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gokan_koboの目指す先

灯りを贈るということのほんとうの意味とは?

1.灯りを贈るということへのこだわり

 gokan_koboでは、「灯りを贈る」ということについて意識した活動をし続けてきました。これからも、ずっと続けていくつもりです。

 「灯りを贈る」ということは、相手に自身の想いを伝えることであり、相手のことを尊重することであり、相手と心を通わせることだと思います。

 だからこそその「灯り」は、送るその人にとって特別なものであり、送られる相手にとって共感を得られるものでなければならないと思っています。

 また、「灯り」を作る過程におけるストーリーがあれば、より共感を得られるのではないでしょうか?
 そういうことから、gokan_koboでは「手作り(ハンドメイド)」のための材料を、おひとつだけ作ることを想定して、可能な限り一個単位で販売をしています。


 ここで可能な限りとしているのは、販売プラットフォームを外部システムに依存しているため、最低販売単価の制約上複数個にせざるを得ないものもあるためです。


 さらに、お届け先をご購入者ご自身のみに限定しています。
 今は、送り先の指定ができたりしていますが、gokan_koboでは、ご注文からお届けするまでの間におけるお客様との関係も、「灯り」を作る過程におけるストーリーのいちページだと考えているので、古臭くて面倒くさいと言われようが、これからもこだわっていきたいです。

 話ついでにこだわっていることをもう一つだけ。
 ご注文が確定してから(決済が完了してから)、製造に取り掛かること。
 ご依頼者のストーリーに寄り添う思いを込めて作りたい。
 多分、これが一番のこだわりなのかもしれません。

 しかしながら、最近は和ろうそくの芯や座金のご注文の数が増えてきており、都度作っていたら間に合わない状況になってきたため、芯と座金の製造は事前に作っています。芯と座金の袋詰めはご注文確定後に作業していますので、そこでは思いを込めていますのでご安心を。
 
 それと、櫨蝋については今だ都度製造しています。

2.社会貢献型ビジネスを目指して

 gokan_koboは、社会貢献型ビジネスを目指しているんだよね。
 と、知人へ話すと、即座に、だったらクラウドファンディングで必要な資金を集めたら。
 とか、SNSで拡散して良さを広めたら。
 と、これまたおせっかいで迷惑なことを言ってくるのです。

 前章を読んでくださった方なら、ああそういうことか?
 とお気づきになるかもしれませんね。

 まずは、クラウドファンディングについて。

 和ろうそくの芯や座金などの製造を自動化して安く大量に販売したいわけではありません。

 心通わせ、心を豊かにするためのストーリー作りのお手伝いをしたいだけなのです。
 それこそが、社会貢献型ビジネスなのだと思っています。
 そこに余計なお金は必要ないのです。

 ビジネスというからには、循環が必要です。
 和ろうそくの芯を例に挙げると、
  ①イグサを生産する人
  ②和紙(半紙)を生産する人
  ③真綿を生産する人
  ④それらを販売する人
  ⑤それらを使って芯を作る人
  ⑥完成した芯を販売する人
  ⑦その芯を買ってくれる人
  ⑧その芯を使って灯りを作る人
  ⑨その芯が灯す灯りを見る人
  ⑩その芯が灯す灯りを見た人から話を聞いた人

 登場人物はこれくらいでしょうか。

 経済活動の循環としては、これらの登場人物の間で、お金の動き、商品の動き、情報の動きがあり、これらがその当事者間で循環している。
 その循環は限定的であり、繋がって大きな循環にはなり得ていません。

 大きな循環なり得ていないということは、大きなお金も動いていないということです。
 そこに、新たな資金の必要性は感じません。

3.灯りを贈るという本当の意味とは

 前章で、まずはクラウドファンディングについてと言っておきながら、次のSNSの話をしないで、本章の結論のような見出しになって、ちょっとおかしいんじゃないの。
 そう思われた方もいらっしゃるかと思いますが、実は本章の結論で述べる理由がSNSなのです。

 ここで言うSNSとは、便利さの象徴という意味合いも多分に含まれます。

 SNSは、個人の感情や気持ちを文字や画像、動画などの形で一瞬にして世に広め、多くの共感や感想を、いいねやリツイート、コメントの形で表されます。

 これこそが、「灯りを贈る」ことを阻害することになるのです。
 「灯りを贈る」ということは、相手に自身の想いを伝えることであり、相手のことを尊重することであり、相手と心を通わせることだと思います。

 そこに、速達性や瞬時性はありません。
 だからこそ、それぞれの思いが織り重なりいくつものストーリーを創りあげるのです。そこには、ストーリーや環境に対する共感や寄り添いといった相手を思い量る気持ちが常に存在します。
 だからこそ、本当の意味で心通わせることができるのです。

 SNSは、その速達性や瞬時性が仇となって、本来の伝えたい思いを間違って捉えてしまう傾向が強いです。
 その結果、誹謗中傷が起こり、不信感やデマ、情報の盗用といった悪循環が生まれてしまうのです。
 なにもSNSが悪いということではないと思います。
 SNSが悪いということであれば、とっくに無くなっている筈です。

 SNSの良さを認めつつ、「灯りを贈る」ことの本当の意味を正しく伝え、受取り手も色眼鏡で見ることなくその意味を受け取ることができたならば、そこにニーズが生まれます。

 「灯りを贈る」ことで心通わせ思いを寄せることは、人生を豊かにします。
 現実逃避とも捉えかねませんが、逃避ではないと思います。
 真の心の声を聴くことなのではないかと思います。
 それが、自身のありたい姿を描き出し、そのありたい姿を引き寄せるのだと思います。
 その結果、人生を豊かにすることに繋がっていくのだと思います。

 SNSよりもはるか昔から、「灯りを贈る」ことは続いています。
 ということは、人生において必要なものとされているのだと信じています。

gokan_koboの目指す先

 ここまで、読み進めてきた方はタイトルと内容が違うんじゃないの?とお思いかもしれませんが、gokan_koboの目指す先をずっとお話ししてきたつもりです。

 しかし、わかりずらかったかもしれませんので、ここではっきりと言語化しておきます。

 gokan_koboの目指す先は、人生を豊かにするための最強アイテムである「和の灯り」を伝え広めること。

 そのためには、実際に体験・経験してもらうこと。
 そして、共感し、循環サイクルの和の中に入ってもらうこと。
 そして、循環サイクルの和の中の人たちと交流し、共有の和を拡げてもらうこと。

 そのために、この記事が一助になることを願います。
 


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