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第八十七景

起きた時から、じーんとするような頭の痛さが続いている。昨日の夜、薬を飲んだはずなのに、効いていないようだった。玄関の引き戸をガラガラと開けると、家の薄暗さに慣れた目には眩しいくらいの光が入り込んでくる。一歩踏み出す前に、立ち止まっていると左の方から「ザクッザクッ」と凍った雪を引っ掻くように掘る音が聞こえてきた。何歩か進み、ポーチから出ると父親が、捌いたイノシシの肉を自然の冷蔵庫に放り込んでいた。カラスに見つけられると食べられてしまうため、念入りに隠していた。「いってらっしゃい」と声を掛けられたような気がするが「おう」とも「うん」ともどちらともとれない音で反応する。青空が広がっていたけれど、太陽の周りだけが、雲で覆われていた。「ザッ、ミシシ、ザッ、ミシシ」と長靴の底から、うっすらと積もった雪を踏みしめる感触が伝わってくる。面白い音を感じるので、何度も踏み鳴らしていると、タヌキの足跡のようなものがあり、それをかき消すように上から踏みつける。それに夢中になっていたら、いつの間にか車庫だった。シャッターの前には、除雪車でかき分けられた30センチくらいの壁が出来ていた。シャッターを開け、車の中に荷物を置き、その雪壁を壊すためにスコップですくっては投げ、すくっては投げを10回くらい繰り返した。ちらっと左の方に顔を向けると、天気の良い寒い朝の澄んだ空気のおかげで遠くまで見渡せることに気づいた。思わず嬉しくなって、雪が無いといけない崖の上へと走り出す。遠くの山の向こうには何があるのだろうと思って、その先を鳥になって見てみたいと思った。でも遠くの山の向こうには、また遠くの山の向こうが広がっている気がした。たぶんそうだ。きっとそうに違いない。

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