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"飲み物は誰かと誰かを近づける"

寝苦しい夏の暑さが少しずつ和らぎ始めたそんな夜だった。

グラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぐ。
万年筆にインクを補充し、日記を広げた。

あの日書いた日記の内容なこんな文章だった気がする。

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最後に乾杯をしたのはいつだっただろう。
ふと、真夜中にそんな疑問を抱いた。
思いのほか、その疑問に対する答えは早く見つかり、
春先の友人の引っ越しの前祝いで食事をした時だったと思い出した。


あの日から誰かと面と向かってお酒を交わすことは無くなってしまった。


とはいえ、この数ヶ月間、誰ともお酒を交わしていないというわけではない。
「オンライン飲み会」という新しいスタイルが誕生したからだ。
オンライン飲み会のおかげで、たとえ同じ空間にいなくても画面の向こうで繋がって、時間を共有することができた。

実際に自分も友人たちと何度かオンライン飲み会をやってみたが、時たま寂しさを感じさせ、少しずつ苦手意識へと変化していった。

「人とお酒を交わすとき」というのは、たいていお互いの心と心が向き合い、本音で深い話をしたいときだ。

”飲み物は誰かと誰かを程よく近づけてくれる”という言葉をどこかで聞いたことがあるが、まさにその通りだと思った。

と同時に、同じ空間で時間を過ごすということは、一緒に飲んでいる人の体温をも感じ取ることができるのだ。

オンラインで繋がってお酒を飲んでいると、目の前に映っている君は顔が見えて声が聞こえて会話を楽しんでいるはずなのに、君から溢れる匂い、体温、空気感を感じ取ることができないから、どうしても距離を感じてしまうのだ。

もちろん、オンライン飲み会には良さも詰まっていることは十分に理解している。
あまり積極的に友人たちと会えずに、ずっと1人で生活を送っていると、ふと誰かの声を聞きたくなる瞬間が生まれる。そんな時に連絡を取り合って、有り合わせの飲み物や料理を持ち寄って、軽く一杯交わすだけでも自然と心はほっこり温まる。

こんな生活がいつまで続くかは分からないけれど、いつかまた友人同士、同僚の人たち、想いを寄せている人たちと、同じ空間でお酒や美味しい料理を味わうことのできる日が迎えられた時は

”また、乾杯しよう。”

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僕にとっての日記とは、毎日書くものではない。

書きたいと思った時に日記を広げ、一気に数日分書くのがほとんどだ。

それでも、ふと昔の自分にその時何を感じたのかを聞いてみたくなって、記憶の引き出しをそっと開けるのだ。

今日書いた日記も、いつか読み返して「こんな時もあったね。」とクスッと笑いながら読んでいると思えばいい思い出になるだろう。

そんなことを考えながら、残りのウイスキーを飲み干した。

カーテンが膨らみ、窓から入ってきた秋の夜風がそっと僕の頬を撫でた。


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