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第六十景 マッチングアプリ大戦記 episode10-4

朝の支度をし、朝食は食べずに車の停めてある隣の駅まで電車で向かった。コインパーキングに停めた車に乗り込み、山形への一泊旅行がスタートした。車の話になった。僕は燃費が良ければそれで良いし、自動車税もあまり払いたくないので、軽に乗っている。しかし彼女のイメージ的には僕はマツダのデミオらしい。

運転している僕を気遣い、ナビがついているのにも関わらず、自身のスマホの地図アプリでエスコートしてくれた。寝ることもせずに、話し相手になってくれた。献身的な人だった。

最初の目的地はワイナリーだった。何回か訪れたことがあるのは、黙っていた。彼女はお酒が好きな妹にワインを買っていた。僕はお土産なんて買うことはないので、新鮮な気持ちで彼女を眺めていた。

次は有名な山寺に向かった。天気が怪しかったが、登って降りてくるまではなんとか持った。お昼におそばを食べた。お店を出た途端に雨が降り出した。雨に濡れ、笑いながら駆けていた。

なんとか車に乗り込み、宿のある蔵王温泉に車を走らせた。山の上にあり、高度を上げるにつれて、雪混じりになっていった。宿に着き、一息ついて、温泉街を歩くことになった。

その頃には、雨は降り止んでいたが、傘を持ち歩き出した。雨で出来た水溜まりに押しこくられた。ふざけた人だ。温泉街は意外と人がいて、スキー客とみられる人もいた。

温泉が湧き出ている場所に手を突っ込んだら、手がすべすべになった。硫黄のいい匂いが立ち込めていた。一通り歩くと、酒屋を見つけた。月山ビールを手にいれた。

宿へ帰ろうと歩いていると、また雨が降り出した。相合傘になった。「一緒に傘の柄を持つ?」とふざけて聞くと、「なにそれ?」と冷たくあしらわれた。あとで聞くと、ここでは手を繋ぐのが鉄板だったらしいが、言葉の意味を、言葉通りに捉えて、そのまま相合傘で宿に歩いた。

夕ご飯の時間まで、まだ時間があり部屋で各々の時間を過ごしていた。ツインタイプの部屋だった。そうしていると、彼女は突然「わたし、病気なんだよね。」と切り出してきた。詳しく聞くと、女性特有の病気らしかった。

あとで調べたことなのだが、大切にされていないと感染リスクが上がるらしく、悲しく思った。その時は彼女が彼女であればいいと思っていたので、病気でもどうでもいいと思った。自然消滅する可能性も少なからずあるらしい。以前尋ねた検査の話も、もしかしたら気にしていたのかもしれない。

深刻な話を聞かされて、少ししょんぼりしたけど、彼女は健気に振舞うので、徐々に気持ちが落ち着いてきた。彼女の気持ちを考える余裕はなかったのかもしれない。

夕食は豪華とは言えなったが、地のものを食べることが出来て満足した。お互い軽くお酒も入った。

少しお腹がこなれるまで、部屋でごろごろした。お互いのベッドに、それぞれ陣取り、僕はスマホで動画を見ていた。

突然、彼女は「チューしたい」と言った。僕があえて、身体的な接触をしないようにしていたので、いい加減しびれを切らしたようだった。

「じゃあ、目を瞑っててあげるからしてもいいよ」と謎の上から目線で言った。目を瞑って待っていたら、近くに来る気配がして、くちびるにそっと触れていった。

そのあと、温泉に入って、再び部屋に戻ってきた。僕は長風呂で1時間は入ってしまうので、彼女の方が先に部屋で待っていた。

今度は、彼女の隣で動画を一緒に見た。初めての距離に心が落ち着かなかったし、なにかが起こる予感もしていた。ほぼ0距離で、密着していたのだ。何度かキスを重ねたが、ここで関係を終わらせたくなかったので、身体の関係はもたなかった。彼女のくちびるはとても柔らかかった。

キスしただけで、その人が上手いかどうかわかるらしく、ここで初めてビッチっぷりを発揮された。マッチングアプリでの距離感の掴み方がどうも分からない。これはいくタイミングだったのだろうか?まだ早いと思った。

寝返りを打つたびにくちびるに触れたり、胸を触ったりしていたが、彼女もまだ早いという素振りを見せたので、知らないうちに眠っていた。

朝起きて、おはようのキスをした。おはようのキスというのが面白い響きだ。俗にいういちゃいちゃという行為もした。どこか打ち解けた感があって、この朝から僕は本領を発揮できる気がした。

朝ごはんの時間が来て、食べに向かった。チェックアウトの時間までに、もう一度温泉に入った。彼女との時間が徐々に少なくなっていることが、どこかもの悲しく感じさせた。

お昼を食べてから、福島に帰ることになった。趣のある洋食屋だった。対面式のテーブルに案内されたが、バカップルっぽく対面ではなく、彼女の隣に座った。

店員は怪訝な表情を見せたが、そんなことは気にならなかった。おいしいと評判のナポリタンとハンバーグを頼み、来るのを待った。彼女の頭の後ろに窓があったので、それを覗きこむ振りをして、彼女に最大限近づいた。心地よい匂いがした。

彼女は冷めた表情で僕を見たが、目は笑っていた。ごはんを平らげて、福島への帰路に就いたのだった。

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