見出し画像

第三景 初めてのひとり旅の話

去年は色々あった。それまで積み重ねてきたものをほとんど失ってしまった。言葉通り地獄のような日々で気持ちを維持するのがとても難しかった。あらゆる瞬間にそのことを思い出しては泣き、鼻を詰まらせ、呼吸困難になった。

そんな絶望の淵に立っていた自分を元気つけるために、初めてひとり旅に出かけた。去年の12月に入ったばかりの頃だったと思う。それまで旅行といえば、誰かと出かけるものだった。

行先として決めたのは富山だ。縁もゆかりもないが、隣の県で意外と近かった。とりあえず有名な観光地とグルメを楽しもうと思い、富岩運河環水公園、その近くのきれいなスタバ、地獄がモチーフの博物館、富山おでんの店、寿司屋に行こうと決めた。

まず行ったのは寿司屋だ。回らない。前評判によると握りたての寿司を目の前に勢いよく出してくれるらしい。それ以上に興味を惹かれたのは、席に手水用の蛇口がついている事だった。この目で確かめたかった。

11時。平日の昼だった事もあり、サラリーマンが多く、観光客とみられるのは僕だけだった。回らないお寿司屋に一人で入るのは、初めてだったのと、どこか殺伐としていたので、とても緊張したのを覚えている。

まず本当に蛇口があったことに驚いた。注文したのは、10巻味噌汁付きの2000円くらいのコースだったと思う。すごく安い。また驚いた。3巻くらいずつ順々に握ってくれた。

食べる。洗う。食べる。洗う。すする。食べる。洗う。美味いことしか覚えていない。

13時。次に向かったのは、富岩運河環水公園だ。タイトルの写真がそれだ。冷たい風が吹いていたが、きれいでとても落ち着く場所だった。コーヒーでも飲んで、一休みしようと思ったが、運が悪く世界一きれいなスタバは改装中だった。ついていない。

15時。代わりにおやつの串カツを食べた。某チェーン店だったが、串カツ屋で串カツを食べるのは、初めてだった。おいしく感じた。隣の女子学生の関西っぽいイントネーションを聞きながら、ビールを3杯飲んだ。昼酒をするのは初めてだった。

17時。気分がよくなりつつあったので、開店直後のビアバーに行った。開店直後でフードを作れる人がいないらしく、豆くらいしかつまみが無かった。それでは飲めないので、ビールを1杯飲んで切り上げた。

18時。まだ夜は長い。早いが富山おでんの店に向かった。通されたのはカウンター。料理人の調理シーンが見れるいい席だ。とりあえずビール、そしておでんを数種類頼んだ。僕はとりあえずビールしか飲まない。なのに日本酒を飲んだのが間違いだった。3合も飲んでしまった。

頭がふわふわし、料理を作るのを見てるだけで涙が出てくる。なぜか雪見だいふくの天ぷらを頼む。隣のご婦人に不思議な目で見られるが、おいしく食べた。

20時。身の危険を感じたので、アイスと胃腸薬をコンビニで買い、ホテルに戻った。このホテルがまたすごくて、部屋に温泉の出る檜風呂がある。すぐに溜めた。しかし酔いが回り寝てしまった。

翌1時。ハッと目が覚めた。そして猛烈。我慢できない。トイレに駆け込み、吐いた。また涙が出た。冷たい風呂の水を抜き、また入れた。

吐く。入る。吐く。入る。生き地獄だ。

翌3時。なんとか吐き気も収まり、同時に風呂も済ませ、やっと眠ることができた。

翌7時。朝は得意だ。強烈な頭痛があったが、常備している薬で何とかした。どろどろになったアイスを食べ、地獄へ向かった。

翌9時。地獄に着いた。とても寒い。冬期休館だった。

僕はこのひとり旅で、全部が全部上手くいかない事、それでもその中で楽しさを感じられる事を知った。

少し気が楽になった。そんな気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?