、先日は春の駅伝が無事に終了しました。お父さんが選手として走るのと、長男は今回から練習に参加させてもらっていましたが、選手として走れるようになるのは4年生からなのであと2年は補欠。 走るのが苦手な私は地域のケーブルテレビのボランティアとして生中継のお手伝いに参加しています。 この短歌を詠んだ時は、次男と一緒にお父さんが走るところの応援に行ったのだと思うのですが、走ってくるのを待つ間の時間が意外と長いんですよね。それで待つ間、沿道に生える猫じゃ

          父を待つ子が沿道で猫じゃらし

          寂しくて湧き出た涙のようだった

          こちらは去年の1月の短歌。公園に遊びに行ったら、滑り台の劣化が進んでいて使用禁止になっていたんです。雪がいっぱいの寒い日、もともと子どもが少ない地域ですが外で遊べる頻度も少なくなり、しかも使用禁止にされてしまった滑り台の涙が固まってつららになっているようでした。 そしてつららを食べる子どもたち。笑 今は錆びつきがひどくなり、この公園の滑り台は撤去されてしまいました。遊具が減っても虫を探したり、雪が降れば雪遊びをしたり、子どもたちは豊かな自然を楽しんでいます。私も楽しんでいま

          寂しくて湧き出た涙のようだった

          どんな日も明日へ繋がる今日だから

          未来のことが考えられないくらい怒った日も悲しい日も絶望感でいっぱいの日も。それでも明日があるから。洗剤を詰め替えるという行為は、一見するとただの日常だったり生活でしかなかったりするけれど、 その先に続く明日や未来を意識した行動だよなぁ、ということを思うとすごく希望に満ちた、明日が来ることを疑いなく信じるような無意識の意識?があるような気がします。 まぁ普段そんなことぜんぜん考えずにただ生活を送っていますが。 お風呂掃除は私からお願いすることはあまりないのですが(子どもの

          どんな日も明日へ繋がる今日だから

          掛け布団蹴り上げる子に

          子どもって掛け布団蹴り上げるんですよね。5月は窓を開ければ涼しかったけれど、6月の今はちょいちょい暑くてすでにクーラーをつけたりつけなかったり。 7月にお泊まり保育があり、はじめて親と離れて寝る機会となるのですが、次男ははたして無事にお泊まりできるのでしょうか。 長男は自立も早く、お泊まり保育の前後くらいから1人で寝ると言い始めて、最初は戻ってきたりもしていたけど、自分の部屋で早くから1人で寝ています。母である私自身が子どもの頃は1人で寝るのが怖くて小学4、5年くらいまで

          掛け布団蹴り上げる子に

          勝ち負けをつけたくなくて

          鯉に餌をやると、必ず強めの子と弱めの子と差が出て、強い子ばかりが餌を食べるっていう場面ありますよね。そういうとき、弱い子の方に感情移入してしまいがち。 大人になった今でこそ走ったりすることはほとんどないんですが、子どもの頃はとにかく体育が苦手。短距離も長距離も最下位だったんですわたし。 今はともかく、子どもの頃はどちらかといえば痩せすぎな方で、肺とかが弱かったせいじゃないかとかいってますが。 それもあってどうしても負けてる方に肩入れしてしまう。あの、食べれてない鯉に届け

          勝ち負けをつけたくなくて

          獅子を舞う我が子は男

          地域の春祭りと秋祭りで長男が獅子を舞わせてもらっています。地域で代々続いてきた伝統あるお祭りの舞を舞わせてもらえる機会があるのは素敵なことですよね。 長男もお小遣いがもらえるので喜んで舞っているようなところもあるのですが、基本的には男の子と男性だけが舞えるもので、女の子は中学生くらいまでの子だけが舞えるものが1種類あるだけ。 舞い手不足も深刻なので、近くの地域から派遣されてきたり色々でやりくりしているようですが、今の時代に男性とか女性とかの区別は必要なのか…?とも思ったり

          獅子を舞う我が子は男

          生い立ちは語ればなぜか美化されて

          お店を開店した頃は取材を受ける機会が多く、生い立ちを説明することがよくありました。その後、時々インタビューをする側になる仕事をいただくことがあり、その人の生い立ちを聞いて記事にすることがあるのですが 実際にはたまたまだったり、流されてだったり、特に理由なく起きた出来事であっても(引越し、転職など)記事にすると美化されてしまうなぁと感じることが多くて。 お話している時には、たまたまこうなって〜という微妙なニュアンスも含まれているのですが、実際記事にする時にはそういった部分は

          生い立ちは語ればなぜか美化されて

          美しい夕焼けよりも「ねぎぼうず!」

          夕日が綺麗に見える場所に住んでいます。外まで見にいく日もあるけれど、この日は2階の窓から「ほら、夕日が綺麗だよ」と次男を抱っこしてやりました。 すると、次男はねぎぼうず!と窓から身を乗り出して叫んだんです。私は次男が窓から落ちないようにヒヤヒヤしながら、遠くの夕日じゃなくてねぎぼうずが気になるのか…というのと、なんでこの子は「ねぎぼうず」を知ってるんだ?というのといろんな気持ちが湧き上がりました。 ひいばあが畑をやっているのでねぎぼうずが家の裏の畑にできることもあるし、だ

          美しい夕焼けよりも「ねぎぼうず!」