第七十九景
しゃぶしゃぶに行きたい。高いところには行かなくていいから、お腹いっぱい食べたい。大体チェーンだけど、温野菜より、しゃぶ葉よりも、ゆず庵が個人的には好きだ。
肉の質なんてよく分からないけど、柔らかくて一番食べやすい気がする。高いところに行けば、量を食べなくても満たされるのかもしれないが、しゃぶしゃぶはお腹いっぱい食べたいのだ。
ゆず庵はだしが選べるのが良い。どんなものがあったか忘れたけど、薄味のやつと、鶏だしを選んでよく食べていた気がする。思えば2年くらい行っていない。
最後に行ったのは、一昨年の夏の気がする。こう考えると結構前だ。天と地がひっくり返った時期でどうにでもなれと思っていた。夏の暑い日で一人で行った。
予約までして行った。いつもは元嫁と行っていたが、一人で行くのは初めてだった。元嫁は鶏肉の風味が嫌いだし、そもそも肉が嫌いだった。それなのによく着いてきてくれたと思う。
でも山を登った後であったり、調子がいい時でないと却下されることもあった。そういう時は無難にかっぱ寿司かマックに行った。高いものを食べるというよりは、かなり偏食で自分の食べたいものを押し通す人だった。そしてジャンキーだった。
駄菓子のいかそうめんが好きだったり、焼いた剣先するめが好きだった。マヨネーズに七味を振りかけて、それにつけて食べた。僕はゲソの部分が苦手なので、いつも柔らかい部分だけ食べていた。でも彼女は、ゲソも好きだったから上手く帳尻が合っていた。その代わり、七味の山椒の粒は引き受けた。あとオムライスが特に好きだったけど、チキンライスに入っている鶏肉はいつも抜いてもらっていた。
もうひとつ、特に好きだったのは31のアイスクリームだ。ポッピングシャワーが一番好きなフレーバーだった。あんな緑と白のアイスに、更にカラフルな飴が散りばめられているものを誰が食うんだと思っていたけど、彼女は決まってそれを頼んだ。半信半疑で僕も頼むようになったが、知らないうちに好きになっていた。
そうだそうだ、まだあった。栃木県のB級グルメのいもフライだ。高速のサービスエリアに売っている小ぶりなジャガイモにパン粉をつけて油で揚げて、4~5個を串で突き刺し、レモン味だったり、バター醤油でまぶしたりする。
栃木の佐野のアウトレットが好きで行くことが多かった。その道中些細な言い争いになったけど、いもフライを食べればご機嫌になっていた。無表情が多かったけど、それは表面的なもので、中は宇宙みたいで、突然泣き出したり、笑ったりよく分からない人だった。
予約してまで入ったゆず庵では、もみじおろしに肉をつけてひたすら食べた。お腹がいっぱいになるまで。お寿司も頼んだし、チョコのかかったアイスも食べた。いつも向かいには彼女がいたけど、その時はいなかった。
むなしいと思ったのかもしれないし、そう思わなかったのかもしれない。でも今はこんなことを泣きながら書いている。涙があふれて止まらないんだよ。
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