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#2 博物館資料(文化財)保存への積極的活動|富士CC|ゴルフ学芸員



(1)はじめに

 本稿は富士カントリークラブ(静岡県御殿場市・以下、富士CC)のクラブハウスが登録有形文化財(建造物)となった経緯、及びその後の波及効果を調査したものである。2011年(平成23)、富士CCのクラブハウスは、ゴルフ場における建造物として初めて国の登録有形文化財(建造物)として登録された。設計はアントニン・レーモンド(1888~1976)、木造2階建て・山荘風のハウスで、以後数多く造られる木造クラブハウスの初期の代表作である。ゴルフ場のクラブハウスがどのような経緯で有形文化財(建造物)として登録されたのか。また、それはどのように意義のあることなのか。筆者はこれらを明らかにするために、富士CC高島武和理事長及び当時の関係者への聴き取り調査を行った。(調査日:2019年12月17日)

筆者撮影 富士カントリー倶楽部(静岡県御殿場市)


(2)富士CC誕生とレーモンドについて

 1955年(昭和30)、御殿場町と周辺5村の合併により御殿場市が誕生する。富士CCは、御殿場市の企業誘致と観光事業を推し進める新しい市制方針の中で、ゴルフ場建設計画として初代市長をはじめとする財界人らによって建設された。開場は1958年(昭和33)で、コース設計は赤星四郎、クラブハウス設計はアントニン・レーモンドである。

 レーモンドは1919年(大正8)、旧帝国ホテル設計施工を手がけるフランク・ロイド・ライトの助手として来日した。1922年に独立し、日本でレーモンド事務所を開設する。第二次世界大戦により、一旦帰国するが、1948年(昭和23)に再来日し、1973年(昭和48)まで在日した。なお、レーモンドによる最先端のモダニズム建築は、当時の日本人建築家たち(前川國男、吉村順三、ジョージ・ナカジマら)に大きな影響を与えた。


(3)クラブハウスが文化財として登録されるまで

 2008年(平成20)、富士CCは設立50周年を迎えた。その記念事業として、クラブハウスを登録有形文化財(建造物)にできないか、という提案が理事会に出される。それを受け、当時のハウス委員会を中心に申請の諸条件について調査が行われた結果、

①建築後50年以上を経過している建造物であること
②デザインが優れていること
③著名な設計者や施工者が関わっていること
④後に数多く造られるものの初期の作品であること

 等々、申請の条件を満たしていることが確認された。これにより同CC理事会は、2010年(平成22)6月、登録申請を進める決定を下す。

 しかし、実際に登録されるまでの準備は専門家のアドバイスのもとで進められた。すでに会員の紹介によって、(株)文化財保存計画協会・細川道夫氏(当時の役職は、執行役員事業本部長・上席主任研究員)の協力を得ていたことから、申請に関する資料の作成も氏に委ねられた。

 細川は後に会報誌『富士・60周年号』の中で「登録に際しては、建造物の概要をはじめ、図面、写真、価値の所見等、様々な資料を作成しますが、当時の橋本理事長、中田理事、岩城ハウス委員長、古庄支配人をはじめ、レーモンド設計事務所の全面的な協力を得ました。」¹と振り返っており、登録申請資料の作成には様々な関係部署の協力が不可欠であることが改めてよくわかる。

 2010年(平成22)10月の理事会にて、細川による大まかな申請スケジュールが発表された。それによると、11月中に登録申請用の写真撮影、12月中に申請図書一式(所見、写真、図面、資料等)を整えてから御殿場市教育委員会と打ち合わせを行い、静岡県教育委員会を通じて文化庁担当者に派遣依頼をする。翌1月中に文化庁からの指示による書類等の修正、改めて御殿場市に申請書類を提出する。2月、文化庁への申請提出。その後審議されたのち、6月に登録有形文化財(建造物)として登録される、というものであった。

 実際には、2011年(平成23)7月25日に文化庁・静岡教育委員会文化財保護課、御殿場市教育委員会教育課によるクラブハウス現地立ち合い確認があり、同年11月29日に御殿場市より登録内定の連絡をもらっている。12月9日、国の文化審議会から「登録有形文化財(建造物)」として登録することが文部科学大臣に答申された。(文化庁のデータベースによると、登録年月日は2012年(平成24)2月23日、名称「富士カントリー倶楽部クラブハウス」。)


(4)富士CCのクラブハウスがもたらした波及効果

 レーモンドは戦前に4棟(我孫子、相模、東京・朝霧コース、藤澤)のクラブハウスを設計しているが、3棟はすでに存在しない。唯一残る旧藤澤カントリー倶楽部のクラブハウス(通称「グリーンハウス」²)は、現在、神奈川県立体育センターの施設として活用されている(注1)。レーモンド設計による戦後初のクラブハウスは、富士CC(昭和33年竣工)である。その後、門司ゴルフ倶楽部(昭和35年)、東京ゴルフ倶楽部・狭山コース(昭和38年)と多くの木造クラブハウスが設計された。共通した意匠として、食堂・ラウンジには天井を張らずに小屋組を表す。構造材には丸太材が多用された。そして、最も大きな特徴して「暖炉」の存在がある。

筆者撮影 富士CCの暖炉は3方向から火が入る造り(2019年)


 日本のゴルフ界では、2011年に富士CCのクラブハウスが有形文化財として登録されてから、クラブハウスの価値について再検討される動きが顕著にみられるようになる。2014年(平成26)には、富士CCと同じレーモンド設計による門司ゴルフ倶楽部のクラブハウスが新たに登録有形文化財(建造物)となり、同年、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した神戸ゴルフ倶楽部もハウスと宿泊施設が合わせて登録された。一番最近では、2018年の東京ゴルフ倶楽部・狭山のクラブハウスの登録³がある。ゴルフ場のクラブハウスとして登録されたものは4棟あるが、そのうち3棟がレーモンドの設計である。

 ゴルフ場のクラブハウスが登録有形文化財(建造物)となるメリットとしては、主に以下の4点が考えられる。

①改修工事などの設計監理用の1/2を国が補助
②改修工事等の資金を日本政策銀行より低利で融資
③家屋の固定資産税を1/2に減税(地方税)
④「文化財登録」を表示するプレートの交付

 具体的には、富士CCでの耐震診断の経費や耐震改修工事の設計監理費などに国からの援助が得られている。また、ゴルフ場というスポーツ施設の運営において、建物の維持、管理に要する費用は、年々増加すると考えられるが、「文化財を活用しながら保存する」⁴という平成8年に作られた新しい登録制度は、歴史的建造物を守り、地域の資産として活かす働きがあり、双方に有益なものである。

筆者撮影 スパイク傷だらけの板張りの床を指さす古庄支配人(2019年)


(5)おわりに

 2019年12月17日、筆者は一年ぶりに御殿場の富士CCを訪問した。個人的に理事長の高島武和氏と親交があったため、クラブハウスの文化財登録の経緯を詳しく知りたいと相談したところ、ハウス委員長の下青木義紀氏と、当時の理事である中田昭吉氏を召集してくださり、当時の関係資料を見せて頂く機会を得た。

 特に中田氏が個人的に保管されていた資料は、細川氏との第一回の打ち合わせ議事録にはじまり、クラブハウスが文化財として登録され、メディア発表を伴う公開説明会、その後の各新聞社の記事の切り抜きまで、大いに役に立つものであった。これまで、大切にご自宅で保管されていた資料であったが、これを機にクラブハウスの資料室に場所を移し、多くの会員に当時の経緯がわかる資料として見て頂くことになったそうである。

 今回、富士CCのクラブハウスの文化財登録までの経緯を調査し、個人的にも多くを学ぶ機会を得た。調査に協力して頂いた関係者に感謝すると共に、登録有形文化財としての価値を再認識し、クラブハウスがゴルフおよび地域文化の中心として積極的に活用されることを期待する。


(注1)藤澤GCグリーンハウスは2020年11月20日付けで正式に国の登録有形文化財(建造物)として登録されている。

参考文献・参考URL

1)細川道夫「登録有形文化財(建造物)富士カントリー倶楽部クラブハウス」(pp.11-15)『会報・富士・60周年号』富士カントリー倶楽部,2018年,p.11。

2)善行雑学大学・グリーンハウス保存再生推進部会『グリーンハウス物語』善行雑学大学出版,2011年。

3)狭山市ホームページ「登録有形文化財・東京ゴルフ倶楽部」
東京ゴルフ倶楽部クラブハウス 狭山市公式ウェブサイト (city.sayama.saitama.jp)(最終アクセス日時:2023/1/9)

4)文化庁ホームページ「建物を地域と文化に・登録有形文化財建造物制度の御案内」
pamphlet_ja_06_ver02.pdf (bunka.go.jp) (最終アクセス日時:2023/1/9)


・富士カントリー倶楽部 https://www.fujicountryclub.com/

・一般社団法人 門司ゴルフ倶楽部 http://www.mojigolf.co.jp/

・一般社団法人 神戸ゴルフ倶楽部 https://kobegc.or.jp/

・一般社団法人 東京ゴルフ倶楽部 https://www.tokyogolfclub.jp/

・神奈川県 グリーンハウス3階展示コーナーの見学https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ui6/3/gh-exhibit.html


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